三十三話 実家に帰ります
故郷であるフェリス王国に戻った私を、厳しい「令嬢教育」が待ち構えていた。
きついコルセットとドレス。
家庭教師。
覚えきれない名前リスト。
マナー講座。
畳みかけるお茶会。
忙しない日々を送る私の知らないところで、ジーニアス殿下はひとつの決断をしていた。
――ランドバルク家の取りつぶし。
私の行方を捜すため、ランドバルク家を探っていたジーニアス殿下は、義母が違法賭博の経営に手を染めていることを重くみていた。
義母の賭博場では禁止薬物の取り扱い・人身売買など違法行為が横行していたことから、ジーニアス殿下と治安部隊を擁する第五騎士団は義母の罪は重いと判断。
検討されていた修道院行きの話しはなくなり、義母は囚人として牢に入れられることになった。
義姉たちは前夫の親族を頼るという。
そうして、建国当時から続いた大貴族ランドバルク家は終わることになったのだ。
私は、ランドバルク家の人間ではなくなってしまった。
親戚がいない私を引き取ったのは、ジーニアス殿下の側近ミール様のご実家アストロン公爵家だった。
王家と縁が深いアストロン家は、私を王太子の婚約者として恥ずかしくないように、しっかり教育してくれている。
ちなみに、いつでも冷静沈着なジーニアス殿下の幼馴染兼側近ミール様は私の義兄となった。
ジーニアス殿下からは、週に一度は手紙が届く。
戦争の後始末に追われジーニアス殿下もお忙しい。
その上に、戴冠式や戦勝パレードも控え、今ではもう国中がてんやわんやの状態だった。
(戦勝パレード、か……)
そこが私のお披露目の場になるらしい。
聞いた話では、ジーニアス殿下が広めた「傭兵姫フリージア」の英雄譚は、すでに広く民衆に親しまれているらしい。
(私、本当に国民に受け入れてもらえるのかな……)
季節は春。
庭に咲きこぼれるアーモンドの花を見ながら、私は憂鬱にため息をついた。
***
ランドバルク家が取りつぶしになるその日に、私は実家に戻ってみた。
義姉たちも使用人たちも、すでに屋敷から出て行ってしまっている。
誰もいない屋敷の中を、私はひとりで歩く。
(懐かしい。……トムたちに会いたかったな)
家族で食事をした食堂。
泥だらけになって遊んだ中庭。
子どものころ、窓辺で本を読んでいた私の部屋。
庭には両親のお墓がある。
そこに花を手向け、私は祈った。
(お父様、お母様。遅くなりましたが、ただいま帰りました)
さわさわと、春の柔らかい木陰が揺れて私の頭上に影を落とす。
幼い思い出はどこまでも幸福で、思い出すと、涙が出た。
「……私は、もう大丈夫です。だから……いってきます」
立ち上がり、その場を後にする。
その後ろでは、まるで娘を見送るように、墓前のアネモネが、そっと花びらを揺らしていた。




