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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
EX章 オマケと幕間

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エピローグ 日傘

 二人のちょっとした後日談です。

 時期外れの内見に、不動産会社は至れり尽くせりだった。

「こんな暑い季節にお引越しですかー、大変ですねぇ」

 候補のマンションへ向かう途中も、彼は汗を拭いながら愛想よく話しかけてくる。

「はい。急きょ同居人が増えまして」

 こちらも精いっぱい棘のない笑顔で、当たり障りのない答えを返す。

 しかし、男女二人という組み合わせだと、どうしても相手に詮索させてしまうらしい。

 不動産会社の男は、私と、だらだらとやる気なさそうに歩く連れを見比べ、やや下世話な笑みを浮かべる。

「彼氏、ですか?」

「違います。知人から譲られたビーストです」

「人のことを、モノ扱いしてんじゃあねぇよ」

 今までこちらの会話に無関心だったのに、メフィストがいきなり口を挟んでくる。

 所有者が変更されたのに相変わらずこんな態度だから、関係を疑われると思うんだけどね。

「ってかあんた、すごい汗ね」

 ちらりとにらむだけのつもりが、その発汗量にまじまじと見つめてしまう。

 赤い瞳がちらり、とこちらを見たが、覇気に欠ける眼差しだ。

「……暑ぃのは苦手なんだよ」

「まぁ、あんた黒いしね。すごい熱吸収しそうだもんね」

 しみじみ同意してやってから、ふと思い付く。

「日傘、買ってあげようか?」

「ふざけんな! んな恥ずかしいもん、持ち歩けるかってんだよ!」

「でも涼しいよー?」

 自分の差す日傘をクルクル回しながら、やせ我慢する我がビーストをニヤニヤと見下ろしてやる。

 本日は私服にヒールの高いサンダル姿なので、少しばかりメフィストより長身になっている。それがまた、優越感をあおる。

「けっ、似合わねぇもん使いやがって。いでっ」

 日傘を勢いよく傾け、側頭部を突く。


 私たちのやり取りを眺めていた不動産会社の男が、愛想でない笑いを浮かべた。

「いやいや、仲がよろしいですね」

「なんか、腐れ縁みたいな感じなんですよ」

「んだとぉ!」

 メフィストが割って入るとややこしいので、顔面を鷲掴みにして黙らせる。

 不動産会社の男は、ますます笑った。なんだか微笑ましいものを見る目になっている。

「うちの子どもが、いつもそんな感じでじゃれ合ってますねぇ。姉と弟なんですが」

「はぁ。ちなみに、子どもさんはおいくつで?」

「娘が八歳、息子が三歳です」

「お若い、どころか幼いですね」

 複雑な気分になる。

 少し顔をしかめていると、目的の物件に到着した。


 既に空き家となっている一室は清掃も済まされ、窓や床にビニールシートが貼りつけられている。

 むわりとした空気が満ち満ちていたが、幸いにして前住人の残したエアコンがあった。

 不動産会社の男が気を利かせ、すかさずスイッチを入れてくれる。

「うぉー! 文明の利器ってすげぇな、やっぱ!」

 クーラーの真下に立って、メフィストが歓声を上げる。そんなことをしてるから、三歳児と同レベルって言われるんだよ。

 涼む彼を放置して、私は男と室内を見回る。

 収納スペースも申し分なし、各個室のドアには鍵も付いている。

 またトレイと風呂も、小さいながらも別々だ。あいつとの共同生活でユニットバス、というのも気が引けるので、この点は最重要項目と言える。

「この家賃でこの広さは、なかなかお得だと思いますよ」

 商売っ気丸出しで、男はにこにこと勧めてくる。

 会社から支給されるビースト所有手当があるにしても、予算には限りがある。

 それに暑い。こちらとしても、即決したいところだ。もう、ここでいいかな、と半ば投げやりな気持ちになりつつある。


 ふと、メフィストの歓声が聞こえなくなったことに気付いた。まさか、寝てないだろうな。

「おーい、メフィスト。何して……何してるんですか?」

 さして広くもない室内を見渡し、台所を小難しい顔で眺める彼に行き当たる。

 流しに顔を寄せ、調理台を人撫でし、ついで流し下の収納棚や上部の食器棚も一つ一つ開閉していく。

「うーん……これじゃあ、三つ口コンロを置くにゃあ狭いか」

 ひとしきり台所を観察し、彼は少し肩を落としていた。

 そういえば、彼は調理人である。

「ここの台所は、お気に召しませんか?」

 台所吟味に夢中な背中へ声をかければ、少しばつの悪い笑みが返って来た。

「いや、悪ぃってわけじゃないんだけど……ちょいと狭いかな、と」

「そっか。それじゃあ、次の物件に行く?」

「おぅ、悪ぃな」

 あっさりこの優良物件を手放した私たちに、男は少し慌てていた。

「ビーストの意見を尊重されるんですか? 珍しいですね?」

「ビーストの権利を守ることが、勤め先の社訓なんですよ」

 おどけて言いつつ、こっそり男に耳打ちする。

「あの子、めちゃくちゃ料理上手なんですよ。どうせなら、美味しいもの食べたいじゃないですか?」

 いたずらっぽく笑えば、男も小さく笑って肩をすくめる。

「うちの女房が料理下手なので、羨ましいですよ」

「なら今度、あの子の店に顔出してやってください。不動産屋さんから、歩いてすぐの場所ですし」

 ウィッカで情報を送れば、男がお世辞じゃない笑顔で喜ぶ。

「あぁ、この店でしたか! 前に雑誌で見かけましたよ!」

 こちらの内緒話に気付いたらしい。人の肩に遠慮なく顎を乗せて、メフィストが男へ笑いかける。

「アンタなら、今度サービスするからよ。洋食屋レメゲトンを、よろしくな」

 決してお上品な言葉遣いではなかったが、嫌ビースト感情を抱いていないらしい男は、かえって快活に笑った。

「それじゃあ私も、とっておきの物件をお見せしなきゃね」

「おぉ! 話分かるなぁ、アンタ!」

「こら、調子に乗らないの」

 ぺしり、とメフィストの広い額を一つ叩き、私たちは次の物件へ向かった。

 料理好きな彼のためだ。この際、ユニットバスでも許してやるか。

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