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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
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第七章「天満月国その弐」 拾肆

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

朔月と向き合う鐘ヶ江と菜々子。二人の変化に朔月は苛立ちを募らせる。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


十四.


 紫焔(しえん)の提案によって呼び出されることになった要は、地下の実験場を見て訳知り顔で頷く。

 要は天満月(あまみつつき)に来る前、白城(はくじょう)の里で白花草(しろはなそう)について書き記された書物も熱心に読んでいた。

 王家の血について何やら含むところがありそうな先王の話を聞いて、この手の研究をしている可能性に密かに思い至っていたのだ。しかし、会談の場ではあえて口にはしなかった。


 掘っ立て小屋の中は埃っぽく息苦しい。

 棚に並べられた瓶の中身は血液と何らかの化合物だろう。紫焔に渡された配分表や記録を読み漁り、大雑把ながら先王・天満満月(まんげつ)の行っていた実験について知ることができた。


「勉強熱心な男だったみたいだな」

「先王が?」

「そーだよ。几帳面に記録をつけて、地道に研究を続けてた」


 紫焔は要が読んでいた記録帳を背後から覗き込む。


「何年も何年もかけて、漸く行き着いたわけだ」

「白花草の栽培に血が効果的だって?」

「それだけじゃねーんだよこれが。よく見ると白花草が犬狼(けんろう)に効くってことまで書いてある」

「え?」


 要が記録帳を閉じてその表紙を指先で叩く。

 要の話を聞く紫焔のそばで、紅蓮や朔月たちも彼の言葉に耳を傾けている。


「案外、白城の里(あっち)に毒のことを伝えたのは王家の人間だったのかもな」

「だったらもっと早く……」


 犬狼に対処できたのではないのか。

 紫焔は被害が国外にまで及ぶ現状を思い出して拳を握った。俯く紫焔を静かに見ていた要が、そばにいる紅蓮を振り返る。


「天満月って先王の時代に鎖国してたんだっけ?」

「ああ。今から八年か九年ほど前の話だ」

「ふーん? それって記録によるとここの白花草が上手く育ち始めて増えた頃と一致すんだよな」


 小屋の古びた窓からは白花草の花畑が見える。ここまで成長させ、増やすまでに先王は何年もの月日をかけていた。

 小屋には実験記録だけでなく日記帳のようなものも残されている。その記録に目を通すと、先王は密かにここで育てた白花草を王城の庭へと移していたようだった。まるで、少しずつ白花草の生息地を増やそうとするかのように。

 日記帳に目を通していた紫焔は今更な疑問を抱いて顔を上げた。


「犬狼って、元々は魔の森にいた獣なんだよな?」

「おそらくな」


 紅蓮からの端的な返答に紫焔は首を傾げた。


「魔の森にいた獣は、今いる犬狼よりずっと小さかったしあそこまで強くなかった気がする」

「……そうだな」

「いやだから進化したんじゃねぇの?」


 突然変異ってやつだ、と要が嫌そうに肩を竦めている。

 考えれば考えるほど深みにはまっていきそうな不安感があった。

 紫焔は頭を左右に振って気分を変え、先王が鎖国したことに考えを戻す。


 先王は白花草を育て、増やし、国を閉ざした。

 天満月国は資源の少ない小国だ。他国からの流入を閉ざせばすぐに疲弊してしまう。一国の王ともあろう者がそれに考えが及ばなかったとは思えない。

 国を先細らせても尚、鎖国を選んだ理由。その目的。集落で紅蓮に土産でもらった新聞を読んでいた時には分からなかったことだ。

 あの時の自分が知らなかったことを、今の自分は知っている。


「先王は犬狼を退治しようとしてた……?」


 外に漏らさないように国を閉ざし、犬狼討伐に役立つ白花草を増やす。


「──お前って相変わらずだよなぁ」


 要が盛大な溜息を吐いた。何とも言い難いが、要は妙に気に障る表情をしている。やれやれ、とでも言いたげだ。

 紫焔はむっとして相手を見返した。


「何だよ」

()()()()っつーかさ」

「善性?」

「王様が良いことするために行動してたって方向で考えてるだろ」

「……そんなつもりは、ない。けど」

「意識してないんなら素でそれか。よく今まで生きて来れたよな」


 褒めているようで馬鹿にされているような気もする。

 要は絶妙な調子で紫焔を茶化し、紫焔の肩に手を置いて慰めるようにぽんぽんと叩いた。


「じゃあ他に、どんな可能性があるんだよ?」


 当然、教えてくれるんだよな? と紫焔は要を睨むように見上げる。

 要はすぐに口を開いたが、先に返事をしたのは彼ではなく紅蓮だった。


「犬狼を利用しようとしていた」

「利用って」

「可能性の話だ。討伐するつもりだったなら先王自ら密かに動く必要はないだろう」

「案外、犬狼を進化させたのは先王だったりしてな」

「要」


 紫焔たちの背後、小屋の入り口付近で待機する朔月の側近たちが僅かに顔色を変えている。

 彼らも元々は先王に仕えていた兵士たちだ。今の主が朔月とはいえ、不穏当な発言は紫焔たちの立場を悪くしかねない。

 要は殺気立つ兵士たちを横目に愉快そうに口角を持ち上げている。相変わらず肝が据わっている男だ。

 西の牢に菜々子とともに囚われ一時は命の危機に瀕していたはずだが、少しも臆することがない。そんな男だからこそ、紫焔に巻き込まれる形でこの国までやって来たのだ。


「まぁ、前の王様が何をしようとしてたのかはこの際どうでもいいか。とりあえず満月の夜が正念場だからそれまでに白花草から毒を作れってことだな?」

「あと俺の血から」

「田城。こいつの言うことは放って置け」


 横から伸びて来た紅蓮の手が紫焔の口を覆った。


「あのさぁ、一応言っとくけど俺は医者であって科学者でも薬剤師でもないからな? 期待しすぎんなよ」

「城内の者はまだ信用しきれん。お前が頼りだ」


 珍しく困惑気味になっている要に、これまた珍しく紅蓮が素直に信頼を示す。予想外の返答に要がまるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった。

 紫焔は思わぬものを見てうっかり肩を揺らす。紅蓮の手が口を覆っていて助かった。これはもしや怪我の功名というやつか。


「笑ってんのばれてんだよ、紫焔!」


 振りかぶった要が紫焔に記録帳を投げつける。こんな時ばかりは紅蓮もさっさと身を引いた。おかげさまで紫焔は顔面で記録帳を受け止めるはめになる。


「いった……! 要ひどいだろ!」

「この主従ほんっと嫌いだわ」

「俺は何も言ってない!」

「顔が言ってんだよ顔が。いつも顔が煩い」

「何だよ。要だって本当は嬉しいくせに」


 出会った当初、紅蓮は要を警戒していた。それが今では「お前が頼りだ」と言われるまでの関係になったのだ。

 二人の関係が良好で紫焔は大喜びした。しかし、要は天邪鬼なので素直に嬉しいとは言わない。

 だからやはり、本当のことを指摘した紫焔の顔には再び別の記録帳が飛んでくることとなった。





 重大な話を深刻にしていたはずが、三人はいつの間にか子供のようにじゃれ合っている。その様子を遠巻きに見ていた朔月は眉間に皺を寄せて仏頂面になった。


 ──くだらぬ。


 お遊びの関係性だ。これ以上、ここにいる必要性を感じない。

 朔月は踵を返した。

 側近の二人にその場を見張らせ、朔月は地下から王城へと戻る。彼らの仲間の一人、かつての部下である菜々子は未だ玉座の間にいるはずだ。表向きは待機しているだけだが、その実、人質のようなものである。

 上でこの女を監視している以上、地下で彼らが好き放題することはできない。本来ならばこの人質として機能するのは主人である紫焔のはずだが、彼らのような甘い人間たちには従者の一人で事足りるらしい。


 朔月は玉座の間に再び足を踏み入れた。

 出て行った時と同じ位置、同じ体勢で菜々子が待機している。彼女の周りには彼女を見張る兵士たちが控えていた。近くには鐘ヶ江(かねがえ)までもが立っている。

 不思議な面々だ。

 朔月は改めて敵となった二人を見た。どちらもかつては自分の配下にいた者たちだ。それが、何をどう間違ったのかあの男の側にいる。

 所詮、この二人も伝説の見た目に囚われた愚かな者たちでしかない。



 玉座に腰を下ろし、朔月は優雅に足を組む。


「紫焔様たちは」


 菜々子がこちらの許可もなしに口を開いた。

 朔月は相手を睨むが、彼女に堪えた様子はない。反省の色もない。すっかり紫焔という男に毒されている。


「地下で呑気に雑談している。実にふざけた連中よ」

「彼らはこの国を救おうと意見を出し合っているのでは?」


 次は鐘ヶ江までもが不躾に口を開いた。

 朔月は睨む相手が増えて溜息を吐く。


「無駄なことだ。この国は……」


 頬杖をついて天井を見上げる。玉座の間の天井は夜空を模した作りになっていた。かつての王城と同じだ。

 中央には満月を象る柄が刻まれている。そこは硝子張りになっており、夜になると星々の瞬きが見えるのだ。


「すでに滅びの道へと進んでいる」


 ぽつりと零した言葉は絶望でも諦めでもない。只の事実だった。


「犬狼の襲撃によって、でしょうか。多くの国民の命を奪われ、兵士たちも数を減らしている。それゆえに、そのようなことを?」

「鐘ヶ江()()()()()


 朔月はわざとらしく、かつての称号を加えて呼びかけた。途端に鐘ヶ江が背筋を伸ばす。染みついた習慣は容易くは消えないようだ。


「この国は私の代で終わるのだ」

「そんな、弱気になってはいけません」


 反射のように否定したのは鐘ヶ江ではなく菜々子だった。しかし、朔月は菜々子を無視する。

 朔月からすれば彼女はこの場にいるべきではない立場の人間だった。身分が違いすぎる。相手にする必要がない。


「鐘ヶ江よ。貴様は何故牢を出たのだ?」

「──それは」

「貴様は自ら望んで牢に入った。罪を贖うためとの言葉は嘘偽りか?」

「いいえ」


 鐘ヶ江はきっぱりと否定する。

 七年前、朔月は元左軍大将・鐘ヶ江を上手く利用し、国家転覆を図った。頑迷なこの男は己の罪の意識に苛まれ、自ら罰を求めて牢に引き籠ったのだ。愚かなことである。

 しかし、誰が何を言おうと鐘ヶ江は意思を曲げず牢に居続けた。その覚悟は、朔月でさえ動かせぬと諦めたほどだった。

 それが何故今になって牢を出たのか。


「七年も入れば十分ということか?」

「いいえ」


 これにも否定が返る。

 朔月は頬杖をついたまま人差し指でとんとんと頬を叩いた。


「臆病風に吹かれたか?」


 牢で最期を迎えることに恐怖を覚えたのか。

 朔月の問いかけに、鐘ヶ江がゆっくりと頭を左右に振った。


「いいえ。ただ、こんな私にも未来が……」


 玉座の間に鐘ヶ江の声が静かに響く。


「見えた気がしたゆえに、でしょうか」


 聞き覚えの無い晴れやかな声だった。

 朔月は眉を寄せて玉座から鐘ヶ江を見下ろす。男の表情には陰りがない。牢の中にいた頃とはまるで違う顔つきになっていた。


「未来? 青臭いことを」


 長年国に仕え、七年前の地獄を見た男の言葉とは思えない。

 鐘ヶ江は朔月の小馬鹿にした態度を気にも留めず、寧ろ苦笑すら零して返す。自分でもそう思うと肯定するかのような反応だった。


「私の前にはもはや道などなく、過去しか存在しないと……考えておりましたが」

「何だというのだ」

「彼の言葉に、未来を見てしまった。恐れ多くも罪人である立場にあるにもかかわらず」

「……言葉とは。よく言ったものだな。あの髪と目に惑わされたと言えば良かろう」


 やはり鐘ヶ江も天満月国の伝説に思考を奪われている。哀れな男だ。

 朔月は対面にいるかつての大将を蔑みの目で見た。


「見目麗しき若き御仁。ましてや天満月に伝わる語り通りの姿では、惑わされたと仰るのも頷ける。しかし、それだけではない」


 鐘ヶ江は顔を半分背後へと向け、傍に控えていた菜々子を示す。


「貴方様からご覧になってこの者はどう見えておりますか?」

「……は?」


 質問の意図が分からない。朔月は不機嫌を前面に出して顔を傾けた。


「貴方様に仕えていた頃と比較して、同じ人物と思えますか?」

「──愚か者に成り下がったように見えるが」


 会談中に許可もなく口を挟み、要求されてもいないのに己の意見を述べる。かつての菜々子であれば、それはありえなかったことだ。

 朔月はじろりと菜々子を睨みつける。

 菜々子は、信じられないことに視線を逸らすことなく朔月を見返した。頭を下げもしない。俯きすらしなかった。


「何様のつもりだ」


 横柄な態度に苛立ちが増す。

 朔月は頬を叩いていた指を肘掛けに置き、そこを指先で叩き始めた。


「この者が変わったのはそれを許す主がいるからでしょう」

「無礼者には無礼者が似合いだという話か?」

「人と人とは本来、対等であり支え合う生き物だという話です」


 鐘ヶ江の言葉は一体いつからこれほど軽くなったのか。頭が痛くなる。

 甘い戯言を吐くのは紫焔の影響だろう。


「立場というものを分からせる必要があるらしい」


 朔月は足を組み替えて玉座に座り直した。


「左様。しかし、それを知るべきが誰なのかはまだ決着が着かぬ様子」

「貴様」


 濁すような物言いだが、鐘ヶ江は朔月こそが立場を理解すべきだと糾弾している。

 朔月は玉座から腰を上げて脇に置いていた刀剣を掴んだ。王を侮辱する男をここで斬って捨てても文句は言わせない。

 踏み出した朔月は、しかし、玉座の間の扉が開かれたことで次の行動を阻害されることとなった。中に入って来たのは地下にいた連中だ。


 紫焔、紅蓮、要の三人が玉座の間に戻って来た。

 彼らは入って来るなり、一触即発のこちらの状況を目にして動揺している。


「新王陛下」


 紫焔が刀剣を手に立つ朔月を見て、対面にいる仲間の顔を窺う。そして切り替えるように朔月を呼んだ。


「作戦を立てました」

「作戦?」

「満月の夜を凌ぎ、犬狼を退ける策を」


 朔月は己を真っ直ぐに見つめて来る紫紺の瞳を受け、胸の内に暗雲が立ち込めていくのを感じた。




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