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月華の紫石英  作者: あっとまあく
天満月国編その弐
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第七章「天満月国その弐」 玖

オリジナル冒険BL風味ファンタジー。

負傷しながらも休むことなく紫焔は動き出す。そんな紫焔の姿に、人々は惹かれつつあった。


以下、注意書きです。

・本作品はファンタジーであり、もし実在する人物や会社等と名前が同じであったり類似していても無関係です

・勝手につくった国の名前や文化等も出てきますが完全にフィクションです。現実にある国等は本作には出てきません

・本作品に出てくる全ての呼び名、動植物、無機物等は独自設定であり、もちろんファンタジーです

・戦闘シーン等が出てくる関係から暴力的、流血表現や残酷な描写が出てくる場合があります

・犯罪行為推奨の意図は一切ありません。あくまでフィクションです

当然ながら現実のものではない、空想の話であり設定であり展開となっています。

どうぞよろしくお願いします。

※無断転載、無断使用、無断編集・修正・加筆、自作発言等全て禁止


九.


 これまでも犬狼(けんろう)に怪我を負わされたことはあった。しかし、すぐに紅蓮たちが犬狼を倒していた。

 そのため、紫焔(しえん)の血を体内に含んだ犬狼がその後どうなるかは把握していない。

 たまたまか。あるいは、本当に紫焔の血に何か犬狼に作用するものがあったのか。試してみたいが、そんな時間はない。


「あなた下りてきて! 手当てをしないと」


 地上から街の人に呼びかけられる。

 紫焔は屋根から下りて、ひとまず止血だけはしておくことにした。この出血量は良くない。要が見れば蒼白になっていただろう。

 街の人の手を借りて止血を終えた紫焔は、周囲が止めるのも聞かずに立ち上がった。


天満朔月(あまみさくげつ)に、会わないと」

「は? 何言ってんだあんた」

「血出し過ぎていかれちまったんか」


 街の人々の戸惑う声に紫焔はふるふると頭を振る。重い足を引きずるようにして前に進んだ。


「犬狼を、この国をなんとかしないと」


 ずるずると王城へ向かう紫焔に、周囲の人々が息を呑む。互いに顔を見合わせて諦めたように溜息を吐いた。


「無駄だよそんなもの。王様は一般人の相手なんかしない。兵士たちも助けに来ない。この国はもう……」

「終わってない」


 紫焔は霞む視界を無視して歩み続ける。

 街の人々の悲しみに暮れる声を否定し、前を向いた。


「七年前、この国は炎に包まれた。それでも、終わらなかった。終わってなかった。今だってまだ、終わってない」


 七年間、紫焔は天満月(あまみつつき)国に戻らなかった。

 その間もずっとこの国の人々は戦っていた。毎日を必死に生きていた。その日々を知らずに諦めたように外で生きていた自分を、今の紫焔は酷く後悔している。


 王城までの距離がとても遠く思えた。足は鉛のように重い。

 紫焔は方向転換し、王城にほど近い鐘楼へと足を向けた。


「おい、今度はどこへ行くんだ」

「安静にしてないと……」


 心配の声がかえって紫焔の背を押す。ここで倒れてはいられない。前に進まなければと決意が強くなる。

 鐘楼は、王城近くの街で最も目立つ。一つ抜きん出て背の高い建物だからだ。

 紫焔が暮らしていた頃、この鐘楼の鐘の音が集落にまで届くことがあった。鐘が鳴らされるのは午前・正午・午後の三回。時刻を知らせる鐘の音である。


 この街の鐘楼は塔のような造りになっていた。外から梯子がかけられていて、そこを登って塔の上に吊るされている鐘の場所まで行く。

 何度も足を滑らせながら、それでも紫焔は梯子を上って鐘の場所に辿り着いた。

 塔の周囲には心配した人々が集まっている。

 紫焔は力を振り絞って鐘を鳴らした。間髪入れず二回、三回と鳴らし続ける。響き渡る鐘の音は王城まで届き、異常さを伝えるには十分だった。

 目視できる距離に王城の見張り台が一つある。そこから鐘楼を確認する兵士の様子が窺えた。

 紫焔は只管鐘を鳴らし続けた。天満朔月に伝わるように。自分はここにいると相手に教えるためにも。そして、街の惨状を目に入れてもらうために。鐘を鳴らす。

 そうしている間に鐘楼の周囲には大勢の国民が集まっていた。 


「何事だ」


 王城の見張り台が俄かに騒がしくなる。その中に天満朔月の姿があった。おそらく、紫焔が脱獄したことが耳に入りまさかと顔を出したのだろう。

 紫焔は半分血の繋がる兄の顔を認めて、鐘を鳴らす手を止める。そして、鐘楼の屋根へと上った。背の高い鐘楼の頂点は周囲の障壁がないことも相まって風が強い。

 全身に当たる風圧に負けそうになる。しかし、紫焔は踏ん張って体勢を立て直した。屋根の中央には目印の旗竿が立てられていて、紫焔はそこに掴まることで転がり落ちることを防いだ。


 旗竿の先では天満月国の国旗が風を受けてはためいている。

 満月を模した国旗はこの国の象徴だ。

 薄暗かった夜空は徐々に白み始めていた。もうじき朝が来る。


 紫焔は旗竿を握り締め、毅然とした態度で顔を上げた。

 視線の先には紫焔の姿を確認して顔色を変えた天満朔月がいる。 


「犬狼をこの国から追い出したい!」


 紫焔は腹に力を込めて、精一杯声を張った。

 生まれてからこれまでの中で一番大きな声だった。離れた場所にいる天満朔月まで届くようにと叫ぶ。


「そのためには人も武器も必要だ!」


 紫焔の宣言に呆然としていた街の人々が、はっとしたように呼応し始める。そうだそうだと声を上げ出した。


「怪我人を手当てする医者も必要だ。何もかも今は足りない」


 天満朔月の顔が歪む。

 当たり前のことを大声で言って、こいつは何が言いたいのだと思っている様子だ。その通りだろう。しかし、その当たり前のことを王の耳に届け、行動に移してもらうまでに一体どれほどの労力と時間がいるのか。

 それを待っていられるような余裕はもうこの国には残されていない。


「政を何も知らぬ者が知ったふうな口を利くな! あれをしろこれをしろと要求ばかり! こちらの手が足りぬ!」


 思わず、といった様子で天満朔月が声を荒げた。彼を隣で諫めているのは見張り番の兵士か、あるいは王の側近か。


「犬狼討伐には策がある! 白花──」

「くどい!」


 紫焔の言葉を遮った天満朔月は忌々しそうに舌打ちした。

 わざと提案を打ち切ったということは、やはり彼は白花草(しろはなそう)の毒について知っていたのだろう。


「聞いてくれ! 兵士たちが不要に傷つけられる必要なんかないんだ」

「私には私のやり方がある。貴様の安っぽい意見など不要。聞く耳など持たぬ」

「天満朔月!」

「呼び捨てか。逆賊め。貴様は今宵、牢から逃げ出した脱獄犯だ。罪人でしかない。処刑される身で、命惜しさに一般人でも装うつもりか?」


 ざわざわと混乱が広がっていく。紫焔は天満朔月の言葉に反論しなかった。


「逆賊だろうと何だろうと構わない。俺は、これ以上この国の人が傷つくのを見たくないだけだ」 


 恐ろしいまでの綺麗事だ。しかし、羞恥にも恐怖にも紫焔は屈しない。屈していては、紅蓮に顔向けできなくなる。

 紫焔の返答に天満朔月の瞳が怪しく光った。片手をあげて隣に立つ兵士に合図する。


「己の立場を認めたな? 射ろ」

「はっ、しかし……」

「どうせ処刑台に上がる男だ。ここで射たところで支障はない。首さえあれば良い」


 天満朔月の指示を受け、兵士が矢をつがえた。


「これは脅しではない。民よ聞くが良い。この男は先王の遺児でありながら先王弑逆を企てた張本人である」


 つらつらと語る朔月の言葉に国民が騒然となる。

 僅かな月明かりと星明かりに照らされた紫焔の銀の髪が、白み始めた空に浮かぶ。その容姿に多くの者が言い伝えを思い出した。


「七年前、この男は私の追跡を掻い潜ってまんまと逃げおおせた。しかし、再びこの国へ舞い戻って来た。何のために? 次はこの私を殺すためにだ! よほど玉座が欲しいと見える。その容姿で国民を騙し、私腹を肥やすつもりだったのであろう」


 天満朔月はこの七年間、傾いた国を支え続けた男だ。彼の語り口は自信に満ち溢れ、自然と人々の注意を引く。


「だが何も恐れることはない! 私の目が黒いうちはこの男の好きにはさせぬ。必ずやこの国を守って見せる。この男の言葉に騙されてはならぬぞ!」


 次第に声の調子が変化し、朗々と響く言葉が国民の耳に届いた。形勢は不利だ。

 相手は一国の王で、紫焔は何も持たないただの若者にすぎない。仲間もそばにはおらず、力も金もない。

 あるのはただ、犬狼の脅威から皆を守りたいと願う思いだけだ。


 王の指示で矢を番えた射手が紫焔に照準を定める。朔月の指が合図した。

 射手から放たれた矢は真っ直ぐに紫焔の体を貫く。足場の悪い状況で矢を避ける体力さえ紫焔にはもう残っていなかったのだ。しかし、幸運にも紫焔の体を貫いた矢は肩口に刺さり、致命傷となる臓器や血管は傷ついていない。


 朔月が苛立ちを隠せない様子で隣の射手を睨んでいる。彼はこちらの頭か心臓を狙えと命じたのだろう。強風の影響か、射手の腕が鈍ったのか。何にせよ紫焔は命拾いした。

 犬狼との戦いでもともとボロボロになっていた服が矢の衝撃でさらに割けて乱れる。僅かな月明かりでさえ紫焔の肌に届くほどに。左半身に浮かび上がる紋様は、彼を見る人々を圧倒した。

 紫焔はすでに周囲の喧騒が耳に入らない。ふらつく足を必死で立たせ、旗竿を掴む手に力を込める。気を抜けば背中から倒れてしまいそうだった。


「俺の敵はあんたじゃない。国でも政治でもない」


 紫焔は不鮮明になっていく視界の中、懸命に声を張る。


「ならば何だ。言ってみるがいい、逆賊よ」


 朔月が煽るように続きを促す。その声も、紫焔の耳には徐々に遠くなっていく。


「理不尽だ」

「何?」


 紫焔は顔を上げた。

 大地を照らし始めた太陽の光が嫌なほど眩しく感じる。四肢が悲鳴を上げていた。強風に揺れる髪が夜明けの空を彩る。

 国民が息を呑んで紫焔の姿を見上げていた。


「この世の理不尽が俺の敵だ。救える命を救えないことが、俺の敵だ」


 声が出せているかどうか、もはや紫焔には分からなかった。


「誰も犬狼に喰われなくていい国になってほしい。怪我を手当てしてもらえる国になってほしい。家族が、友達が、皆が───幸せに笑って食べていける国に」


 視界が真っ黒に塗りつぶされていく。指先に力が入らない。紫焔の体は意思に反して大きく傾いていった。

 ──誰も犬狼に喰われなくていい国になってほしい。怪我を手当てしてもらえる国になってほしい。家族が、友達が、皆が幸せに笑って食べていける国にしたい。この国を、守りたい。

 願いは最後まで口に出せただろうか。自分の声さえ、耳に届かない。

 紫焔の意識は完全に途切れた。







 鐘楼の屋根の上にいた体が大きく傾く。ぷつんと糸が切れたように、その体が力なく背中から落ちる。

 紫焔を見守っていた人々の中から悲鳴が上がった。

 屋根から転がり落ちたその体は、しかし、地面と悲惨な衝突をすることはない。落下地点に滑りこんできた人間によって抱きとめられたからだ。

 紫焔を受け止めたその人物に、誰もが己が目を疑う。波紋は一気に広がった。


「誰か、彼の怪我の治療を」


 記憶にあるよりも皺が増え、疲労が滲む顔。それでも少しも衰えた様子の無い仕草。強い眼光と屈強な体。

 紫焔を助けたのは、かつてこの国で大将を務めた男だった。


鐘ヶ江(かねがえ)大将……?」

「本物?」

「死んでしまったのかと……」

「幽霊じゃない、よな?」


 ざわめきは一向に収まらない。

 鐘ヶ江はぐったりとして動かない紫焔の体を抱え直し、もう一度声を上げようとした。しかし、彼の周囲は瞬く間に兵士によって囲まれる。

 兵士たちはそのほとんどが複雑な表情を浮かべながらも刀剣を鐘ヶ江へと向けた。


「逆賊たちを捕らえよ」


 国王の命が下る。鐘ヶ江は大人しく片手をあげた。争う気はないという意思表示だ。


「彼をここで失ってはならない。どうか手当てを」


 反抗はしないが紫焔の治療は要求する。鐘ヶ江の言葉に兵士たちは戸惑った。

 誰もが尊敬するかつての大将と、信用できない王の遺児を交互に見下ろす。


「皆、彼の姿を見たでしょう。彼は先王すら凌ぐ王家の証をその身に宿している。逆賊などではない。正当な王位継承者だ」


 月の光を閉じ込めたような白銀の髪。彼方まで見通す紫紺の瞳。体に浮かび上がる月の光の道標。

 それはこの国に古くから伝わる王家の証だ。


「どうか彼に治療を」


 鐘ヶ江の懇願に、兵士の一人が思わず頷く。それに呼応して、周囲の空気も紫焔を受け入れ始めた。

 その空気を整然とした足音が掻き消す。


「いらぬ。この男は処刑する」


 側近を連れて街まで下りて来た天満朔月が宣言した。

 紫焔は彼らによって捕らえられ、引き摺るように連行されていく。

 逆賊を見送った朔月が鐘ヶ江と対峙した。


「第二皇子」

「記憶を書き換えよ。私は新王だ」

「──失礼ながら、冷静さを欠いておられるのではないでしょうか」

「元左軍大将・鐘ヶ江殿。長らく療養していた間に耄碌されたらしい。直ちに王城の医務室へ運んで差し上げろ」


 鐘ヶ江の両脇を王の側近たちが掴まえる。


「あなた様が本当に戦わなければならない相手は、彼ではない」


 連行されながらも朔月に話し続ける鐘ヶ江の声は、他者を拒む男の耳には届かなかった。




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