第七章「天満月国その弐」 拾参
オリジナル冒険BL風味ファンタジー。
王城に隠された地下の空間に紫焔たちは踏み入るが──。
以下、注意書きです。
・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です
・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません
・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです
・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります
・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです
当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。
どうぞよろしくお願いします。
※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止
十三.
かつての王城の地下空間は、今の王城からも繋がっている。
しかし、そこは七年前に封鎖され誰も出入りはしていない。鎖をかけられ、扉は板で閉ざされていた。
扉には大きな鍵穴がある。その鍵は朔月が所有していた。
朔月は興味もないと断言していたわりに、その鍵を後生大事に持ち続けていたということになる。彼にとって先王は切っても切れない繋がりのある相手なのだ。
たとえ命を奪ったとしても、玉座を奪い取ったとしても、未だ朔月は先王に囚われている。どうでもいいと吐き捨てる王家の血に最も囚われているのは、この男かもしれない。皮肉なことだ。
鎖を解き、板を強引にはがしていく。
「紅蓮はここのこと知ってたか?」
「いや。この場所はかつて王族の者しか通れなかった。たとえ大将であったとしても門前払いだ」
城は焼け落ちたことで内装が大きく変わっているだろう。それでも王城内を見る紅蓮の瞳はどこか懐かしんでいるように見える。
彼がかつて毎日を過ごしていた場所があったところだ。多くの思い出があるのだろう。
「開いたぞ」
鍵を開けた朔月が扉の前から後退する。
側近二人が前に出て重そうな扉の取手を掴んだ。ぎぃと軋む音をたてながら扉が開かれた。
中は暗闇に支配されていて何も見えない。入口には蜘蛛の巣が張られており、人の気配は遠い昔に消え去ったことが窺えた。
「行こう」
紫焔は一歩前に踏み出す。
灯籠を手に中へ入っていくと、すぐに階段が現れた。階段は地下へと向かっている。紫焔の背後にいる紅蓮が「気をつけろ」と注意を促した。
その紅蓮の後ろには朔月がいる。さらに後ろに彼の側近二人が控えていた。
要と菜々子は玉座の間で待機している。
地下へと続く階段は途中でぐるりと螺旋状に曲がり、ここを通る者の方向感覚を狂わせるようだった。
壁や手摺は湿気のためか腐食している。しかし、七年前に火の手はここまで回らなかったようだ。原型を留めている。
石階段はところどころ苔のようなものが生えていた。滑りやすくなった足元に注意を払いながら、紫焔は只管階段を下っていく。
「見えた」
暫くすると階段の終わりが見えた。その先に木製の扉が構えている。そこにも鍵がかかっていた。
「鍵を」
「貴様が開けろ」
朔月が鍵を投げて寄越す。
階段は進むほどに狭くなっていき、扉の前まで来ると人一人分程度の幅しかなかった。頭上に飛んできた鍵を受け取った紫焔は言われるがまま扉の鍵穴に鍵を通す。
がちゃんと鈍い音が響いた。
紫焔はゆっくりと扉を押し開く。木製の扉に絡まる蔓が開閉によって何本か千切れた。何年も閉ざされていたために埃が舞い上がる。一瞬、不明瞭になった視界に紫焔は軽く咳き込んだ。
紅蓮の手が扉に触れて力をくわえる。半端に止まっていた扉が最後まで開かれた。
紫焔は灯籠を前にかざし、中を窺う。ちかっと、眩しい何かが目を刺激した。瞬きを繰り返しながら前に進んだ。そこで目にした光景に紫焔は息を呑む。
地下空間一面に広がっていたのは白い花だった。
それは太陽の光が届かないこの過酷な環境の中でさえ、生き続けている。七年もの間、誰の手も入っていなかったはずだ。それでもその花は白い花弁を美しく咲かせている。
「白花草」
眩いばかりの白が空間を明るく見せていた。その美しい光景に圧倒される。
「……ありえぬ」
呆然と呟いたのは朔月だ。
「こんなところに植えていても、誰も世話などしていないはず。何故枯れていない? この花は一体、何なのだ」
「──七年前、左軍の手でこの花を集落のそばに植えさせてたよな?」
紫焔は朔月を振り返って問い質した。
「あれは、王城の庭に生えていたものだ。ほとんどの者は知らない場所だったが、先王は度々そこに足を運んでいた。だから私も……」
その場所を知っていた。
朔月は先王に執着し、彼の行動をつぶさに観察していたのだ。
始まりは子から親への愛情からくる行動だったのかもしれない。
この地下に足繫く通っていたのは先王・天満満月だ。つまり満月は白花草を育てていたということか。
紫焔は目の前に広がる白花草の花畑を見つめて息を吐く。思考が巡る。
白花草は犬狼を退ける。毒にもなる。そして、王家の血にも同じように犬狼にとっては毒となる何かがあるかもしれない。
これからは全て一つに繋がっているのではないか。
「贄」
かつて満月は王家の血を贄だと言っていたという。
贄とは、何に対する贄なのか。犬狼? ────或いは。
「紫焔」
紅蓮が唐突に紫焔の腕を掴む。顔を上げて彼を見ると、紅蓮の視線は紫焔ではなく花畑の向こうに注がれていた。
紫焔は彼に倣ってそちらに視線を移す。
そこには、小さな小屋が建っていた。掘っ立て小屋のような見た目である。
紫焔は紅蓮と共にその小屋へと向かった。
古びた小屋はここへ来るまでの階段以上に劣化している。慎重に扉を開け、中に入った。
「うわっ」
小屋の中は埃が充満している。何年も風を通されておらず、寂れてしまっていた。
紅蓮がすぐに動いて小屋の窓を開ける。少しだけ籠った空気が薄れた。しかし、ここは地下空間だ。新鮮な風は吹いてこない。息苦しさを我慢して紫焔は小屋の中を検分する。
そこに置いてあるのは何かの記録のようだった。本や紙。それから、瓶のようなものが棚にたくさん並んでいる。
「なんだろう」
紙に書きつけられている文字は墨が薄れて霞んでいた。
紫焔は文字を読み解こうとする。一方で紅蓮は棚に並ぶ瓶を確認し始めていた。
瓶は細長くどれも液体が入っているようだ。液体の色は様々だ。しかし、どれもどろりとしているように見える。長い年月を経て変色し、劣化したのだろう。
「実験だ」
紫焔が呟いた。
古びた長机の上に散らばる紙を見下ろし、文字をざっと確認していく。紫焔には理解できない文字もいくつかあった。
「実験?」
「紅蓮、これ読んでみてくれ」
紙を一枚、紅蓮に手渡す。彼はそれをじっと見つめて眉を寄せた。
「肥料の配分表?」
「そう。これのほとんどが白花草を育てる方法について書いてあるんだ」
「育てる方法……待て。ここの配分表に書いてある材料は」
紅蓮が渋い顔になっている。紫焔は彼が何を見たのか察して頷いた。
「血だ」
「天満満月の血清で肥料を作っていた……」
「そうらしい。しかも途中から第一皇子の血清まで使ってる」
「白花草の養分が王家の血?」
あまり気持ちのいい話ではない。
紫焔は見えもしないのに己の手首を見下ろした。どくどくと脈打つ手首の血管。その中に、白花草を育てる養分があり、同時に犬狼に毒するものがある。
──なるほど、だから「贄」なのだ。
王家の血は白花草にとっての贄。
「血清の肥料さえ与えていれば、白花草は陽光や水がなくても生きていける」
「……第一皇子だけがここに連れて来られていたのは、彼の方が王家の遺伝が濃いからか」
ぐしゃりと紅蓮が無意識に手に力を入れすぎて紙に皺を作る。
「でも七年も持つなんてすごいな」
「持たない花もあるようだ」
感心した紫焔に朔月が口を挟んだ。小屋の入口に佇む彼は側近に花畑を調査させたらしい。
白花草の花畑は手前ほど生き生きと咲き誇り、奥へ進むと枯れているものもあった。養分が足りず、死んでしまったのだ。
「これに作り方がちゃんとのってるし、要に作ってもらおう」
紫焔は紅蓮から紙を奪うようにして取り返し、朔月に提案する。
「私は血を提供しないが?」
「俺の血で試してみる」
「紫焔」
紫焔が取り返した配分表を紅蓮に奪い返された。不服そうな赤銅色の目が紫焔を見下ろす。
「それにこの血が犬狼にも効果があるなら、なおさら俺の血で毒を作れないか要に」
「やめろ」
「何で」
「犬狼が何体いると思ってる? 白花草の養分にどれだけの血がいる? それを一人で担えると思うのか? ここに残っている白花草だけで毒を作ればいい」
紅蓮に矢継ぎ早に否定された。
天満満月は、何年もの時間をかけてこの花畑を作った。大量の記録がそれを物語っている。しかし、紫焔は一人で時間は限られている。
満月の夜までの残り期間はそう多くない。
「でもやる」
紫焔は紅蓮に怯まずに断言した。
「頑固者」
「そんなの昔からだ。紅蓮はよく知ってるだろ」
紫焔がにっこり笑うと紅蓮から盛大な溜息が返る。これは了承の意味だ。
紫焔は朔月の方向を振り返って口を開いた。
「要を呼んでくれ」
先王の残した遺産が、きっとこの国で生きる人々を救ってくれる。




