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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第8章 石室山の危機
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第74話 最終判断

 作戦決行は13時ちょうど、ということに決まった。


 大原薫首相は敵の本拠地と思われる利根川対岸の工場、アレックス・ロボティクス社に対し、地下トンネルによる侵入工作をただちに中止するよう要請。13時までにトンネル工事の中止が確認できない場合、三点交差式レーザー掘削機でトンネル前方に穴を開け、違法侵入してきた人間、および工作機器をすべて逮捕、捕獲すると通達した。


 神々廻優花は北総エナジーの地殻探査衛星から送られてくる画像を逐次分析して、地下トンネル先端の正確な位置を把握する。


 舟橋俊矢教授は報告された地下トンネルの位置から、TLEX-1三機のオペレータに出力パラメータ指示を送る。


 13時になって事態が変わらなければ、大原首相がレーザー発射の最終決断をおこない、舟橋教授が風速や風向きなどを判断した上で発射指示を出す、ということになった。


 掘削範囲は目標地点の真上の水田の半径300メートルを、ほぼ半球状に地面をくりぬくことになる。

 くりぬかれた範囲の土は微粒子になるが、今日は強い風が南西から北東に向けて吹いているため、利根川方面に粉塵(ふんじん)が拡散するだろうと予測された。


 周囲に危険はないという話だったが、万全を期して、大沢町を含む半径5キロほどの範囲に避難指示が出された。現場には総英会病院の医療チームも待機してる。

 芳乃は圭吾さんに電話で作戦の内容を説明した。警備のために石室山に入った吉鷹村の村人には、山から退避してもらうことになった。




 TLEX-1三機の設置と調整が完璧に終わり、すべての準備は整った。

 日本政府から工場側への呼びかけは続いているということだったが、相手はあくまでもトンネルのことなど知らないという態度でいるらしく、いまのところ何も進展はない。


 停電はまだ復旧していないが、作戦本部となった図書室では、災害時用発電設備の電力が使えるようになっていた。


 時刻が正午12時を少し回ったころ、ノートパソコンの画面を(にら)んでいた神々廻優花が報告した。


「いま最新の衛星写真が送られてきました。トンネルは変わらない速度で掘り進められています。次の写真は12時50分ころ送られてくるはずだから、それが最終判断材料になりますね」


 北総エナジーの地殻探査衛星二基は交互に約45分間隔で写真を送信してくるらしい。

 すると、優花のノートパソコン画面を後ろから覗き込んでいた大原首相が顔を上げて言った。


「できることはすべてやった。あとは相手が正しい決断をしてくれることを祈るのみだ。わたしもできれば田んぼに穴は開けたくないし、不正な侵入者とはいえ、トンネル工事をしている人間を危険な目に遭わせたくはないからな」


 そうだな。準備は万全だが、手荒なことをせずに、平和に解決できれば一番だ。

 俺は図書室西側の書籍閲覧スペースの窓から、いまトンネルが掘り進められていると思われる地点の水田を見た。

 このあたりはたいてい五月の連休前くらいに田植えをするから、いまはまだ水も張られていない。レーザーで穴を開けても苗や稲の損害はないが、数週間後にひかえている田植えには影響するだろう。増尾のおじいさんは気にするなと言ってたけど、できればいつもどおりに田植えをさせてあげたいよな。


 俺が窓の外を見ていると、図書室の入り口から宮崎と増尾が大きなトレーを抱えて入ってきた。


「理事長。これ、頼まれたものを持ってきました」

 宮崎はそう言ってトレーを受付横のテーブルに置いた。トレーの上には大量のおにぎりが乗っていた。


「ああ、どうもありがとう。ご苦労様」

 一条理事長が礼を言った。そういえば腹が減っていることにも気が付かないほど空気が張り詰めていたようだ。


「えーっと、お茶はどちらに置きましょうか?」

 宮崎と増尾の後ろから、両手に給湯ポットを持ち、腰をかがめてこそこそ入ってきた男子生徒が言った。……亮太だ。


「亮太、なにしに来た?」

「お、おう、孝一郎。なにしにって、手伝いだよ。男手がいるって言うからさ」

 それを聞いて宮崎が言った。

「そんなこと言ってないわ。クラスの女子に手伝いを頼んだのに、柏木くんが無理やりポットを奪い取ったのよ」


「お、俺だって親友と芳乃ちゃんのために何か力になりたかったんだよ! そんなことよりさ、孝一郎。神々廻優花ちゃんはどこにいるんだ? あ、あれか? あの白いブラウスの小さな子。背中向けちゃってるな。こっち見てくれないかな。でも後ろ姿もかわいいよな。なんつうか美人オーラがあるな。あのさ、孝一郎。色紙が無いからノート持って来たんだけどさ。ここに優花ちゃんのサインもらってきてくれないかな? できたら嘘でもいいから『大好きな亮太さんへ』って書いてくれると嬉しいんだけどな。それとできたら一言だけでもお話を……あ痛っ! イタタタタ!」


 俺は亮太の耳をつかんで廊下に引きずり出した。

「亮太、いまみんな真剣なんだ。頼むから邪魔しないでくれ。教室に戻っていろ。いいな? あ、お茶ありがとな」


 俺はそう言って亮太の背中を押した。

 見ると廊下の一番遠い端に、牛太郎が座りこんで自前の握り飯を食べていた。




「美味しいわね、これ。これなに? このオレンジ色のやつ。お魚?」

 図書室の中に戻ると神々廻優花がおにぎりを食べていた。

「それはシャケだ」

「シャケ? あ、塩味のサーモンね」

「おまえ、シャケ食ったことないのか?」

「ないわ。おにぎりだって知ってはいるけど食べた記憶ないもの。日本昔話に出てくる伝説の食べ物じゃなかったのね」


 すげえな。外国育ちの大企業の天才お嬢様は。ふだんいったい何食ってるんだ?


「ねえ、いま神々廻優花がどうとか騒いでる人がいなかった?」

 おにぎりをほおばりながら優花が聞いてきた。ほっぺたにごはん粒が付いてるぞ、お嬢様。


「ああ、騒がしくてごめんな。俺の友達なんだ。優花のファンらしくて、サインを貰ってくれってうるさくてな。でも追い返したから安心してくれ」

 俺は亮太が忘れていったノートとサインペンを見ながらそう言った。


「あらそう。そのお友達、なんていうお名前?」

「名前? 亮太(りょうた)っていうんだ」

 俺はテーブルに置かれたおしぼりで手を拭いて、ツナマヨらしきおにぎりを手に取った。


「ふうん」

 優花はおにぎりを食べ終わると、サインペンを手に取り、亮太のノートに慣れた手つきでサインをした。


『だいすきなリュウタさんへ 神々廻優花』


 亮太……良かったな。おまえの努力は報われたぞ。名前、間違ってるけどな。


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