第七章「天満月国その弐」 拾壱
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
ようやく紫焔は仲間との再会を果たす。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
十一.
百歩ほど譲っての会談の受諾が朔月からなされた後、紫焔は辛うじて保っていた意識を投げ出した。
あまりに突然崩れ落ちた紫焔に皆が呆気にとられる。危なげなく彼を受け止めた紅蓮は、後ろ髪を引かれる思いなど微塵もない様子で処刑台を下りて行った。
紅蓮が向かった先で待機していたのは要と菜々子だ。
呼びかけられる声に反応した紫焔は一瞬、意識を取り戻して目蓋を持ち上げた。そこに懐かしい仲間の顔が見える。
彼らが無事であったことへの安堵が紫焔の意識をさらに暗闇へと引き摺り落とした。
「おい、紫焔」
「紫焔様」
要と菜々子が再び呼びかけるが、今度はぴくりとも反応しない。
「これはだめだな」
完全に落ちている。
紅蓮は意識を失って重くなった紫焔の体を抱え直す。
「要、傷の手当てを頼む」
「ああ」
三人は朔月の配下に監視されながら王城へと案内された。
与えられた一室の寝台に紫焔を寝かせ、要が傷の手当てを始める。室内に入ると監視の目は扉の外、窓の外にあった。この部屋だけが唯一誰にも見張られていない場所だ。
そこに新しい訪問者が現れる。紅蓮は思いがけない相手の登場に瞬きをした。
「彼の容態はいかがか」
横たわる紫焔を窺う男は、元左軍大将・鐘ヶ江だった。
要と菜々子は顔見知りらしく、彼の登場に顔を綻ばせる。軍にいた菜々子はともかく、何故要までもが鐘ヶ江を知っているのか。疑問はすぐに解けた。
「おっさん」
「おっさん……相手は元大将だぞ」
あまりに不躾な呼び名に紅蓮は思わず口を開く。
「大将!? げぇ、紅蓮の旦那と同じかよ。待てよ? てことはおっさん、左軍の大将か?」
「いかにも。元、ですがね」
「完璧な敵側だろ! 何で俺らを助けてくれたんだよ?」
身を引く要と穏やかなままの鐘ヶ江。両者のやりとりを黙って見守る菜々子。
三人の不思議な関係性が場を支配し、紅蓮は溜息を吐いた。
「西の牢からお前らを解放したのは紫焔じゃなかったのか」
「そうそう。紫焔か紅蓮が来たのかと思ったら知らねーおっさんだったからびびった。菜々子も何も言わないし」
「いえ、あの……どうすれば良いのか判断がつかず……申し訳ありません」
「謝らなくていいけどね」
双肩を竦める要に菜々子がほっと息を吐く。
情報を整理すると、紅蓮が紫焔に渡した西の牢の鍵を鐘ヶ江が受け取り、紫焔の代わりに捕まっていた要と菜々子を助けたのだ。
紅蓮はもちろん、鐘ヶ江がこちら側の陣営に来ることを望んでいた。しかし、それがいかに難しい望みかも理解していた。
鐘ヶ江は責任感の強い男だ。
彼は自らを罰するために牢に入り、七年という月日をそこで過ごした。二、三年も経てば鐘ヶ江の部下だった兵士が牢に鍵をかけなくなったと聞く。
それでも鐘ヶ江は決して牢を出なかった。彼はそこで生涯を過ごす決意を固めていたのだ。
一度決めれば揺らがない。それが左軍大将・鐘ヶ江という男である。そんな彼を動かすことは容易ではない。
紅蓮は半分以上諦めていた。しかし、目の前には鐘ヶ江が立っている。
「何故、協力する気になったのか聞いても?」
紅蓮が問うと、鐘ヶ江は困ったように笑む。
「誰にだって誰かの代わりなんてできはしないと。そう言って、代わりではなく己にできることをすると立ち上がった若者がいた。弱く何も持たない彼に力を貸したいと、恐れ多くも望んでしまったため……だろうか」
鐘ヶ江は何もない自分の掌を見つめ、そっと握り締める。紫焔へと視線を移した彼は、眩しいものでも見るように目を細めた。
「綺麗事が好きなんだ。その若者は」
「左様で」
納得した紅蓮の茶化すような応えに鐘ヶ江も笑う。
紫焔の行動が頑固な男の心を動かした。その結果、要や菜々子が救われ、男が救った要が紫焔を救うことになる。
最初から計算されていたわけではない。これは紫焔が繋いだ縁だ。
紅蓮は要の手当てを受ける紫焔を見下ろした。
まだ意識は戻っていないが、苦しんでいる様子もあまり見られない。出血による気絶だけではなく、昨夜の騒動からほとんど睡眠を取れていなかったのだ。これ幸いにと体が強制的に眠らせているのだろう。
「こいつっていつも悪運強いよな」
手当てを終えた要が減らず口をたたく。口調ばかりは意地が悪いが、声音には誤魔化しきれない安堵がこもっていた。
要からしてみれば排水路で水に襲われ散り散りになって以降、久しぶりの再会がこれだ。心配になるのも文句を言いたくなるのも頷ける。
母国では医師免許も持つ要の見立てによると、紫焔は大怪我をしてはいるが重要な臓器や血管は傷ついておらず無事だった。失った血液を取り戻すためにも静養し、体力のつく食べ物をたくさん摂る必要がある。
「俺は旦那の次に不死身なのが紫焔だと思ってる」
「その方が都合が良いがな」
「いやそこは否定してくんね? 旦那が不死身って言われても驚かない自信しかないけどさ」
「医者の言葉とは思えんな」
紅蓮が吐き捨てるように返すと要は菜々子に縋りついた。
「助けて菜々子! お前の尊敬する大将はいっつも俺をからかうんだよ」
「親しみがあって良いのでは?」
「どのへんに親しみ感じた?」
わいわいと騒ぐ二人を親のような顔で見守っていた鐘ヶ江は、不意に紅蓮の隣へとやって来る。
「会談は本日の午後だ。万が一、それまでに彼の意識が戻らなかったら如何様にする?」
「こちらの主張は一貫している。犬狼の対処だ。紫焔が目覚めなくとも言うことは変わらない」
白花草の効果については紅蓮も朔月に進言していた。しかし、紫焔が伝えようとした時と同様に彼は聞く耳を持たなかった。聞くことを拒否すらしている。
「鐘ヶ江殿は自分で牢に入っていただけで第二皇子から課せられた罪はないはず。むしろあなたの言葉なら彼も聞き届けるかもしれん」
憎む相手である紫焔や、裏切った紅蓮ではなく。
紅蓮の提案を聞いた鐘ヶ江は双肩を竦めてみせた。
「それは望み薄かと。昨夜第二皇子とは明確に決別した故」
「決別?」
「鐘楼の上で勇猛果敢に第二皇子に進言していた彼の味方をしたのだ」
昨夜、紅蓮は軍の内部を奔走していた。
紫焔を逃がしたことでいつ紅蓮が拘束されるともしれない状況だった。自分の身に何か起きる前に一人でも多くの味方を得るため、紅蓮は息つく暇もなく動いていたのだ。そのため、外で起こっていた騒動にまで気が回らなかった。
こちらの知らぬ間に紫焔は犬狼との大勝負をこなした上、観衆の前で大演説をかましていたらしい。
おまけにあわや命を奪われるところだった。相変わらず無鉄砲な男だ。己の身の安全の為にも反射で動くのは止めろと口を酸っぱくして言い聞かせても紫焔は止まらない。
昨夜も今朝も、誰も彼を止めることはできなかった。しかし、彼のその行動がかえって功を奏した。
紫焔の「伝説通りの見た目」が人々の目にとまり、彼が何を訴えているのかも今や十分すぎるほどに伝わっている。それらがあったからこそ、今朝の処刑台の場であれほど多くの兵士たちが味方についたのだ。
「よく捕まらなかったなおっさん」
「捕まったが、釈放されたのだ」
さらりと重大な事実を告げられる。
鐘ヶ江は一度、紫焔と同じように兵士たちに捕らえられた。しかし、兵士たちは最初から鐘ヶ江の敵ではない。牢に入っている時から鐘ヶ江のことを気にかけていた者ばかりだった。
拘束は建前で、鐘ヶ江は早々に自由の身となったのだ。
「持つべきものは頼りになる味方ってわけか」
要が何気ない調子で会話の終わりを掴もうとする。それを切り捨てたのは口を開いた鐘ヶ江だ。
「そういえば彼は、昨夜実に愉快なことを言っていましたが」
「愉快?」
全員の視線が鐘ヶ江に倣って紫焔へと移る。
「自分の敵は国でも政治でもなくこの世の理不尽だと。救える命を救えないことこそが敵だと」
「また綺麗事か」
紅蓮は呟いてから忠誠を誓った主の顔を見つめた。
本当にこの男は変わらない。子供の頃からずっと同じだ。同じ理想を掲げ続ける決意を今も尚、抱いている。
あの雪の日の夜に誓った通りに。紫焔は紅蓮との約束を果たし続けている。
「綺麗事というのは、つまるところ人々の本質的な願いなのかもしれない。彼を見ていると愚かしくもそのように感じることがある」
「鐘ヶ江様……」
菜々子がじっと鐘ヶ江の横顔を見つめていた。
彼女は元々第二皇子に仕えていた立場だ。国のごたごたに対し、思うことは人一倍あるだろう。
しかし、妙にしんみりとした空気を壊すのはいつだってこの国の部外者だ。
「そんなん当たり前だろ。誰だって幸せになりてぇし、自分の思うように生きてぇからな」
あっけらかんと言い切った要は、自分は無関係な第三者ですといった調子を崩さないまま寝こける紫焔の額を小突いた。
「こいつはそこんとこてんで分かってない。これから大変だぞ絶対。あれしろこれしろ、ああしたいこうしたいの荒らしがこいつに集中すんだから」
俺を巻き込んだ罰だな。ざまぁみろと言って要は意地悪く笑う。
この男は自分の言っていることの意味を理解しているのか。紅蓮は内心で微笑する。
彼が語ったのは、紫焔がこの国を背負って立つと信じているからこその未来像だ。
「────助けてくれ」
ぽつんと落とされた呟きに、その場にいた全員が口を閉ざした。
寝台の上で眠っていた紫焔がゆるゆると目蓋を持ち上げていく。目より先に口が動いたらしい。紫焔からの図々しい願いに、要がわざとらしく鼻白む。
「情けねぇ声出してんなよ」
「俺、一人じゃ何にもできないって今回のことで思い知った」
力のない声。
紫焔は覇気の無い顔で弱弱しく言葉を紡ぐ。
「皆がいないとだめだめだった」
よくそんなことが言えたものだ。
紅蓮は憮然とした心地で紫焔を見返す。意思の共有はしていないが、この場にいる全員が同じようなことを感じたのは疑いようもない。
たった一人、味方もなく。
紫焔は牢から出た後も奔走し続けた。犬狼という脅威を前にしても怯まず、天満朔月という権力を前にしても退かず。戦い抜いた。
「お前はもう少し、自覚を持つべきだ」
紅蓮は硬い声で紫焔の無自覚さを指摘する。
「うん」
頷いた男は、絶対に紅蓮の指摘の意味を理解していない。




