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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
98/102

第七章「天満月国その弐」 拾

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

観衆が見守る中、一人の青年が処刑台へ上がる。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


十.


 太陽が天に昇り、大地全体を明るく照らす。

 天満月(あまみつつき)国に朝がやって来た。

 闇に隠れていた犬狼(けんろう)襲来の被害もまた、明るみに出る。家屋の多くが倒壊し跡形もない。

 街は怪我人や家を失った人で溢れている。

 そんな中、王城から大々的にお触れがあった。


 ──曰く、「逆賊を本日、広場にて公開処刑する」


 広場にはあっという間に処刑台が建設された。

 国民の不安と不満は増えていくばかりだ。処刑台を作るくらいならその資材で、少しでも家屋を修繕してくれればいいものをと誰もが零している。

 しかし、澱んだ空気などお構いなしで処刑は行われるようだ。仰々しいまでに整えられた場で、処刑人が登壇した。

 国王は処刑台近くに建設された物見席に座っている。早くからその場に来ていたようだ。


 不平を零しながらも、広場には多くの国民が集まっていた。

 昨夜の──明け方の出来事が、皆の目に焼き付いて離れないからだった。

 犬狼を相手に大立ち回りをし、この国の頂点に君臨する男に堂々と歯向かった男。本当に彼を処刑するのか。そんな疑問が密やかに飛び交っている。


 そこに、とうとう件の青年が引き摺られるようにして運ばれてきた。今回の目玉、国王の遺児。逆賊である。

 彼は碌な手当てもされていないようで酷く憔悴していた。処刑台の中央で無理やり膝を折らされる。鋭い刃が青年の首元に翳された。

 処刑は斬首によって行われるのだ。


 俯いていた青年は髪を掴まれ強引に顔を上げさせられた。酷い有様に、観衆から悲鳴にも似た声が上がる。

 青年は肩から流れた血がべっとりと肌や衣服にこびりついた状態のままだった。生命すら危ぶまれそうな様子だ。

 出血も酷い。怪我によって意識が朦朧としているはずのその男は、しかし、おそろしいほどに澄んだ瞳をしていた。

 今から命を落とすとは思えない。そこに絶望の色など微塵もなかった。


「先王ならびに第一皇子の殺戮、国家転覆を図った大罪。くわえて此度の新王陛下暗殺未遂によって斬首の刑に処す」


 処刑人が抑揚のない声で罪状を述べる。


「何か言い残すことはあるか?」


 声をかけたのは物見席で見物している新王だった。優し気な物言いだが、声には冷淡さしか含まれていない。

 国民は固唾を飲んで青年の最期の言葉を待った。

 紫石英のような美しい紫紺の双眸が広場に集う国民を見る。まるで、一人ひとりの顔をしっかり確認しているかのように。そして青年は、ゆっくりと口を開く。

 紡がれるのは恨み言か、言い訳か、反論か。誰もが耳を澄ませた。


「犬狼を追い出したい」


 一陣の風が広場を通り抜けた。


「この国で皆が生きていけるように」


 決して大声を上げたわけではなかった。青年の声はまるで、水面に一滴の雨粒が落ちたように静かに、しかし確実に波紋を広げていく。

 静寂が広場を支配した。処刑人でさえ、沈黙して動きを止めている。

 奇妙な静けさを断ち切ったのは、椅子から立ち上がった新王だった。大袈裟な程の音を立てて天満朔月(あまみさくげつ)が前に出る。


「殺せ!」


 その命に静止していた処刑人たちが体を揺らした。

 彼らが刀剣を構えようと動いた刹那、二人はほとんど同時に膝から崩れ落ちる。何が起こったのか誰にも分からなかった。処刑人たちは一瞬で気絶していたのだ。


 いつの間にか彼らの背後に現われた男が振り抜いた刀身を鞘に戻す。この乱入者が処刑人を倒したようだった。

 処刑されるはずだった罪人の傍に歩み寄った乱入者は、彼の拘束を躊躇なく解いた。すべてはあっという間の出来事である。


「何をしている!」


 朔月が声を荒げた。乱入者は、その声に応えるように顔を隠していた仮面を捨てる。


(あるじ)を救っているだけだ」


 淡々と響く低い声。

 乱入者の顔が観衆の目に触れる。その姿に国民が悲鳴に近い声を上げた。


「大将だ!」

「生きてたんだ!」

「紅蓮様っ」


 口々に男の名を呼ぶ。その声は喜びに満ちていた。

 元右軍大将・信楽紅蓮は、世間では汚名を着せられているはずだ。しかし、国民の顔に憂いや恐怖はない。誰もがこの男の帰還を無意識のうちに喜んでいた。


「貴様。そうか貴様もその男と手を組んでいたのだな? まんまと謀られていたらしい。私を殺そうとしているのだろう。まとめて処刑せよ!」


 朔月が声を荒げて命じる。王の側近を除き、ほとんどの兵士たちは予想外の展開に動揺を隠せないでいた。

 王の命令に従って、咄嗟に武器を手にしたのは僅かな数だけである。


「貴様ら私の命が聞けぬのか! 何をしている!」


 朔月が再び強い口調で兵士たちに命じた。そこでようやく、様子を窺っていた他の兵士たちも鞘から刀剣を抜いて構え出す。しかし、誰もその場から動かない。

 奇妙な間が生まれた。その間に動いたのは紅蓮だ。彼は呆気にとられたようにぼんやりしていた罪人の青年を起こした。


「立てるか?」

「……あ、ああ」


 応えた青年の足取りは不安定で、直立しているのもやっとという様子である。

 それでも強引に立たせた紅蓮は、彼の正面で膝を折ってその場に座った。跪いて、頭を下げている。忠誠の儀式のように。


「紅蓮」


 明らかな忠誠心を示された青年は、何故か眉を寄せて僅かに不愉快さを見せた。

 国民はその全てを沈黙を持って見守っている。朔月でさえ、元右軍大将の行動に面食らって命令を忘れていた。


「俺はこの男の刀だ。この男に刃を向ける者はそれが誰であっても俺が斬り伏せる。元右軍大将・信楽紅蓮は、天満紫焔(しえん)にのみ忠誠を誓う。この男こそ、俺が唯一認める本物の王だ」


 芝居ががった口調──と表現するには抑揚の足りない実直な声が滔々と忠誠を誓う。

 これまで先王にさえ頭を下げなかったと噂される男が深々と頭を下げている。そのどこか厳かささえ感じさせる不思議な光景は、自然と人々の目に焼き付いた。


「たっ、たった一人の従者に何ができる?」

「第二皇子。俺が一時的にあなたの配下となったのは紫焔を裏切るためじゃない」

「……何?」

「紫焔に味方する者を増やすためだ」


 紅蓮の言葉に驚いたのは朔月だけではない。青年──天満紫焔も瞠目している。

 紅蓮は驚く主を見上げて苦笑を零した。


「とはいってもかつての右軍の連中はもういない。一人一人に話を通すのは苦労した。そのせいで随分と時間がかかった。今まで待たせて悪かった」


 紫焔の双眸は戸惑いに揺れている。

 彼は紅蓮から視線を外し、周囲に並ぶ兵士たちを見回した。紫焔の視線に応えるように、兵士たちも顔を上げていく。その表情には決意が見えた。


「こいつの味方は、もう俺一人ではない」


 紅蓮が宣言する。困惑する朔月を尻目に、兵士たちが刀を鞘に収めて敵意がないことを示した。そして、皆が次々にその場で跪いていく。傅く相手は新王ではない。処刑台に立つ、若き先王の遺児だ。

 天満紫焔を中心に広がる忠誠の姿勢は、見る物を圧倒した。状況の分からない国民たちすらも飲み込み、新たな王の誕生の予感に皆が期待を持ち始める。

 その雰囲気に抗うのは天満朔月と彼の手勢、そして、この騒動の発端である紫焔だけだった。


「これは謀反だ」


 朔月が震える声で訴えた。


「皆、騙されるな! この男が伝説通りの見た目であろうが、それが王の器になりえる証なのではない! そんなものは迷信だ!」


 朔月は処刑台へと移動し、自ら刀剣を手にして中央へと進む。


「先王の圧政を忘れたのか。民の声を無視した政によって国は疲弊していった! 先王には紋様もあったがあの男は真の王と言えるのか?」


 先王・天満満月(まんげつ)の鎖国政策によって天満月(あまみつつき)は衰退していった。

 国民の不満は募り、内紛という形で頻繁に揉め事が起こっていた。

 朔月の言葉にかつての天満月国を思い出した国民が沈痛な表情を浮かべる。彼らの顔を見渡した朔月は国民に同調するかのように頷き、刃を紫焔へと向けた。


「政治のことなど何も分からない。どこの誰とも知れぬ女の腹から生まれた下賤の者。それがこの男だ。この男のどこに王の器としての価値があるのか。何故この男を信用できる? こいつに私腹を肥やす以外に何ができるのだ。この男こそ、玉座を渡してはならない相手ではないか!」


 朔月の言葉には力がある。政が基盤を崩してから何年もの間、実際にこの国を支えてきたのは彼だからだ。次第に国民も新王の声に耳を傾け始めていた。

 しかし、新王の訴えに真っ先に頷いたのは他の誰でもない。殺意を向けられている張本人の紫焔だった。


「俺もそう思う」

「……私を馬鹿にしているのか?」


 あっさりと頷いて同意してみせた相手に、朔月が苛立ちを見せる。見下されていると判断した彼は刀剣を振り上げた。脅しではない。


「違う。王の器かどうか、決めるのは見た目じゃないと俺も思うって言ったんだ」


 振り下ろした刃は、紫焔のその言葉によって半ば強制的に動きを止められた。

 朔月は相手の真意を探るように怪訝な顔になる。目の前で止まった刃にも紫焔は動じていない。

 彼が見ているのは切っ先でも殺意でもなく、対峙する朔月だった。

 紫焔は手当ても碌にされず、身体はすでに限界を迎えているはずだ。覚束ない足取りで前に出た彼は、しかし、重傷を負っているとは思えないほどしっかりとした声音で会話を続ける。


「伝説はあくまで伝説だ」

「……何を企んでいる? 仮初の味方を得たからといっていい気になるなよ。この国の王は私だ」

「だったら!」


 紫焔が唐突に声を荒げた。それまでの落ち着いた口調から一変し、絞り出すような声が響く。


「だったら、どうして犬狼に効果がある白花草(しろはなそう)のことを軍に共有しないんだ」

「あれは、先王の遺物だ。もはや必要のないものでしかない。私は自らの力でこの混乱をおさめてみせる。先王の遺物などに頼りはしない」

「感情より命が優先じゃないのか」

「国を統治するものが一つひとつの命に固執することはできない。全体を見通さなければ王は務まらないのだ」


 堂々巡りだ。初対面の日から会う度に交わされる朔月と紫焔の口論は、いつまでも着地点を見失っている。

 朔月の方針は冷酷にも聞こえた。顔を上げて口論していた二人だったが、紫焔がとうとう俯いて視線を足元に落とす。相手が顔を伏せた瞬間、朔月が目元を和らげた。勝ったとその顔が言っている。


「千の命を救うために百の犠牲が必要であるならば受け入れる。それこそが優れた王というものだ」


 紫焔に向けられ始めていた国民からの期待が音もなく消えていく──かと思われたが、紫焔が再び顔を上げた。


「俺は千も百も犠牲にしたくない」


 声には熱がこもっている。怒りではない。動揺や焦りからくる冷静さを欠いた熱でもなかった。

 その紫紺の瞳には焔が宿っている。そこにあるのは崩れない強い覚悟だった。


「はっ、世迷言を。貴様がいかに能天気な暮らしをしていたのかがうかがえるというものだ。甘い戯言に耳を貸す必要はない。とっととこの男を捕えろ。処刑を再開する!」

「天満朔月。俺はどれだけ馬鹿々々しくてもくだらない戯言でも、死ぬまでこの考えは捨てない」

「好きに吠えればいい。皆を救うことなど不可能だ。犬狼にしてもそうだ。あれを討伐するためには多くの犠牲を払うほかない」


 国民が息を呑む。

 朔月の発言は、彼らにこれまでの犠牲者の数を否が応でも思い出させた。


「そんな簡単に割り切らないでくれ。被害に遭って怪我をした人たちは今もまだ苦しんでる」

「優れた人材を生かすために仕えぬ駒を捨てていくのは定石だ。治療は使える駒に優先的に与える。その間、皆には耐え忍んでもらう」

「そんなこと!」


 吠えた紫焔の足元に、朔月が刀を突き立てた。


「それが、戦いというものだ」


 紫焔とは形の違う、揺るがぬ意志。


「綺麗事はもう良い。処刑を再開せよ!」


 朔月は改めて紫焔の処刑の指示を飛ばした。しかし、誰も動かない。命令に逆らって動かない者もいれば、状況に対処できず動けない者もいる。

 呆れた朔月は溜息を吐いて柄を握り直した。

 突き立てた処刑台の上から刀身を引き抜き、振り抜けるように構える。


「解った。私自らが手を下してやろう!」


 鋭い刃が紫焔の首を落とすために振りかざされた。はっと声を上げたのは観衆の誰かか。

 ぎぃんと重く響く音が処刑台の上で鳴る。朔月の刀剣を紅蓮が弾き飛ばしていた。

 紅蓮はそのままの勢いで朔月に刃を向け、首筋にぴたりと宛がう。


「見ろ。やはり王を殺すことが目的なのだ」


 一歩後退した朔月が苦々しく訴える。

 王の側近たちが殺気だって武器を構えた。しかし、紅蓮は一歩も退かない。鋭い眼光で朔月の背後の側近たちを牽制して動きを封じる。


「反逆者め」


 忌々し気に投げ捨てられた侮辱も、紅蓮を止めることはできない。王の首が飛ぶ。誰もが思った。しかし、大刀の刀身は相手の皮膚を破ることなくその場に留まっている。


「……何故止める?」


 紅蓮が朔月を睨んだまま告げた。背後にいた紫焔が彼の腕を掴んで制止している。


「殺すな」


 紫焔のその一言で、紅蓮が朔月の首から刀を離した。


「これは因果応報だ。先王と第一皇子が辿った運命を、この男にも辿らせるだけ」

「それで、次は俺の番か?」


 紫焔と紅蓮は数秒ほど睨み合うかのように見つめ合った。先に動いたのは紅蓮だ。殺気を静め、刀剣を鞘に収めた。溜息のおまけつきで。

 紅蓮の不本意を隠さぬ姿に紫焔が苦笑を零す。


「誰がなんと言おうと、天満朔月はこの国の王だ」

「それを……お前が言うか」


 紅蓮が呆れて言うのに、見守っていた人々が緊張の糸を解いて笑みを浮かべた。心なしか殺伐としていた雰囲気が雲散霧消している。


「貴様などに言われずとも私が王であることは明白だ」


 怒りを滲ませるのは朔月だった。しかし、紅蓮に弾かれた刀剣を拾いに行く素振りは見せない。側近から差し出された刀剣も受け取ろうとしなかった。

 長い問答に剣で事を終わらせる選択肢を放棄したのだ。今度は紫焔が勝ったと顔に出す番だった。


「王なら王らしく、冷静に話し合おう。俺はあなたとの正式な会談の場を要求する」

「どこまで厚顔なのだ貴様は。私と対等のつもりか? 何を言おうとお前の処刑を覆す気はない」

「対等じゃなくていい。処刑されてもいい。でも、その前に犬狼にどう対処するか相談したいんだ」

「おい」


 紫焔の投げやりとも思える発言に待ったをかけたのは紅蓮だったが、紫焔は止まらなかった。


「……貴様は馬鹿の一つ覚えのようにそれしか言わないな」

「あっという間に次の満月が来る。時間がないんだ」


 満月、と紫焔が言った瞬間、ざわめきが広がる。

 満月の下で犬狼の活動が活発化するのはここ数年で分かっていた。先の不安を感じた国民が動揺を見せる。

 彼らは朔月に対して声を上げる。紫焔と会談しろと訴えながら皆が拳を振り上げた。

 広場はいよいよ収拾がつかない騒ぎになる。


 朔月は国民に背中を押される形で否応なしに矛を収めるしかなかった。

 


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