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今夜、月が輝く電柱の前で⋯  作者: あると


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第七話

瞬は愛の異変に気づき、黒田を見た。

「俺の顔に何かついてるのか」

黒田が眉を寄せた。

「何でもないです」

瞬は目を逸らした。愛の方に目を向けると——いなかった。さっきまでそこにいたのに、跡形もなかった。

「顔色が悪いわよ」

山本先輩が心配そうに瞬の顔を覗き込んだ。「そこの喫茶店で少し休まない?」

「車で家まで送っていったほうがいいぞ」と黒田も言った。

「大丈夫です。これから佐々木と待ち合わせで……佐々木の車で送ってもらうんで」

「心配だから、佐々木君が来るまで喫茶店で待ちましょう」

「もう時間なんで」

そう言うと、瞬はふらつきながら駅の方へ歩き出した。

背後に視線を感じた。振り返ると、山本先輩がその場に立ったまま、心配そうな目でこちらを見ていた。

瞬は前を向いた。

「なんで勝手に消えるんだよ」

無意識に呟いていた。

いつもの電柱に寄り道したが、愛の姿はなかった。街灯だけが黙って光っていた。

「……なんだよ」

小さく呟いて、家に向かった。

ベッドに倒れ込んだ瞬間、意識が落ちた。

目が覚めると、22時を過ぎていた。

すぐに上着を羽織り、電柱へ向かった。

愛はいなかった。

しばらく待った。風が冷たかった。それでも待った。

その夜、愛は現れなかった。

翌日の昼休み、山本先輩が二人のテーブルにやってきた。

「昨日、大丈夫だったの?」

「何がですか」

佐々木がきょとんとした顔で答えた。瞬は素早く佐々木の足を蹴った。

「佐々木の車で家まで送ってもらいました」

佐々木は一瞬きょとんとしたが、すぐに表情を戻した。

「せっかくの休みに付き合わせてごめんな」と瞬が言うと、「ほんとだよ……でもよくなってよかった」と自然に話を合わせた。

山本先輩は二人の顔を交互に見て、「ふーん」と不思議そうに呟いた。

そこに黒田主任が現れた。

瞬はそそくさと席を立った。佐々木も続いた。

「なんだあいつら」

黒田が呟くと、山本先輩は小さく笑った。

「仲いいのよ、あの子たちは」

自席に戻ると、佐々木がすぐに聞いてきた。

「何の話だ」

瞬は声を落として、昨日のことを話した。愛とのデート。映画とクレープ。体に入られて意識を失ったこと。

佐々木は頭を抱えた。

「お前……あの少女には関わるなって言っただろ」

「それで、帰り際に山本先輩と黒田主任に会ったんだ」

瞬は続けた。「愛は黒田主任を見た瞬間に消えたんだ」

佐々木の顔が、少し変わった。

「その話、二人にはしたのか」

瞬は首を振った。

「しないほうがいい」佐々木は静かに言った。「今は」

「でも、山本先輩が危ないんじゃないか」

佐々木はしばらく黙った。

「もう少し考えさせてくれ」

瞬は頷いた。

会社の帰り道、いつもの電柱に近づくと、街灯の下に人影が見えた。

赤い服の少女だった。

瞬は足を速めた。

街灯の下、赤い服が見えた瞬間、気づいたら走っていた。

「こんばんは」

愛が口を開いた。いつもと同じ声だった。

「なんで勝手に消えるんだ」

思ったより大きな声が出た。「心配するだろ」

愛は俯いた。

「……ごめんなさい」

小さな声だった。

瞬は息を整えてから、続けた。

「黒田主任のこと、知ってるのか」

愛の顔が、わずかに揺れた。

「知らない。知り合いかと思ったら、違ったみたい」

顔を伏せたまま言った。

「本当のことを言えよ」

「知らないって言ってるでしょ」

愛が顔を上げた。声が荒くなっていた。

沈黙が落ちた。

二人は黙ったまま、しばらく見つめ合った。夜風が間を通り過ぎた。

「……わかった」

瞬は静かに言った。「直接、黒田主任に聞いてみる」

「やめて」

愛の声が、裏返った。「相手は殺人——」

言いかけて、口を閉じた。はっとした顔だった。

「……やっぱりな」

瞬はゆっくりと言った。

愛は瞬を見た。追い詰めたような、泣きそうな目だった。

「もうこの件に関わらないで」

「関わってしまったから、最後までいるよ」

「あなたまで殺されちゃう」

声が震えた。涙が、頬を伝った。

瞬は少し笑った。

「大丈夫。逃げ足だけは自信があるんだ」

愛は瞬を見た。それから、諦めたように息をついた。

「……もう知らないから」

次の瞬間、いなかった。

瞬は電柱を見上げた。街灯が黙って光っていた。

「また明日」

誰もいない夜に向かって言って、家に帰った。

翌日の昼休み、佐々木と食堂に入ると、珍しく山本先輩も黒田主任も姿がなかった。

昨夜のことは、佐々木には言えなかった。

食堂のテレビが、静かな昼の空気を切り裂いた。

ニュース速報のチャイムが鳴った。

女性の行方不明。発生したのは昨夜。しかも、画面に映し出された職場の名前を見て、瞬は息を飲んだ。取引先の受付嬢だった。

佐々木と目が合った。

何も言わなかった。言わなくても、わかった。

あの事件は、終わっていなかった。

夕方、瞬は佐々木には黙って、山本先輩を廊下の隅に呼んだ。

「黒田主任には近づかないでください」

山本先輩はきょとんとした顔をした。

「急にどうしたの」

「あなたが危ないから」

「何が危ないのよ」

先輩は笑った。でも瞬の顔を見て、笑いが止まった。

「黒田主任が、連続殺人犯なんです」

しばらく沈黙があった。

それから、山本先輩はまた笑い出した。声を抑えながら、でも堪えきれないように。

「何言ってるのよ。あの人にそんな度胸があるはずないじゃない」

「本当なんです」

瞬は真剣な顔のまま動かなかった。

山本先輩の笑いが、少しずつ薄れた。瞬の目を見た。何かを測るような、静かな目になった。

「……じゃあ、こうしましょ」

声のトーンが変わった。

「あの人、都市伝説とか好きだから。隣町の廃工場に肝試しに誘うわ。そこではっきりさせましょう」

「でも、山本先輩が危ない」

「守ってくれるんでしょ」

いたずらっぽく笑った。瞬は頷いた。

「頼りにしてるわよ」

クスクス笑いながら言って、先輩は廊下を歩いていった。

瞬は先輩の背中を見送りながら、小さく息をついた。

明日の土曜日。廃工場。

決まってしまった。



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