砂漠の王族たち③
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リアは、その男を間近で見て納得した。
これは……うん、チャラダンディな王様だわー。
「珍しくファイサルが女を連れ込んだと聞いて見に来てみれば、こんな美人なら納得だな」
にやっと笑った顔は男らしく、でも、その目はいたずらっ子のように輝いていた。
こんな状況じゃなければ、リアはもう少し別の感想を持ったかもしれないが、いわゆる顎クイ状態の今、チャラダンディ以外の感想は出なかった。
「ふーん、ファイサルはこういうのが好みだったのか」
言っていることは次男さんとほぼ変わらないので、やっぱ親子、とも思っていた。ちょっと現実逃避が入ったのは仕方がない。
部屋の隅で、メラが青ざめた顔のまま静かに佇んでいた。
リアのことを心配している雰囲気は伝わってくるのだが、いかんせん相手はチャラ……ではなくて、国王陛下。
メラが逆らえる相手ではない。
というか、会うことはないだろうって言ってたのに会っちゃったじゃん。
勝手に入ってきたんだけど。
誰であろうと止められたとは思えないけど。
たとえ、ここの主であるファイサルがいたところで、この父王を止められるとは思えない。
「記憶喪失だって聞いたが、本当か?」
おぉう、そんな情報まで……、まぁ、当然か。息子が変な人間を連れ込んでいるという報告を受けたら、ちゃんと調べるよな。別に隠してないし。
なので、リアは素直にうなずいた。
「はい。ファイサル殿下に助けられるまでの記憶はございません」
真っ直ぐ視線を合わせたまま言うと、国王がようやく顎から手を離してくれた。
「どうやら本当のようだな。じゃなければ、お前がこんなところにいるわけがないからな」
「へ?」
何だかその言い方だと、国王はリアのことを知っているような感じを受けるのだが、気のせいだろうか……?
ポカンとしてメラの方を見ると、メラの顔がさらに青ざめた。
メラも、今の言葉の意味に気付いたのだ。
「記憶がないのなら、俺のことも知らんな。この国の国王をやってるアーディルだ。気軽にアーディルおじ様とでも呼んでくれ」
「よ、呼べません!」
慌てて拒否をしたのだがそれがまた面白かったのか、アーディルがさらに笑った。
リアが彼に対して怖いけれどどこか親しみを感じるのは、その目がリアに対して妙に優しいからだ。
面白そうに笑っているが、そこにも親しみを感じる。
まるで、本当の身内のように。
「俺のことをアーディルおじ様と呼ぶと、この国では楽だぞー。お前の後ろに俺がいる、という明確な意思表示になるからな」
メラは、国王の言葉を信じられないという思いで聞いていた。
国王は、実の甥姪にさえ、そんな呼び方は許していない。
子供たちには父と呼ばせているが、それ以外の身内からは国王陛下としか呼ばせていない。
それは、今の今まで徹底されてきた。
それなのに、記憶を失っている見も知らぬ人間に、おじ様と呼ばせようとしている。
メラはぶるりと身体を震わせた。
ファイサル殿下が連れてきたのは、一体、誰?
国王が、こうまでして守ろうとしているのは?
メラの葛藤をよそに、アーディルは室内を見回した。
「お前、ここには身一つで来たのか?」
「え?あ、はい。誘拐されたところを助けてもらったようなので……」
「何処の誰がお前を誘拐なんかしたんだろうな。まぁ、いい。すぐに支度しろ」
「何のですか?」
「お前は俺が保護する」
さすがにその言葉を聞いて、メラが反射的に声を出した。
「お、お待ちください。陛下、その方は……」
「あ?別に手を出すとかそんなんじゃねーよ。保護だよ、保護。メラ、ファイサルには後で言っておいてやるから、お前も一緒に王宮に来るんだ」
「私もですか?」
「そうだ。見知らぬ人間ばっかだと、こいつが怖がるだろーが」
「は、はい」
一緒に来いというのならば、一緒に行くしかない。
それに王宮は、慣れないリアではどうしていいのか分からないだろう。
いくら国王の庇護下に入るとはいえ、あそこでは何があるか分からない。
「安心しろ。思いっきり特別な部屋で、念入りに保護してやるからな」
またもやにやりと笑ったチャラダンディの言葉に、リアは固まった。
「陛下!」
メラの咎めるような声に、アーディルはくつくつ笑った。
「まぁ、俺とお前は特別な仲だからな」
「え?」
「何を隠そう、お前が産声を上げた時、一番最初にお前を抱き上げた男はこの俺だ。そう、つまり俺は、お前の最初の男だ!」
「言い方ー!っていうか、どーいうこと!」
リアが焦った声を出したのと同時に、メラはアーディルを止めようとした。
「陛下、ご冗談はお止めください!」
「何だ?メラ、お前、マジで気付いてなかったのか?コイツのこの顔、母親にそっくりだろうが」
「え?」
この顔?母親?
改めてリアの顔をしっかり見ると、そのブルーグレーの髪が、別の色に見えた。
重なるのは、もう三十年以上前の記憶の中にいる女性。
まだ、即位する前のアーディルと一緒にいた訳ありの兄妹。
兄の方がアーディルの友人だったらしく、ある日当然、アーディルが連れてきて匿っていた。
妹のお腹が膨らんでいて、出産間近で安全な場所を求めていた。
まだ少女だったメラは、箝口令をしかれたその妹の世話係になった。
当時、王族が誰も住んでいなかったこの宮で密かに匿われていた妹は、ここで子供を産んだ。
手伝ったのは、メラと産婆、そして、目の前の国王。
間の悪いことに、兄が出かけている間に産気づいて、産婆に言われるがままにあれやこれやを用意してお産を手伝って……さすがに出産のその瞬間は、アーディルは部屋の外で待機していたけれど、その後、体調を崩していた母親に代わって赤ん坊の世話をしていたのはアーディルとメラだった。
そういえば帰って来た兄に、俺より先に抱っこしてるんじゃねーよ!って文句を言われていたような……。
「……え?あの赤ちゃんがリア様?」
「ようやく思い出したか。そっくりだろ。俺はすぐに気付いたぞ」
アーディルはリアの方を向くと、表情を柔らげた。
「お前が何者でもなければ記憶を失ったままでもいいんだろうが、そうもいかない事情があるんでな。まずはがんばって思い出せ……エデル」
『エデル』
その名で呼ばれた瞬間、リアは大きく目を見開いた。
そしてぐらりと倒れた。
抱き留めてくれたのは、暖かい男の手。
違う。
この手じゃない。
リアを……エデルをいつも抱きしめてくれた手は……。
「……アリア、さん……」
大切な人の名前を呼んだのと同時に、エデルは気を失ったのだった。
アリア 「今、ものすごく大きな虫がエデルに付いた気がする。それも、ただの害虫よりやっかいそうな気がするのは何故だろうな」




