第四話
「お前、仮病でサボったのかよ……」
昼休み、佐々木は顔を見るなりため息をついた。
「心配して損したよ」
「ほんとに体調は悪かったんだよ」
瞬は慌てて弁明したが、佐々木の目は完全に信じていなかった。
「まあいい」佐々木は箸を置いた。「で、また行ったんだろ、あそこに」
「……」
「やっぱりな」
佐々木は深いため息をついた。
「もうあの少女には近づくなよ。今度はほんとに呪われるぞ」
「呪うとか言ってたけど、あいつはそんなやつじゃ——」
「ほんとにそうよ」
聞き慣れた声が背後から響いた。
また、と思いながら二人が振り返ると、山本マリナが立っていた。そしてその横に、もう一人。
黒田優也だった。二十七歳で営業主任まで上り詰めた、社内では知らない者のいない男だ。顔立ちが整っていて、いつも余裕のある笑みを浮かべている。
「女子高生のお化けか。面白そうだな」
黒田は軽い口調で言った。
「この人、都市伝説とか好きなのよ」
山本先輩が微笑みながら言った。黒田の隣に立つ先輩の様子が、瞬には何故か少し引っかかった。
「今度みんなでそこに行きましょうよ」
山本先輩はそう言って、楽しそうに笑った。
「こいつ、飲みすぎて幻覚を見ただけですよ」
佐々木が素早く割り込んだ。「行くような場所じゃないです」
そう言うと瞬の腕を掴み、食堂を出た。
廊下を歩きながら、佐々木は小声で言った。
「黒田主任と山本先輩、仲良さそうだったな」
「……ああ」
瞬は短く答えた。
付き合ってる人がいるの——先週、マリナ先輩が言った言葉が、頭の隅でぼんやりと灯った。
会社の帰り道、瞬は迷わずいつもの道を選んだ。
電柱の前に、少女は立っていた。赤い服。街灯の光。何も変わらない。
「こんばんは。偶然だね」
愛は瞬を見た。今日は笑わなかった。真っ直ぐに、睨みつけるように見た。
「ここには来るなって言ったよね」
「昨日の答えをまだ言ってなかったから」
「……なんの事」
「君が犯人を探してると言ったら、どうするのって聞いただろ」
愛は黙った。
瞬は一歩だけ近づいた。
「協力させて欲しい」
「何のために」
愛の声は平坦だった。
「あなたに何ができるの」
「……何もできないかもしれない」
瞬は愛から目を逸らさなかった。
「それでも、協力したいんだ」
愛はしばらく瞬を見ていた。値踏みするような、困惑しているような、そういう目だった。
「相手は殺人鬼なんだよ」
静かに、はっきりと言った。
瞬は微笑んだ。
「……知ってる」
愛は小さくため息をついた。
「あなたって本当に変な人ね」
「知ってると思ってた」
間髪入れずに答えると、愛はまた黙った。それから、ぽつりと言った。
「確かに……お化けと普通に接するなんて、まともじゃないわね」
そう言って、愛は笑い出した。
こらえきれないように涙をこぼしながら笑った。
二人の間に、静かな夜風が通り過ぎた。
翌日の昼休み、食堂で佐々木と向かい合って食べていると、当たり前のように山本先輩と黒田主任が同じテーブルに座った。
「ほんとうに行ってないんだろうな」
佐々木が小声で釘を刺した。
「ほんとうだよ。呪われたくないし」
瞬は視線を落としたまま答えた。嘘だったが、今日は上手く言えた。
「もったいないな」
黒田が箸を動かしながら呟いた。どこか楽しそうな声だった。
「その女子高生はどんな子なんだ」
興味ありそうに聞いてくる。
瞬が答えようとした瞬間、佐々木が先に口を開いた。
「なんで女子高生って知ってるんですか」
テーブルに、一瞬の沈黙が落ちた。
黒田の箸が、わずかに止まった。
「言ってただろ」
声が少し荒くなった。
「僕は少女ってことしか聞いてないけどな」
佐々木は静かに、でもはっきりと言った。
黒田は一度だけ佐々木を見た。それから、何でもないように表情を戻した。
「勘違いみたいだ」
それだけ言うと、立ち上がって仕事に戻っていった。
残された三人の間に、微妙な空気が漂った。
「私は興味あるなー」
山本先輩が身を乗り出した。目を輝かせて、瞬の方を見る。
「今度紹介してよ」
「僕たちも仕事に戻りますよ」
佐々木が立ち上がり、瞬の腕を引いた。
「もうーーー」
背後で山本先輩の悔しそうな声が聞こえた。
廊下に出ると、佐々木は何も言わなかった。瞬も何も言わなかった。
自席に戻り、パソコンの画面を開く。
さっきの黒田の顔が、頭の隅に引っかかっていた。
女子高生、という言葉。少し荒くなった声。一瞬だけ止まった箸。
——まさかな。
瞬は小さく呟いて、首を振った。
画面に目を戻した。忘れようとした。
でも、引っかかりは消えなかった。




