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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
100/102

第七章「天満月国その弐」 拾弐

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

ついに紫焔は現国王である朔月との会談の時を迎える。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止

十二.


 玉座の間で開かれた会談には、紫焔(しえん)たちの他には朔月(さくげつ)の手勢の兵士たちが集っていた。

 暗に、いつでも処断できるという脅しだ。しかし、紫焔は臆さず会談の席に着く。


 今更、恐れることなど何もなかった。

 七年前に多くの死を目にし、過酷な旅を経て犬狼(けんろう)という脅威と対峙した。鐘楼からの落下や処刑台にのぼるという稀な経験までしてしまったのだ。


白花草(しろはなそう)が何だと言うのだ」


 朔月は顔を横に向けて紫焔と目を合せない。体の反応がすでにこちらを拒否している。


「白花草から抽出した毒で犬狼を倒せる」

「もうこの国にそんなものはない。話は終わったな」

「新王陛下。本当に白花草は絶滅したのか?」


 食い下がる紫焔を朔月が鬱陶しそうに見やった。そこでようやく視線がかち合う。


「知らぬ。少なくとも集落周辺に生えていたものは焼失した」


 白花草は年中咲き乱れる不可思議な植物だ。

 雪の深いこの天満月(あまみつつき)国で、冬の間も花を咲かせている。まだどこかで生き延びている花があるかもしれない。

 紫焔はその可能性を諦めたくなかった。


「紅蓮、紅蓮が持ってる毒はどうなった?」

「まだある」


 紅蓮が懐から小瓶を飛び出す。

 集落で分けてもらった白花草から作られた毒だ。それはさらに紫焔にも分け与えられたため、残りは僅かしかない。紫焔の持っていた毒は以前、犬狼と対峙した時に使い切ってしまった。

 手元にあるのは紅蓮が所有するそれだけだった。


「王はこれの効果を疑っていたけど、俺はこれが犬狼に効いたのをこの目で見た。剣や弓矢だけで戦うよりずっと効果的だ」

「しかし残りはそれだけなのであろう? たったそれっぽっちでは犬狼を排除しきれない。無駄な会談だったな」


 朔月は冷ややかに告げて立ち上がろうとする。それに待ったをかけたのは脇に控えていた鐘ヶ江(かねがえ)だった。


「朔月様。先日の騒動をご覧になりましたか?」

「皮肉か? 元大将よ」

「事もあろうに朔月様に対して皮肉など。論外です。私が言わんとしているのは、紫焔殿と対峙した犬狼の顛末について」

「顛末?」


 首を傾げたのは朔月だけではない。当時の出来事を見ていない紅蓮もまた、鐘ヶ江の言葉に眉を寄せている。


「──血が」


 紫焔は犬狼の最期を思い出して呟いた。


「血?」


 紫焔の隣に立っていた紅蓮がこちらに顔を向けて上から下まで確認するように視線を移動させる。

 紅蓮には、紫焔の言葉があまりに唐突に聞こえたのだ。傷口が開いたのかと様子を窺ったのだろう。


「俺の血が、犬狼にとっては毒かもしれないって……思ったんだけど、それってありえないかな」


 紫焔自身も半信半疑だ。助けを求めるように要や紅蓮を見つめる。


「私にもそのように見えました」


 軽く挙手した鐘ヶ江が淡々と加勢した。

 鐘ヶ江は非現実的なことを冗談で言う性質ではないはずだ。では紫焔が感じたことは、ただの勘違いではない可能性がある。朗報と捉えて良いのかどうか。判断に迷うところだった。


「天然の毒か」


 真っ先に荒唐無稽だと否定しそうな要が、しかし、思案顔で目を泳がせている。

 彼は白城(はくじょう)の里であらゆる書物を熟読していた。今は頭の中で目まぐるしく情報が行き交っているようだ。


「血統、遺伝子、伝承。すべてくだらない。そのようなものは七年前に捨て去った。今更この国に持ち込むな!」


 朔月は我慢ならない様子で立ち上がる。王の逆鱗に触れ、兵士たちも俄かに気色ばむ。


「王家の血が関係しているのではないですか?」


 声を上げたのは菜々子だった。

 彼女は王の対面に座る紫焔の背後、扉近くに待機している。そこにいろと彼女に指示したのは紅蓮だった。かつて第二皇子に仕えていた彼女を前に出すのは避けたいという配慮からだ。

 しかし、菜々子は朔月の苛立ちに気圧されることなく発言した。その声に最も度肝を抜かれたのは朔月だった。


「貴様、よくもこの私に意見など」


 朔月は命令に従うだけの菜々子しか知らなかった。まさか意見が出て来るとは夢にも思わず、彼は大きな動揺を見せる。


「差し出がましい真似をして申し訳ありません。ですが、紫焔様……」


 菜々子は形式的に朔月へ謝罪を口にし、目の前に座る紫焔の背に語りかけた。


「以前国王……いえ、先王に仕えていた時に先王が仰っていたことがあります」

「何を?」


 紫焔は椅子ごと背後を振り返って菜々子と向かい合う。

 行儀の悪い態度を紅蓮が舌打って言外に指摘した。しかし、紫焔はどこ吹く風である。


「我々の血が絶えてはならない、と。当時は王家の血筋を残していかなければという王様の願いだと思っていましたが」

「それだけではないかもしれないと?」

「はい」

「先王ってのは血脈主義だったわけだ」


 菜々子の隣で待機していた要が軽口を言う。すぐに菜々子が隣を睨むが、要に対する文句は言葉にせずこくりと頷いた。


「先王だけではなく、この国ではそれが常識です。伝説通りに、王家の証が遺伝する者を王としてきましたので」

「そうだ。だからそのすべてを私がひっくり返したのだ」


 朔月が冷静さを取り戻して玉座に座り直す。

 彼は神経質さを露わに長机を人差し指でコツコツと叩いた。


「血にこだわる情けない先王の代わりに、私が王として立った」


 先王の選定通りに事が運べば、次の王は第一皇子だ。第二皇子は王に選ばれることはない。生まれ落ちた順番さえ関係ない。

 王家の遺伝子を色濃く継いでいるのは第二皇子よりも第一皇子の方だったからだ。


「先王がもし紫焔の存在を知ってたら、冗談じゃなく王になってたのは紫焔だったかもしれないってことじゃねぇか」


 要が紫焔の容姿をまじまじと観察した。

 皮肉にも、紫焔の特徴は先王・天満満月(まんげつ)さえ凌ぐほど伝説通りである。白銀の髪、紫紺の瞳、体に浮かぶ紋様──その全てが、紫焔を王の器たらしめている。


「伝説など世迷言にすぎぬ」


 玉座の間は朔月の機嫌が下降するほどに緊張感が高まっていく。

 伝説が語られるたびに不快さを露わに言葉を吐き捨てる彼に、兵士たちは表情を硬くした。彼らは皆一様に恐れている。新王・天満朔月という男を。


 会談は打ち切られるか。

 誰もが朔月からの幕引きを予想した。しかし、その空気を顧みぬ者がいる。この国にとって第三者でしかない男だ。

 彼は気負いのない様子で片手をあげ、不穏な空気に待ったをかけた。


「紫焔の血が犬狼にとっては毒かもしれないって話が出た時、オウサマは言ったよな。”血統、遺伝子、伝承。すべてくだらない”って。それを聞いて思ったんだけどさ」

「何をだ? 要」


 天満月国とは無関係だった要は紫焔を助けたことで巻き込まれる形でここに来た。

 彼はあげていた手を紫焔の肩に置く。近くにあった椅子を引っ張ってきて紫焔の隣に腰を下ろした。

 要はそのまま長い足を組み、両手を胸の前で組み合わせる。あまりにも堂々とした態度に朔月が片眉を跳ね上げた。


「オウサマは王家の血に何か()()()()()()()って知ってたんじゃないですかねぇ」

「……何を根拠に」


 要が臆すことなく正面から朔月を見つめる。

 朔月は不愉快さを隠さずに声を低くした。


「俺って気づかない方がいいことに気づきがちで。天才なもんでね。で、オウサマの物言いになーんか引っかかりを感じまして」

「つまり、ただの直感か」


 紅蓮の溜息を要は笑って受け流す。

 いつの間にか玉座の間にいる全員が要に注目していた。彼は場の空気を支配するのが上手い。

 紫焔は相変わらずの手腕に感心してまじまじと隣に座る男を見つめた。

 要ならばきっと、どこへ行こうとその場に溶け込んでしまえるだろう。


「何か知ってて、でもそれを隠して犬狼の被害が拡大しても黙ってるのか?」


 紫焔は自分の声に熱が籠るのを感じた。

 ここは正式な会談の場で、感情論でものを言うのは得策ではない。冷静さを失ってはいけない。己に言い聞かせながらも、どうしても胸の内に吹き荒れる怒りがあった。

 天満月に戻って出会った街の人々の顔を思い出す。恐怖に押し潰されそうになりながら、皆必死に生きていた。


「王家の血に何かあるなら、それがこの事態を解決する糸口になる可能性が少しでもあるなら。話してほしい」


 紫焔は立ち上がった。そして、深く頭を下げる。


「頼む」

「紫焔」


 背後から紅蓮が名を呼んだ。紫焔の行動を戒めるための呼びかけだった。

 表面上だけでも対等な立場を維持しなければならないからだ。今は下手(したて)に出てはいけない場面だった。しかし、紫焔は頭を下げたまま動かない。どちらが上か下かなど、もはや紫焔にはどうでもいいことだ。

 いつだって最優先すべきなのは皆の命である。


「あなたはこの国の王だ。王は国がなければ存在できないし、国は国民がいなければ成り立たない。だからこの国で暮らす人々を無駄に失うよりも助けた方がいいに決まってる。あなただってそう思うだろ?」


 人が動く理由は善意や悪意からだけではない。

 自尊心、向上心、好奇心、野心。その人にとっての価値の有無。様々な理由がある。

 朔月には、朔月にしか分からない理由があるかもしれない。彼が国家転覆を引き起こしてでも玉座を奪いたかったというのであれば、それを守るために国民を救うことは矛盾しないはずだ。



 紫焔はどうにかして朔月の心を動かせないかと苦心する。


「──先王は」


 ぽつりと朔月が言葉を落とした。


「天満の、王家の血は()だと言っていた」

「贄……」

「あの男は兄、第一皇子にのみ詳細を伝えていたが私には何も話さなかった。話す価値などないと思っていたのだろう。愚王め」


 親を語る朔月の表情は暗い。彼は兄である第一皇子に酷い劣等感を抱いている様子だった。


「深夜によく二人でこそこそと地下に行っていた」

「そこに何が?」

「……行ってみればいい。焼けていなければまだ何か残っているかもな」

「あなたはそこへ行ったことがないのか?」

「ない。興味もない」


 必要以上に強い否定が返る。


「だったら一緒に行こう」

「──人の話を聞いていなかったのか?」


 朔月が忌々しいと吐き捨てた。しかし、紫焔は構わずにもう一度誘いをかける。背後で紅蓮たちが呆れている気配を感じた。

 玉座の間に暫し沈黙が落ちる。

 窓から差し込んだ太陽の光が新王の座る椅子を照らした。豪華絢爛な玉座には美しい紫石英()がはめ込まれている。

 そこに座す朔月は、紫焔に射殺すような鋭い視線を寄こしていた。


「先代国王が……あなたの父親が何を思っていたのか。それを知るためにも。俺じゃなくあなたこそが、見に行くべきだと思う」


 朔月の瞳が僅かに揺れる。冷酷無比な装いをしているが、この男も人の子。紫焔とたいして変わらない。

 まだ大人になりきれない若者なのだ。



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