胡瓜
拍手お礼小話を加筆修正&再掲載です。
アミィ視点での、ある日の一コマです。
その日も私の働く洋食屋レメゲトンは、普段と変わらぬ様子で開店しました。
昨夜の内に磨いておいた床へ、椅子を降ろして並べて。
テーブルは、再度水拭きして。
ドアに引っかけられたプレートを「OPEN」に替え、外へランチメニューの看板を出して。
そして常連のお客様が、一番乗りで来られます。
ここからお昼を過ぎるまで、いつも怒涛の勢いです。
店長でもあるメフィストさんの腕が良いのでしょう、いつもお店は大繁盛です。
私もお盆片手に、お店の中を走り回っています。
まだまだ慣れないことは多い(のんびり屋の性格を、特に直したいです……)ですが、お客様も皆さん優しく、メフィストさんも何かと気にかけて下さるので、正直言って以前の家政婦業より楽しいです。
そうこうしていると、十二時十五分を迎えました。
カララン、と入り口のベルが鳴ります。
それとほぼ同時に、規則正しく歩くヒールの音が颯爽と響きます。思わず私は振り返りました。
「光さん、サキムニ君、いらっしゃいませ」
「お疲れ様です、アミィさん」
「おつかれさまでーす」
以前のお勤め先から逃げ出した際の縁で、今も光さんとサキムニ君は、お店へ頻繁に顔を出してくれます。
いつもキリリとした光さんは、メフィストさん曰く「すっとろい」私にとってある種、憧れに近い存在です。こんな風に、いつも堂々かつ凛々しく生きたいものです。
ですが今日の光さんは、普段と少し様子が違いました。
「あら、光さん……前髪が」
「言わないで」
素早く顔をそらされてしまいました。
ですが横を向いても、前髪が短くなっていることは一目瞭然です。
それを眺めていると、サキムニ君が耳打ちしてくれました。
「昨日お風呂で、うっかり切り過ぎちゃったそうなんです」
「あら」
サキムニ君の説明に、思わず目を見開いてしまいます。
不本意な短さとなったので、光さんはふてくされているんですね。
「でも、きれいな眉毛がよく見えて、お似合いですよ?」
「そんなことないっ」
「もう先輩、いつまですねてるんですかー」
いつもは光さんにたしなめられているサキムニ君が、今日は呆れ顔で彼女を叱っています。
サキムニ君によると、午前中ずっと、むくれ顔だったそうです。
ビーストとはいえ同性なので、前髪の長さに一喜一憂する気持ちも分かりますが……そこまで、気にする長さでもないような。
「うわっ、カッパがいるじゃねぇか!」
場の雰囲気を察せずに無遠慮な笑い声を発したのは、このお店のコックさん兼店長さん。
ホールに現れたメフィストさんはいたずらっ子の顔で、悔しそうな光さんを眺めています。
「パッツン前髪のおかげで、どこからどう見ても『おかっぱ』じゃあねぇか。おいカッパ、岩手に帰らなくていいのか? 皿乾いてねぇか? キュウリ食うか?」
たしかに、おかっぱ頭に見えなくもないですが……そこはせめて、日本人形辺りで手を打てばいいのに。
レメゲトンの店長さんは、いつも軽口が絶えません。
そして、そのおかげでよく痛い目を見ています。
「……こういうこと言う奴が、絶対いるから嫌なの」
ぼそりと呟き、光さんは大股でメフィストさんへ近づき、
「何さ! あんただって、ワカメみたいな頭してるじゃない!」
「うぐっ!」
手刀で、思いきり彼の喉を突きました。
このやりとりも、いつもとは言わずとも、週に一度は発生しています。
だから他のお客様も、「また始まった」と、むしろ温かい目で見られています。
ライオンの子どもたちの、じゃれ合いを眺められているようなまなざしです。
「ほらほら。無駄口叩かないで、さっさとご飯持って来なさいよ」
「……ゲホッ」
喉を傷めつけられたので、今は無駄口どころではありません。赤い瞳を潤ませながら、メフィストさんはすごすごとキッチンへ退散しました。
きっとオムライス用の卵を割る頃には、復活しているでしょう。
体も心も、店長さんはタフなのです。
窓際のテーブルへ座りながら、光さんはまだ前髪をいじっていました。
「青柳課長にも、『遠野物語』呼ばわりされるし……もうやだ」
「まぁまぁ、先輩。課長もきっと、ついうっかり言っただけですよ」
「うっかり出たってことは、本音が不意に露呈したってことよね? 心底カッパみたいって思ってるわけじゃない」
「先輩……そこまで卑屈にならなくても……」
前髪が伸びるまで有給取りたい、とテーブルへ突っ伏す光さんを、サキムニさんがなだめていました。
ですがきっと、オムライスを一口食べれば、光さんも元気になるはずです。
メフィストさんと同じく、彼女もとても強い人ですから。
今日も洋食屋レメゲトンは、平常運転です。




