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松虫姫物語  作者: 中沢七百
第8章 石室山の危機
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第75話 異形の敵

「いま衛星写真が送られてきました。トンネルの進行速度は……変わっていません。現在、掘削(くっさく)予定外周の20メートル手前まで来ています」

 12時50分。作戦本部となっている順聖堂学園西校舎、四階図書室でノートパソコンの画面見ていた神々廻優花が報告した。


 平和に解決できる可能性はほぼ無くなった、と誰もが理解した。


「そうか、わかった」

 大原首相はうなずくと、通信用のヘッドセットを装着して専用ノートパソコンの前に座っている舟橋教授に向かって言った。

「俊矢、相手は地下トンネルによる侵入工作を中断する意思を見せない。作戦は予定どおり13時ちょうどに決行する。掘削位置の最終調整を指示してくれ」


 俺たちは西側にある書籍閲覧(えつらん)スペースの窓際に移動する。そこには自衛隊が用意してくれた高倍率の双眼鏡が何台か置かれていた。


 ここから3キロほど先の目標地点を見ると、中心地点から半径四、五百メートル離れて三方向に黄色いクレーンのような形をしたTLEX-1が配備され、その周囲の農道に自衛隊の特殊車両や、パトカー、救急車、消防車などが何台も待機しているのが見えた。


 TLEX-1が地面に穴を開けた後、もし敵の工作員がそのまま掘り進んできた場合、掘削機械ごと巨大な穴に落ち、レーザーによって砕かれた地面の微細な粒子を吸い込んで呼吸困難になる恐れがある。そのため穴が開いたらすぐに、自衛隊の特殊部隊数名が特殊な防塵(ぼうじん)マスクを装着して穴の中に降り、医療チームと連携して敵の工作員を救出する手筈(てはず)になっていた。


 12時59分。

 双眼鏡で目標地点を見つめていた大原首相は、再び舟橋教授に向かい、重たい声で指示を出した。

「時間だ。風向きや機器に問題が無ければ掘削を開始しろ」


 俺は固唾(かたず)をのんで目標地点を見た。

 俺の隣では芳乃も黙って目標地点を見つめている。

 神々廻優花も、一条亜理紗理事長も、母さんと春香も、みな同じ方向を見つめていた。


 突然。西の方角に設置された一機のTLEX-1から赤い光の線が目標地点の水田を照らした。

 次に南の方角の一機から、同じ赤い光の線が目標地点の同じ場所をポイントする。レーザー光線は一機ずつ順に発射されるらしい。

 最後に東側の一機からレーザー光線が同じ場所にポイントされた。その瞬間、水の無い水田の地面から真っ黒な煙がもうもうと立ち上がる。三本のレーザー光線は、地面の上をぐるぐると螺旋を描くように動いているが、地面はすでに大量の黒い煙幕に覆われて、いま穴がどうなっているのか、ここからでは何も見えない状態だった。


 レーザー光線の赤い光が消えた。

 時間にしてわずか1分くらいだろうか。たった1分で、本当に半径、深さとも300メートルの穴が地面に開いたのだろうか。事前に舟橋教授の説明は聞いていたが、実際にこの目で見ても信じがたい光景だった。

 黒煙は強い風に乗って利根川方面に流されていくが、まだ掘られた穴の全貌は見えない。

 そこへノートPCに指示を出していた舟橋教授が立ち上がって、俺たちのそばへ来た。


「現場の監視員から連絡がきた。掘削は成功したよ。いま自衛隊の特殊部隊が穴に降りて行ったところだそうだ」

 舟橋教授がそう報告すると、大原首相が答えた。

「そうか、よくやってくれた。ありがとう。あとは誰も怪我人が出ないことを祈るだけだな」


 しばらく窓から水田を見ていると、徐々に黒煙が晴れて、うっすらと掘削された穴が見えてきた。直径600メートルを超える巨大な穴だ。「増尾のおじいちゃん、ごめん」と、俺は心の中で謝った。


 俺たちがなおも穴の開いた水田を見ていると、周囲で待機していた自衛隊の車両があわただしく移動を始めた。なにか動きがあったらしい。すると図書室に、屋上で現場を監視しながら連絡をとっていた自衛隊の隊員が駆け込んできた。


「総理に報告をいたします! たったいま入った現場からの報告によりますと、相手側のトンネルはそのまま掘り進んで、掘削穴北側の、地上から約180メートルの位置に貫通した模様です。穴に降りた部隊員によると、トンネルから出てきたのは掘削機械でも工作員でもなく……虫のような形のロボット1体だけだということです」


「なに?」大原総理が答える。「無人操作の掘削用ロボットか。その可能性は考えていなかったな。しかし人間でないなら怪我をさせる心配が無くて良かった。すみやかにそのロボットを回収して、工場側に証拠として突き付けてやろうじゃないか。いますぐ現場に連絡して――」


 大原首相が何か言いかけたとき、もう一人、別の自衛隊員がかなり慌てた様子で駆け込んできた。


「報告いたします! トンネルから出てきたロボットは体高約2メートル、足を含めた幅は3メートルから4メートル。力が強く、自由に動き回るため捕獲が困難。また人間を認知して攻撃してくるため危険と判断。現在穴の中で隊員二名が負傷している模様です。まだ黒煙が晴れず視界が悪く、負傷者もいるため小火器、重火器とも使用できない状況です」


「なんだと?!」大原首相が驚きの声を上げた。「ただの穴掘りロボットではないのか? 自由に動き回って攻撃してくるなんて……軍事用のロボットなのか? ともかく人命優先だ。いますぐ負傷者を救助して穴から退避するように伝えろ。それから――」


 そのとき俺たち全員のSPDのコール音が鳴った。

 作戦メンバー全員がグループ登録されているメールアドレスに何か共有情報のデータが届いたらしい。


「隊員が撮影したロボットの写真のようだな」

 いち早くデータを確認した舟橋教授が言った。


 自分のSPDで写真を見ると、たしかに黒煙の中に何かさらに黒い物体の影のようなものが写っている。丸い胴体の左右に数本ずつ足のようなものが出ている。たしかに虫、というか蜘蛛のようなシルエットだ。

 すると自分のSPDで同じ写真を見ていた芳乃が言った。


「孝一郎、これは…………最悪の事態になったかもしれない。こいつはロボットではない。わたしは石室山に戻るぞ」


 それを聞いた一条理事長が芳乃を止める。

「待って! 芳乃さん。危険だから行ってはいけないわ。ここは自衛隊に任せましょう」


「いや、もしこいつが石室山の神域に侵入したら自衛隊では対処できなくなります。わたしは行かなければならない」

「待て芳乃! 行くな! 危険だ!」

 俺は両手を広げて立ちふさがった。


「どけ、孝一郎。どかないなら実力行使するぞ」

 芳乃の目は真剣だった。


「落ち着け、芳乃。これがロボットじゃない、って……それならいったい、こいつは何なんだ?」

 俺がそう問うと、芳乃が答えた。


「こいつは…………土蜘蛛(つちぐも)だ」


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