蜜柑
拍手お礼小話の加筆修正&再掲載です。
光視点、入院中の一コマです。
病院のベッドに寝転がりながら、エリオが本を見ていた。
どうやら、カタログや雑誌の類らしい。
腕のリハビリから戻って来た私に気付くと、彼は顔だけ本の陰から持ち上げた。
「よぉ。光ちゃんお疲れ」
「どうも」
「治り早いよな。やっぱメフィの血のおかげか? 俺も輸血しようかな」
「いや、絶対止めた方がいいですよ。脳みそ破裂したりしても、知りませんから」
隣のベッドに腰掛けながら、エリオの本をのぞきこむと。
「義足のカタログだよ。さっさと歩けるようにしたいしね、今の内に目星を付けようかな、と」
部下に利き足を切り落とされたマフィアのボスは、むしろ少し浮かれていた。
打たれ強いにも、程がある。
「それで、いいの見つかりました?」
自分の両手──電気手甲を備えた義手を開閉しながら、エリオに問いかける。
技術が進み、義肢も用途に応じて様々な形状のものがある。
たとえば私が使っているような、限りなく人体に似せたもの。
あるいはむき出しの機械じみた、人の領域をはるかに凌駕したもの。
なお、電気手甲機能は殺傷能力が非常に高いため、一般向けには取り扱われていない。
今は警察の許可を得て、プランシー社からレンタル中、という形を取っている。
エリオはドッグタグだらけの義足カタログを眺めながら、その整った顔をしかめた。
色男は病衣姿でも様になるのだから、腹立たしい。
「うーん……魅力的なのはごまんとあるんだが、こう、ビビビと来るものがねぇ」
「どういうのが希望なんですか。形状とか、機能とか」
やはりマフィアなのだから、装甲の分厚いゴテゴテした代物が欲しいのだろうか。
それともこの男の場合、見てくれ重視か?
「足の裏にジェットが付いてて、空飛べる感じの」
しかし返ってきた答えは、夢見る少年のそれだった。
こいつ、本当に三十路過ぎか?
「はぁ」
「あ、なんだその顔は! さては知らないな、『鉄腕アトム』を!」
明らかに引きつっているこちらへ、エリオは真顔で詰め寄って来る。近いよ。
「いいかお嬢ちゃん! そもそも君たち日本人がなぜ、二足歩行のロボットにこだわっているんだと思う? 進化の過程から見ても、四足歩行の方が安定感に優れているというのに! それはひとえに、故手塚先生の生み出したアトムというキャラクターの持つ魅力、悲哀、それから」
「うるせぇぞ、オタクマフィア!」
長々しい講釈を打ち切ってくれたのは、見舞いに来たメフィストだった。
エウリノームが無事に捕獲されて以降、彼は晴れて自由の身となっている。
「俺がてめぇらに拘束されてる間、店はどうなるんだよ、あぁ? お得意さんが離れたら、どう落とし前つけやがるつもりだい!」
と、マフィア相手にごねた結果の早期解放であった。
それでもお節介焼きだからか、こうして頻繁に顔をのぞかせてくれている。
「あんたも暇人だね」
「誰が暇人だ! これでも、商店街一の働き者なんだよ!」
スケールの絶妙な小ささが、かえって真実味を帯びている。
「冗談だって。いつも悪いね、ありがとう」
おちょくるのは止めて、素直に見舞いの礼を口にした。
「礼なんざいらねぇよ。それよりさっさと退院して、店の売り上げに貢献しやがれ」
ニヤリと笑って憎まれ口を叩きながら、メフィストは次いでエリオを見下ろす。
「そもそもよ、兄貴。てめぇが切り落とされたのは、片足だけじゃねぇか」
見舞いの品である、みかんの缶詰をサイドボードに置きながら、メフィストは鼻を鳴らす。
「片足だけにジェット付けて、バランス取れんのか? あぁ?」
「ち、夢のない奴め」
エリオもふん、と鼻を鳴らす。
二人はかつて共同生活を送っていたためか、随所で仕草が似ている。
そのことに気付いてふふ、と笑うと、途端にメフィストの紅い目が細められた。
「あ? なに笑ってんだよ、ヒカル」
「いやいや。あんたたちって兄弟みたいだなーって」
途端に両サイドから不満そうな表情が返って来たので、慌てて話題を戻す。
「さっきの義足の話ですけど。ジェットエンジンを仮に付けたとして、ものすごく大きな義足になるんじゃないですか?」
だよな、とメフィストも呟く。
「ちょいと浮くわけじゃあなくて、男一人を空に飛ばす気なんだからな。そりゃ、バカでけぇ足になるよな」
「あとコストも、結構かかりそうですけど」
二人がかりの重箱の隅つつきに、エリオは苦笑した。
「そうなんだよ。大きさはもちろん、金もネックなんだよね」
腹の上にカタログを伏せ、頭の後ろで腕を組む。
「うーん、どうしようか……クレメンテホテルを売却したら、足りるかな」
彼岸市の名所となっている高級ホテルの名をあっさり出され、小市民二人の心はささくれ立つ。
お互い、くるりとエリオに背を向けた。
「これだから、金持ちは胸糞悪ぃんだよな」
「同感。手術代にヒーヒー言ってる、こっちの身にもなって欲しいもんだ」
「……あれ、オレっていま、仲間外れ?」
動けない体でじたばたもがくお金持ちを無視して、私とメフィストはみかんの缶詰を食べた。
金持ちはマンゴーでも食べてろ。




