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歯車と人外の近未来図  作者: 依馬 亜連
第六章 忍者と乙女心

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第三十七話 お姫様

 結局、エリオとの同室は、病院側の安全を守るためにも解消不可、ということらしい。

 ついでにメフィストも、私とエリオの壁役として寝食を共にすることに。

「本当、居心地悪いなぁ」

「しつけぇな。いつまでもグチグチ言ってんじゃねぇよ」

「だって、お風呂だってこうやって、音筒抜けだしさ」

「誰もてめぇの入浴シーンなんざ、興味ねぇよ!」

 じゃあなんで、いちいち返事するのさ、とは訊き返さずにいてあげた。


 看護師に頼み込み、包帯の上に防水テープをグルグル巻きにした上での、入浴を許可された。

 浴室は室内に設置されてある、ユニットバス程度の大きさのものだが、十分である。

 ちなみにトイレも室内にあるのだが、廊下にある、共用トイレの使用も許可してもらえた。トイレまで男どもの間近でしろ、と言われれば、さすがに脱走したかもしれない。

「あのさ、メフィスト?」

 首回りの泡を流しながら、声を張る。実質片腕での入浴であるため、色々とおぼつかない。

「あんだよ?」

 案の定、すぐ返事があった。

「さっき、私が寝てる時さ、エリオさんと何か話してたよね?」

「あ? お、おぅ」

 なんだ、キレが悪いな。

 前髪を後ろへ撫で付け、左手でどうにか石鹸を泡立て、顔へ塗りたくる。

「あんたたちって、仲いいよね? 裏切った・裏切られたの関係なのに」

「俺の教育係がエリオの兄貴だったからな。なんだかんだで甘ぇんだよ、あいつ」

 遠くから「聞こえてるぞ」と声がして、つい笑ってしまう。

「あと、そうそう。映画の話してなかった? メトロポリス、だっけ?」

 返って来たのは沈黙。何故だ。

「ねぇ、それって面白いの? 入院中って暇だし、面白いなら見たいんだけど」

「あー……、大して面白くねぇなぁ」

「あら、そう」

 洗顔も終え、こっそり持ち込んでいたウィッカで、「メトロポリス」と検索する。

 どうやら百五十年近く前の、SF映画らしい。そんな時代から映画が存在したことに、まず驚く。


 また、メフィストが言いよどんだので、ピンク色な映画なのかと邪推したことを申し訳なく思う。

 SF映画至上、最も美しいアンドロイドの登場した作品、との解説があった。

 そしてストーリーは至極単純。ディストピアを舞台とし、そこを支配する特権階級に、労働者階級が反旗を翻し暴動。そしてそれを、アンドロイドが扇動する。

しかし最後には双方が和解、という流れのようだ。

 特権階級を人間に、労働者階級をビーストに置き換えて、考えた。


 現在、国内の人口比率は、日々変化している。

 ビーストの占める割合が、増え続けているのだ。

 映画のように、いつか彼らに蜂起されるのかもな、と防水加工もばっちりのウィッカを閉じて考えた。

 最後に、さっと体全体にシャワーを浴び、バスタオルを取る。まずはウィッカについた水滴を、丁寧に拭う。


 次いで髪を拭いながら、何気なく浴室を振り返った。

 この時、悲鳴を上げなかった自分を、褒めてあげたい。

 天井に設置されている排気口の蓋が外れ、長い髪が垂れ下がっていた。

 ホラーである。

「ふふっ……お迎えに上がりましたよ」

 毛が喋った。忌々しくも聞き覚えのある声だ。

 よく見れば、だらりと生えている毛も、手入れの行き届いたプラチナブロンドだ。ただ今は、排気口に積もっていた埃や、虫の死骸が絡まっているが。

 バスタオルを体に巻き付け、浴室から飛び出ようとした。

 が、一歩遅かった。ドアノブを回しかけたところで、首元を、排気口から抜け出てきたエウリノームに撫でられた。


 この手が刃に変質すれば、と思うと、外へ飛び出す勇気は削がれた。

「せっかく王子様がお迎えに来たのに、つれない態度ですね」

「王子様は、入浴シーンを覗いたりしないと思うんですけど」

 前を向いたまま、声をトゲつかせる。途端、子供へするように、シーッとたしなめられた。

「夜はお静かに。外の連中や、その他ご入院中の方々を、死にぞこないからただの肉の塊に変えたくないでしょう?」

 こいつなら実行しかねない。喉を詰まらせ、口を固く閉じた。


 しかし、ドアノブが半転したことを不思議に思ったのだろう。

 コンコンと、ノックがされる。

「おい、ヒカル。生きてるか? のぼせてんじゃあねぇだろうな?」

 少し気遣わしげな、メフィストの声だ。

 ああ、今は生きているが、生死の境目に立たされているよ、とは伝えられなかった。

「別に、何にもないよ。あとちょっとで出るから」

 咄嗟にメフィストを追い返した台詞に、エウリノームが耳元で、上出来です、と囁く。

 ぞわぁ、と耳を中心に鳥肌が立った。


 それすらも意に介さず、肩に手を回された。そして強引に、向かい合せにされる。

「それにしても、大事に至らず、本当に良かった。傷の治療も一段落したようですし。改めて、私と一緒に行きましょう、お姫様」

「……」

 誰のせいで、大事に至りかけたと思っているんだ、この変態は。

 しかし、こちらの武器らしい武器は、左手の義手のみだ。それも、手術時に暴発を避けるために一度取り外されたらしく、生体電流の蓄電量は心許ない。


 服すらない状況で、どう抗えばいい?

 残念ながら、打開策はなかった。ただ悔しいので、抱き寄せられても、にらむことだけは止めない。

「すねている顔も、魅力的ですよ」

 駄目だ、何の効果もない。畜生。


 ガツンッ。ゴガンッ。

 そして騒音は、正に不意打ちだった。何かを、ドアに打ち付けているようである。

 思わずドアノブから、一歩後退した。エウリノームも眉を寄せている。

 しかし首を振って表情を改め、輝く笑顔で浴室の窓を指し示す。

「バカどもが、どうせケンカでもしているのでしょう。さぁ、今の内にこちらの窓から、自由への旅に出ましょう!」

 返答は、ドアの鍵をぶち壊して飛び込んで来た、備品のテレビだった。

「どっから湧いて出て来やがったんだ、このゴキブリ野郎ぉ!」

 怒鳴りながら、メフィストが煙を上げるテレビに続いて乱入する。

「なんか、排気口から出てきたけど……」

 思わず、律儀に答えてしまった。

「あぁっ? やっぱゴキブリじゃねぇかよ、てめぇ!」

「失礼な。色・性能面では、君の方がよっぽどゴキブリっぽいですよ」

「うるせぇ!」

 叫びもって、空手である右手を縦に振るった。いや、何か細いものが、エウリノームの肩へ突き刺さる。


 長さ十五センチはあろうかという、針だ。刺さったそれを引っこ抜き、エウリノームは微笑む。蛇のような笑みだ。

「相変わらず、時代劇オタクなところは変わっていませんね」

 棒手裏剣のように飛来する針を、彼が変質させた腕で防いでいる隙に、その懐から逃げ出した。そしてメフィストの背後に飛び込んだ。

「ちょっとメフィスト。なんで、針なんて持ってんの?」

「お前の同僚が寄越した、防犯グッズに決まってんじゃねぇか」

「あー、あれか」

 青柳の花束には、ちょっとしたオマケがついていた。

 それは同僚たちからの見舞い品である、プランシー社製の防犯グッズ。

 グッズ一式を念のため、と入り口に設置していたのだった。自分の用心深さに感心する。


 見ればまだ、メフィストの頭や腕に、数本の長針が刺さっている。映画『ヘル・レイザー』に出てくる、ピンヘッドのようだ。

「俺じゃなかったらよ、失明してんじゃねぇか、コレ」

「でしょうね」

 額の針を引っこ抜くと、

「痛ぇよ! 一言断れねぇのか!」

怒られた。

 続いて、怪我のない左手首を握られる。そして耳元で剣呑な声が囁く。

「入院棟じゃあ分が悪ぃ。人気のねぇトコに逃げるぞ」

「あてはあるの? 人気がないからって、霊安室は駄目だよ」

「んな気味悪ぃトコ行くかよ! そこまでバカじゃねぇよ!」

 そりゃ失礼。

 軽口を交差させていると、エウリノームがそれこそゴキブリの如く、無駄なくこちらへ突進してくる。

「しつけぇんだよ! てめぇは!」

 がなり、躊躇なく振りかぶられた拳が、左右に迫る鎌をいなす。


 メフィストに、死という恐れはない。

 正確に急所を狙う鎌は、重い拳によって弾かれる、両の拳にはためらいがなく、素早い。

 皮膚が裂けようと、肉が飛ぼうとお構いなしだ。むしろ凶悪な笑みを浮かべ、相手の殺意に対峙している。

 面倒な相手だ、と一瞬エウリノームの顔が曇った。

「おらぁ!」

 咆哮と同時に振り下ろされたかかと蹴りが、エウリノームの膝へ落とされた。さすがに足を痛めたのか、彼はその場でバランスを崩す。

「行くぞ!」

 言われるまでもなく、浴室を縦列に飛び出した。

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