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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第六章 忍者と乙女心

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第三十九話 じゃじゃ馬

 メフィストは勿体ぶってうなずいた後、こちらの腰へと手を伸ばす。

 という手はずだったのに、手の位置が、下過ぎやしませんかね。


──ちょっと、あんた!

 小声でメフィストへがなるが、向こうはしれっとしたもんだ。

──いいじゃねぇか。減るもんじゃねぇし。

──気持ち的に減るよ、純潔が!

──いい年こいて、何言ってんだい。そもそも、てめぇは今「アタシぃ、ノボル君はタイプじゃないっていうかぁ、タカシ君の方がぁ、お金持ってるしぃ」ってぇ具合の、性悪女の役だろ?

──それはそうですが……

──んじゃ、ケツ触ったぐらいで、騒ぐもんじゃあねぇよな?

 調子のいいことをほざきながら、尻に回された手が、撫でるように動いた。

──お、予想以上の感触。柔らけぇじゃ

「ひっ……きゃあぁぁーっ!」

 反射的に悲鳴が出た。

 許してくれ。男性とのお付き合い経験はほぼ皆無なんだ。


 その意味が分からず飛び跳ねたエウリノームと、予想外の反応に、肩をびくつかせるメフィスト。

「おまっ、ケツぐらいでそこまで……!」

「あんた最低!」

 体を捻り、左手で掌底。ラッキースケベ野郎のみぞおちへ、クリーンヒットだ。

 むせこみ、メフィストは膝から崩れ落ちた。


 ポカン、と呆けているエウリノームの表情が、やがてしたり顔になる。

「なんだ、驚いた。私を揺さぶるための、演技でしたか」

「あんたが好みじゃないのは本当だ、ボケ!」

 もう、破れかぶれだ。先ほどのペットボトルを掴み、投げる。

 暗がりでなければ、それが妙に膨張していることにも、気づいただろう。

 しかしあいにく消灯後の病院では、そこまでの目視は難しい。彼も平然とそれを受け止めて、

 ドゴォォン!

思った以上の重低音と共に、ペットボトルが破裂、というよりも爆発した。

 手持ちしていたエウリノームは、当然、その勢いで弾き飛ぶ。疲労困憊であることも災いしたのか、ごちん、と後頭部をぶつけていた。


 ペットボトルの中に詰め込んでいたのは、ドライアイスである。

密閉下で気体となり、体積が膨れ上がっての爆発だ。

 もちろんこんな手製爆弾で、殺し屋を戦闘不能にできるとは思っていない。すかさず彼の間合いへ飛び込み、ところどころ肉がめくれあがっている両手を左手で掴む。


 電気手甲の一撃を、送り込んだ。

「しぎっ!」

 上半身を起こそうとしていたエウリノームが、短く叫んでのた打ち回る。

 気絶する程の威力は期待できないが、しばらくは両手がしびれていることだろう。

 ややあって、ようやく身を起こしたエウリノーム。しかし続く肘打ちは、繰り出される前に脱力した。

「このっ……なんて、じゃじゃ馬なんだ!」

 見込み通り、変質を試みる両手は、不安定に形を震わせ、やがてただの腕に戻った。

 忌々しげに、エウリノームがこちらをにらむ。その両目に宿る殺意は、むしろ、先ほどまでの情熱的な眼差しよりも心地いい。


 両手を封じられた彼は、長身を生かした蹴りに切り替えた。飛び退ってかわそうとするが、こちらも同じく手負いの身。いや、もっと酷い有様だ。

 これまでの大騒ぎのおかげで、体が指示を受け付けなくなっていた。避けるどころか、直撃に近い状態で蹴りを受け止める。それも、傷のある右肩で。

「ぐぅっ!」

 可愛げのない苦痛の声を上げながら、辛うじて間合いを死守する。

 容赦のなさが、正に現役殺し屋だ。


 だが現役といえど、冷静さを軽んじては、勝てる勝負も負けるというもの。

「私をもてあそんで頂いたお礼に、たっぷり、なぶってなぶってなぶって、体中を蹂躙して差し上げます! そして足先からゆっくりと切り刻んで、私の怒りを魂にまで刻み付けましょう!」

 彼は高笑いしながら、私しか見ていなかった。恋は盲目、とはよく言ったものだ。


 だからあっさりと、メフィストに背後を取られるのだ。

 ついでに、首へと腕を回され、がっちりホールドされる。首の真下に肘が固定された、見事なフォームだ。

「殺し屋なら、頭に血ぃ昇らせるもんじゃあねぇぜ?」

「ひぎゅんっ」

といった声を上げ、最後はあっけなく、エウリノームは落ちた。

 失神した体を放り投げ、今度はメフィストが、こちらをにらむ。

「いってぇだろ、この女ゼパール! 何で俺まで殴ってんだよコラ!」


 本来ならば、エウリノームを精神的に揺さぶる→さり気なくペットボトルを転がす→エウリノームの足元で爆発、彼びっくり→その隙に電気手甲で変質を妨害→メフィストがすかさずとどめ、という流れだったのだ。

 自分でメフィストをのした結果、己が痛い思いをしたのだから、正に自業自得である。

「だって、お、お尻撫でるから、手が出たんじゃない!」

そのため、思わず言い訳がましい口調になる。

「ケツぐらいで、いちいちわめいてんじゃねぇ……って、あー」

 不意に額に手を当て、しげしげとこちらを眺めた。

 そして大仰に天を仰ぐ。

「そっか、お前ぇ……見た目の割に、ネンネなオボコちゃんだったんだなぁ。そりゃあ、悲鳴上げちまうな。悪ぃ」

 気遣うような口調が、余計に頬を赤くした。

「いっ、いちいち言わないでよ!」

 こちらの金切声に、むしろ彼はきょとん、となる。

「何怒ってんだい? 別にいいじゃねぇか、今どき身持ちがいいってぇか……」

 メフィストが弁解出来たのも、ここまで。

「だから、言わないでって、言ってんじゃん……もぅっ……うっ、うわあぁーん!」

 駄々っ子のような泣き声に、彼がのけぞる。

「はぁ? なんで号泣するんだよ?」

「あんたのせいでしょー!」

 いい年して、座り込んで泣き出してしまった。

「いや、俺ぁ、別にバカにしたとか、そういうワケじゃねぇからさ? な?」

「もう喋んないでよ! ばかぁ!」

 これでは、どちらが年上なのやら。

 思い返すと、情けなくなる。

 また、ペットボトルの爆発音を聞いて駆けつけた警備員に、エウリノームともどもメフィストを「痴漢」として突き出そうとしたのも、軽率だったかもしれない。

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