第く輪 虚空の螺旋
ようこそ、極上の竹輪ホラーを読みにきてくださり、誠にありがとうございます!!
埃の被った文献を手に取り、軽く指で払う。すると、ゴトッと重みのある音に続いて、銀色の長さ15cm程の棒が文献の下から現れた。
「……なんだ?棒?」
眉間に皺を寄せ、まずは文献に視線を当てる。
「竹輪解体新書……聞いたこともない。著者は丸輪……竹郎?」
見たこともない名前に疑問符を浮かべ、ページを捲ると、そこには竹密の目を疑う、奇妙な絵が描かれていた。
「……ッ!? な、なんだこれは……ッ!!」
大きく瞳を見開くと、連動して口まで開く。
ーーそこには、"穴の空いた竹輪"の絵が描かれていた。筒状になっていて、中身がない。
完璧なる密度とは程遠い、穴が空いている。
「……これは、もしかして……」
勢いよく文献を閉じた。
ーーまずいことになってしまったかもしれない。昔、父に聞いたことがある。
完全なる密度を冒涜する竹輪があったと。
その時は御伽話の話かと思っていたが、まさか現実的な話だったとは、驚きを隠せない。
「……耐えろ、竹密。この文献は……禁断の……」
自己暗示で自分を抑えようとしたが、欲望を押さえつけられるはずもない。
気がつけば、竹密は文献を読破していた。
「この銀の棒が穴の空いた竹輪を作る道具?」
竹密の頭から生まれて初めて、完全なる密度というものが抜け落ちてしまった。
今はただひたすらに、読破した文献の実験がしたい。その想いで一杯だった。
ーーそして、竹山を呼んだ。
「どうされましたか、竹密様。顔色がよろしくないですが、ご体調が優れないのでしょうか?」
「……大丈夫だ。それよりもこの材料を揃えてくれないか?」
小さいメモ用紙を渡す。彼は首を横に傾け、少し驚いた様子で口を開いた。
「もしや、これは……竹郎様の?」
先程、文献で初めて知った名前を、さも当たり前かのように紡ぐ竹山に竹密は詰め寄る。
「竹山、この者を知っているのか!」
「ええ、それよりもこれをどこで……」
「倉庫を調べていたら壁の中でこの木箱を見つけたんだ、中に文献があった」
竹山の表情がどんどんと青ざめていくのが分かった。
「この話を知っているのは、私と竹密様だけでしょうか?」
「そうだ……」
胸を撫で下ろすように、竹山の表情筋が緩む。
竹密は「竹輪解体新書」手に取り、竹山へ手渡した。
「……ッ!! これは伝説の……! 竹密様、この文献を早く燃やしてしまいましょう!」
ポケットからライターを手に取り、竹山は鬼気迫る表情で続ける。
「この文献は国家反逆を企む組織だと、丸輪が判断されるような代物です!」
「……ならん!」
「どうしてですか! 私の知る竹密様は、完璧な密度をお求めになられるお方! こんな嘘話に乗せられていては!」
竹山は途轍もない恐怖心に襲われ、目がぐるぐると回る。
「……私は竹輪製造者として、この文献を再現してみたいと思った。止められるものなら……」
「ーー私の父と母は研究者でした」
竹山は竹密の話を遮り、語り始めた。
「両親は完璧な密度を誇る食品、竹輪の形の異変に気がつき、人生を賭けて研究していたのです。ところがある日……」
「……ある日?」
竹密は不安そうに聞き返す。
「父と母は穴の空いた竹輪の存在に気がついてしまった。そしてその虚空を見た次の日に……亡くなりました」
「え?」
「死因は強盗による殺人。国家に消されたのです。そして私は拾われ、丸輪の従者として何十年と勤めて参りました」
ーーあまりに衝撃が大きい話に頭がついていかない。"竹輪の穴の虚空"それを覗いただけで殺されたというのか?
「私には竹密様も両親と同じ末路にはなってほしくないのです!」
必死に訴えかける竹山を無視し、竹輪解体新書を奪い取るようにして掴み取った。
「竹密様、おやめください!」
「……大丈夫だ。俺は両親のようにはならない。穴の空いた竹輪の虚空を知りたいだけなんだ」
知識に対する渇望と欲望が勝る。
竹密は銀の棒と竹輪解体新書を手に持ち、その場に立ち尽くし、微動だにしない竹山をその場に残して去って行った。
車を走らせること1時間、都内にある自宅マンションに着いた。外で誰かに尾行されてないかと心配になり、キョロキョロと見回してしまった。
側から見れば、不審者だったかもしれない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
玄関の扉の鍵を閉め、チェーンを付ける。
普段であれば、カーテンも開けっぱなしだったが、不安が勝り、全部屋のカーテンを閉め切った。
フローリングの床に手をつき、竹輪解体新書を床の上に置く。
「この文献の通り、穴の空いた竹輪が存在していたとは……」
あの竹山の慌てよう、どうやら本当の話らしかった。
思わぬ収穫に焦りと疑問が脳裏を過ぎる。
ーー"穴の空いた竹輪"とやらを作ってやる。
頭の中にその言葉が浮かんだ時には、既に行動に起こしていた。
竹輪解体新書の「竹輪の作り方」のページを捲る。
「……んッ!!」
竹密は息を呑んだ。
ページに描かれている竹輪には、完璧な円柱の中央に、黒々とした空洞が描かれている。
それが竹山の言っていた「虚空」という者だと気がつくのに数秒はいらない。
「虚空」は彼が今日まで守り続けてきた「経営理念」に対する、最も残酷な侮辱だった。
「密度は真実……空虚は罪……」
彼は、先祖たちが代々この言葉を理念として唱えさせていた本当の理由を悟った。
それは国民に「虚空」を忘れさせるための、国家規模の催眠に近しいものだったのだ。
竹密は無意識のうちに、文献の横に置いていた細い鉄の棒を手に取った。
竹密は、冷蔵庫から丸和の完璧な密度を誇る竹輪に、その鉄棒をゆっくりと、突き立てた。
驚くほど滑らかに、抵抗もなく、鉄棒は竹輪の中央を貫通する。
「……ッ!?」
竹密の手元に、奇妙な振動が伝わってきた。
貫いた瞬間に感じたのは、ただの感触ではない。ゾッとするほどの解放感だった。
彼は恐る恐る、貫かれた竹輪の穴を覗き込んだ。
そこには、キッチンの光景が映っているはずだった。
しかし、竹密が見たのはーー。




