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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第六章 忍者と乙女心

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第三十八話 タートルズ

「何してるんだよ、お前ら!」

 出ると、有事と察したのか、松葉杖で立ち上がっているエリオが英語で怒鳴った。

「エウリのアホが来やがった!」

「私たちで引きつけるんで、護衛の方と一緒に逃げて下さい!」

 同じ勢いで怒鳴り返すと、すぐさま、浴室から出てくる殺意が。

 エリオも剣呑な表情になる。

「ちっ、女一人にしつこいヤツだ。誰に似たんだよ」

「あぁ? お前ぇじゃねぇのか?」

「オレは、女性全てを愛している!」

 調子のいいことをわめきながら胸元から銃を取り出すエリオを、二人で支えて部屋を飛び出す。入り口を守るように仁王立ちをしていた、マッチョな男たちに彼を抱えさせる。


 そしてメフィストと、照明の落ちた廊下を走った。

 しかし、走るたびに、右手へ振動が伝わり、引きつるように痛い。怪我の治癒に体力を割いているのか、四肢全ての動きがいまいちだ。


 駄目だ、彼の足を引っ張ってしまう。思わずうなだれ、歯噛みした。

「……痛ぇなら、さっさとそう言えってんだよ」

 頭頂部へいらついた声をぶつけて来ると同時に、メフィストもしゃがみこみ、私の左脇の下に自分の首を通した。

「よっ」

 軽快な掛け声一つ、そのまま肩の上に抱えられる。

「ぅわぁっ」

「色気ねぇなぁ。てめぇで歩くより、まだマシだろ?」

 そりゃ、そうですが……

「あの……私、バ、バスタオルが……服も着てない……」

「細けぇこたぁ、気にすんな!」

「大事だよ!」

 むき出しの太股を支えられ、おそらく真っ赤な顔で焦る私を無視して、メフィストが走った。たしかに、自分で動くよりも安定感もあり、楽だ。おまけに俊敏である。

「それにしても、エウリノームが来てるって、よく分かったね」

 羞恥心を封じ込め、疑問を口にする。

 返って来た答えは、簡潔なものだった。

「すげぇ、ヤな予感がしてよ。お前ぇになんかあるんじゃないかって」

「虫の知らせ、みたいな?」

 多分な、と軽い答えが返って来る。

 以心伝心というわけでもないだろうが、極限の状況下が生存本能を共鳴させたのだろうか。

 そんなオカルトじみた発想によって、一つのひらめきが瞬いた。

「ひょっとして、輸血の副次効果だったり?」

 ビーストの血を分け与えられたのだ。何があっても不思議ではない、かもしれない。

「んー、どうだろな。俺にも分かんねえ」

「だよね」

 いずれにせよ、こうして最初の死地は乗り切ったのだ。良しとしよう。

 というか、この状況で複数の事柄を深く考えるのは、無理だ。


 廊下の先には、円陣を組むソファーのコロニーがあった。入院患者と、見舞いに来た人々が団らんする、ロビーだ。

 メフィストはソファーを避けたりしない。

 ソファーの背の上に飛び乗り、次は一つ飛び越え、最短距離を突っ走る。続いて見えた階段も、律儀に一段ずつ上らない。

 壁を蹴り、手すりから手すりへと飛び移り、どんどん上へと向かっている。

「あんたって、まるで忍者ね」

「まぁ、忍者に憧れたからコッチに来たんだけどな」

 照れくさそうに、メフィストは鼻を鳴らす。

「奈半利さんから、聞いた。時代劇好きなんだって?」

「おぅ。あと、あれだ、タートルズな!」

「そっか」

 『ミュータントタートルズ』はアメリカのアニメだよ、とは不憫なので言えなかった。


 メフィストは上階に設置されていたカフェブースも、丸テーブルを飛び越え、カウンターを踏み台にして、ぐんぐん進んでいく。

「お、ちょい待ち!」

 軽快な足取りが、不意に止まった。彼の視界の隅に入り込んだのは、柵で囲われている売店。

 店舗面積と品揃えから察するに、さぞ入院患者および、来院者から重宝されていることだろう。

 人を手近なテーブルの上へ残し、メフィストは柵を難なく飛び越え、無人の売店に侵入した。

 目をこらしてよく見れば、入院患者用の寝巻も売っている。

 なんだ、意外に気が利くのか。

 と、こちらが勝手に感謝していると、彼は寝巻になど目もくれず、お菓子コーナーを物色している。


「何してんだ、あんた」

 不覚にも低くなった声に、メフィストが振り返った。暗いのでよく見えないが、面倒くさそうな表情なのは確かだ。

「何って、腹減ってっから、ちょいと」

「泥棒でしょ、ソレ」

「仕方ねぇだろ? 腹が減っちゃぁ戦は出来ねぇって言うじゃねぇか。本当は米が良かったんだけど……さすがに閉店後じゃあ、置いてねぇしなぁ」

 後半は独り言である。

「逃げてる途中なんだから、拝借するにしても、さっさと決めなさいよ! あと、寝巻と水も取って!」

「おまっ、声でけぇよ! しかもてめぇの方が、パクる金額デケぇじゃねぇか」

 無視してテーブルを飛び降り、柵を乗り越えようとすると、

「あんまり足上げると、バスタオルの中、見えちまうぜ?」

ニヤニヤと、忠告が入った。慌てて足を降ろす。


 にらみつけるとメフィストは、わざとらしく息を吐きながら、柵を飛び越え、私を再度抱えて中へ入り直した。

「別に、外で待ってりゃあいいのによ」

「もう一つ、探し物があるの」

 浴衣に似た寝巻を受け取り、素早くまとう。次いでミネラルウォーターの入ったペットボトルを開けながら、レジ横の保冷ボックスを開ける。金目のものでもないので、やはり鍵はついていない。

 中をのぞけば……あった、あった。

 にんまりと笑い、水を半分程度飲み干す。

「おいおい、何探してんだよ? なぁ、何するんだよ?」

 探していた物を水量が半分になったペットボトルへ詰めていると、後ろからちょこまかと覗き込まれる。

 こういう仕草をしていると、年相応に見えるものだ。

「はいはい。教えて上げるから、ちょっと大人しくしなさい」

 かいつまんで、意図と作戦を説明する。

 私の簡素な説明に、赤い瞳が丸くなった。

「へぇ……お前ぇ、よくそんな事知ってんなぁ」

「ニュースでやってたの。夏場、バカがよくコレして、怪我してるって。あんたもしちゃ駄目だよ?」

「するわけねぇだろ!」

「いやぁ、あんたってちょっと浅はかっていうか、短慮なとこあるし」

「ねぇよ! お前ぇにだけは、短慮なんざ言われたくねぇ!」

 メフィストのむくれ顔を観察していると、かすかな足音が聞こえた。

 しかし想像しているものよりも、それは愚鈍な足取りだった。

 荒れた呼吸音と共に、ゆっくり近づいてくる。

 売店の陰から覗き見れば、近づいてくるのは長い白銀を、月明かりにきらめかせる人影。

 エウリノームに間違いないようだ。

「でも、凄い息荒れてない?」

「あいつ、意外に持久力ねぇんだよな」

 殺し屋として、致命的な欠点なのでは……と思いつつ、二人で売店を飛び出た。


 膝に手を突き、軽くむせていたエウリノームが、こちらの気配に慌てて顔を上げた。

「はぁっ……ふふふ、探し、ましたよ……ごほっ」

 取り澄ました笑顔が、妙に痛々しい。

 しかし、向こうに体力的余裕がない今こそ、勝機だ。

「あんたも、相当しつこいですね」

 出来るだけ、冷やかな声を出す。

「当たり前です。理想の女性を見つけたのですから……地の果てまで、私は追いますよ」

 乱れていた髪をかき上げ、ついでに汗を拭って、会心の笑み。

 これだけ綺麗な顔だ。きっと彼は、女性に好かれ続けた人生を送って来たのだろう。

「それって、ストーカーじゃないですか? 気持ち悪いですよ」

 だからこそ、こちらの辛辣な投げかけに、笑顔が瞬く間に凍った。拒絶の台詞に慣れていない、という目論み通りの反応だ。

 躊躇なく、畳み掛ける。

「言い忘れてましたが、私、あなたみたいな人はタイプじゃないんです。というか、生理的に無理で」

言いつつ、わざとらしく、メフィストに寄り添う。

 その台詞と、仕草に、エウリノームは瞠目した。

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