第73話 作戦会議
「お、お兄ちゃん!」
「春香!」
妹の春香が入ってきた。
「孝ちゃん、おつかれー」
「母さんも?!」
母さんまで一緒だ。なんだ? どういうことなんだ? たしかに春香にはこっちに来るように、とは言ったが。
俺が驚いていると、大原首相が一条理事長に向かって言った。
「校舎の前でクルマを降りたら菜々実にバッタリ会ったから連れてきたよ。こっちのお嬢さんは春香ちゃん。菜々実の娘さんなんだってさ。かーわいーよなー! 菜々実とはぜんぜん似ていない。はっはっはっ!」
「お、お兄ちゃん。あたし何がどうなってるかよくわかんないんだけど。お母さんに事情を話して順聖堂学園の前で待ち合わせして……そしたら……。なんであたし、大原総理に連れられてこんなとこに来てるんだろう? なんか大原総理、お母さんのことを菜々実、とか呼び捨てだし、お母さんは総理のこと薫ちゃん、とか言ってるし」
春香は状況がまったく呑み込めていないらしく、おたおたしている。
「やあ、きみが菜々美の息子の孝一郎くんだね? はじめまして、大原薫です。ほお、なかなか男前じゃないか! 昨年の剣道総理大臣杯は残念だったね。わたしは表彰台に立ったきみにトロフィーを手渡すことを楽しみにしていたんだが」
大原首相は俺に握手を求めて手を伸ばしてきた。
「は、はじめまして、富岡孝一郎です。今日はありがとうございます。よろしくお願いします」
俺は緊張して大原首相の手を握った。むちゃくちゃ力強い握手だった。手が痛い。
「いやあ、話には聞いていたが、本当に菜々美は高校時代のことを、子供たちには何も話していないんだな。それじゃあ石室山の誓いも知らないのか」
「薫ちゃん!」
大原首相の言葉を、母さんがあわてて遮る。
石室山の誓い、って何のことだろう。
「まあいい。それからきみが千堂芳乃さんか。はじめまして。なるほど、お母さんの秋乃に似て美人じゃないか」
大原首相はそう言って芳乃に右手を差し出して握手をする。
「はじめまして。千堂芳乃です」
芳乃も挨拶をして頭を下げた。
それにしても大原首相も芳乃のお母さんを知っているんだな。まあ元々地元の人間だから、龍神祭とかに行ったことがあるなら、当時の石室山守護職だった芳乃のお母さんを知っていても不思議じゃないか。
「孝一郎くん、芳乃さん、初めまして。舟橋です。国立科学大学の藤田研究所で研究主任をしています」
舟橋教授が俺たちに向かって挨拶をしてきた。しかし喋り方に愛想は無く、ぶっきらぼうな印象を受ける。
「あ、はじめまして。もちろんよく存じ上げています。今日はなんだかすごい機械を使わせてもらえて感謝しています。ど、どうぞよろしくお願いします」
俺は心もち緊張しながら舟橋教授に頭を下げた。横で芳乃も頭を下げる。
舟橋教授は間近で見ると眉間に皺を寄せた気難しそうな顔をしていて、目つきもなんだか睨みつけるようで、ちょっと怖い感じだ。
「あー、いやいや、感謝なんか不要だよ。あのレーザーは1発打つのに約1000万円かかるからね。お金さえ払ってくれれば何も問題はない。請求書は富岡孝一郎くん宛てでいいのかな?」
「いっ……いっせんまん……」
俺は突然降ってわいた高額請求に思考が停止してしまった。分割払いは可能だろうか……。
すると舟橋教授はそんな俺の様子を見て「くっくっくっ……」と、必死に笑いをこらえている。
「おい、俊矢」大原首相が言った。「冗談もそれくらいにしておけよ。だいたいあのTLEX-1はおまえの持ち物じゃない。国の所有物だろうが」
「はーっはっはっ! ごめんごめん、冗談だよ。それじゃあ1000万の請求は、大原薫様宛てにしておくとするか」
…………なんだ、冗談か。びっくりした。
さっきまで睨みつけるような怖い顔をしていた舟橋教授は、眉間の皺も消えて、急にいたずらっ子の小学生みたいな表情になって笑っていた。あの怖い顔は演技だったのか。このひと、外見はダンディーで渋いけど、そうとうおちゃめな人みたいだな。それにしても……心臓に悪い冗談だ。
「さて、のんびり雑談をしている時間はないわ。作戦会議を始めましょう。みなさん適当に席についてください」
そう言って一条亜理紗理事長が図書室の中央テーブルの椅子に座った。
大原首相、舟橋教授、神々廻優花も着席する。
こうして見ると、ちょっと信じられないような豪華メンバーだ。
「孝一郎くんと芳乃さんも席に座って? 春香ちゃんもね」
「あ、はい」
俺と芳乃は理事長の向かい側に腰を下ろした。
「あの……わたしは……」
春香はどうしていいかわからず戸惑っているようだ。
すると大原首相が春香に声をかけた。
「春香ちゃんは芳乃さんのもっとも信頼する家族だと、先ほど菜々美から聞いた。ぜひ芳乃さんのとなりに座っていてもらえないだろうか。話を聞いてもらうだけでいいんだが」
「……あ、はい、それでは」
春香は芳乃の右隣に腰かけた。もっとも信頼する家族、ってのが俺じゃないのは引っ掛かるが、まあ春香がいたほうが芳乃も気が落ちつくだろう。
「菜々実、おまえもこっちに来て参加しろ」
俺たちから離れたところのパイプ椅子に座っていた母さんに、大原首相が声をかけた。
「えー? あたしはいいよー。今回、米も野菜も関係ないでしょ?」
母さんがいかにも関心無さそうにそう言うと、今度は一条理事長が答えた。
「うーん、そうでもないかもよ? これからわたしたちは石室山の北側の水田に、深さ300メートルくらいの大穴を開けるの。あそこらへんの田んぼの持ち主って誰かしら? 穴を開ける許可をもらって……あと補償交渉もしなくちゃね。ほら……このあたりよ」
そう言うと理事長はプリントされた地図を掲げて母さんに見せた。
「あー、そこなんだ。えーっと、孝ちゃん?」
「え? 俺?」
突然名前を呼ばれてびっくりした。
「あんたのクラスに増尾さん、っているでしょ?」
「あ、うん、増尾みどりのことか?」
「そう。今日学校来てる?」
「うん、今朝は登校してたけど……今日はもう自由登校になっちゃったから、まだいるかどうかわからないな」
「じゃあちょっとSPDで呼んでみて」
「増尾みどりを? なんで?」
「この辺の田んぼはぜーんぶ増尾さんのおじいちゃんのものだから」
俺がSPDでパーソナルコールをすると、はたして増尾みどりはまだ校内に残っていた。宮崎と一緒に、俺と芳乃のことを心配してくれていたらしい。それに報道のヘリやらパトカーやらも騒がしくなってきて、ただならぬ事態に登校している生徒はほとんど帰らないどころか、市内から学園近辺にやじ馬が集まってきている、という状況のようだ。
「あの……し、失礼します」
俺たちが図書室の中央テーブルに、紙資料やノートパソコンを広げて作戦会議をしているところに増尾みどりがやってきた。宮崎六実も一緒だった。宮崎は足早に図書室に入ってくるなり口を開く。
「富岡くん、芳乃ちゃん、大丈夫? 何度かショートメッセージ送ったんだけど…………。え?!!!」
宮崎は中央テーブルの前まで来て息をのんで硬直した。
「あの、富岡くん、わたしに用って…………。ひっ!」
増尾も宮崎のとなりで目を見開いて固まってしまった。
そりゃそうだよな。現役総理大臣にノーベル賞チームの科学者、そしていまや世界的に有名になった大企業の美少女中学生CEO。おまけに学園理事長までもがそろって宮崎と増尾に目を向けたんだから。そりゃ眼力とオーラだけで軽く殺されるレベルだろう。
卒倒寸前の増尾に母さんは「ごめんねー。あの人たちは怖くないから大丈夫よー」と、よくわからないフォローをしつつ、二人を椅子に座らせてざっくりと事情を説明した。増尾はすぐに田んぼの持ち主であるという祖父に電話をする。幸い祖父の携帯端末にすぐにつながって話をしてくれた。母さんも増尾と電話を代わって話をしている。すると母さんがこちらに向かってOKサインを出し「ちょっと待ってね」と言って電話をハンズフリーモードにした。
「おーう! そこに総理大臣様がいらっしゃるって? うちの田んぼだったら、300メートルでも3000メートルでも大穴ブチ開けちまってかまわねえ。菜々実ちゃんに頼まれちゃあ嫌とは言えねえべさ。なんも気にすんな。補償なんざいらねえ。うちだって吉鷹じゃあねえが、代々石室山の神様に見守られて百姓を続けてきたんからよお。ここでいっぱつ恩返しを――」
母さんがハンズフリーモードをオフにした。
「あははは。長くなりそうだから、あとはあたしが話を聞いておくね。とりあえず穴の件はオッケーだよ。さすがに補償なし、ってわけにはいかないだろうけどね」
母さんはそう言うとまた電話で増尾のおじいちゃんと話をはじめた。
まあなんにしても良かったな……。母さんも役に立てて。




