ここはどこ?あなたは……?③
読んでいただいてありがとうございます。
「お名前は?」
「覚えてないです」
「住んでいた場所も?」
「うーん、もっと涼しかった、ような?」
「ご家族は?」
「えーっと、えーっと、でも、何か、とっても大切な人がいた気がする……?」
医者だという女性に次々に質問されたが、基本的に自分のことは何一つ覚えていない。
ただ、何となくこうだったかな?くらいしか言えない。
「驚かれるかもしれまんせんが、あなた様は誘拐されたと思われます。あなた様は盗賊に囚われていて、その時は手を縛られていたとのことです」
「え?そうだったの?」
手首を見ると、確かに縛られたような痕が残っている。
「うえー、俺にそんな趣味はなかったと信じたいから、きっとこれって誘拐された時のやつだよね。って、なんで誘拐されたの?」
「それはこちらが知りたいところです。あなた様の素性が一切分かりませんので」
「……何か、色々とご迷惑をおかけいたします」
ここは素直に謝っておこう。きっと好きで誘拐されたわけではないと思うけれど、現在進行形で迷惑をかけているのは事実だ。
「それで、その……最後の質問ですが、あなた様は男性ですか?それとも女性ですか?」
さぁ、来い!とばかりにドンと身構えた女医さんの目が大きく見開いている。
でも、待ってほしい。質問の意味が分からない。
何で、男性か女性か聞くの?
そんなの分かりきってるでしょう!
……って、あれ?ん?…………あれ?
俺、今着てるの女性用の服。でも、何の違和感もないし。普段から着慣れているような気がする。
……何でだろう……?
「……一応、男性だと思うんだけど、女性の服を着ることに抵抗がないどころか、多分、普段から着ていた気がします」
「……そうなると……どういう状況でお育ちになったんですか?」
「さぁ?記憶にございません」
比喩とかじゃなくて、本当に。
前後の記憶どころか、生まれてからついさっきまでの記憶が一切ない。
物の名前や使い方は分かるのに、自分が生きてきた記録であるはずの記憶がない。
ずいぶんと都合の良い記憶の消え方だなー、と我がことながら感心してしまうくらいだ。
なので、どうして女性用の服を着て日々生活していたのか、とか理由が全く分からない。
それが必要だったからか、必要に迫られて女性として過ごしていたのか、それとも単なる趣味なのか……。趣味がいいなー。趣味だったら、変なことに巻き込まれないだろうし。それに、女性の服を着ていても嫌な気持ちにならないのは、きっと誰かに褒められていたとか、周囲の人がそれで喜んでいたとか、そういうことだと思う。
嫌悪感を抱かないって大事。
一人でうんうん、唸っていたら、女性がおそるおそる声を掛けてきた。
「あの、ここにあなた様をお助けした方をお呼びしていいですか?その方は男性なので、その……」
ちょっと言いにくそうな理由は理解出来るので、にこりと微笑だ。
「もちろんです。お礼もしたいですし。あ、ご迷惑をおかけしているし、すぐにどっかに移動した方がいいですね。でも、お金とかどうしよう」
「待ってください。あなた様をお一人でここから出すわけには参りません。その方も追い出すような方ではございません。ですが、あなた様のことを心配なさっておいででしたので、今頃、廊下をうろついているかもしれません」
「え?うろついてるの?そんな、悪いですよ。どう考えたって俺が厄介事っぽいのに。あの、ご迷惑でなければお礼を言わせてください」
「では、お呼びしてきますね」
「はい。お願いします」
ほっとした様子の女性が扉を開けて出て行ったのだが、すぐに女性が誰かと話をしている声が聞こえて、また扉が開かれた。
女性の後ろから、若い男性が入ってきた。
一目で鍛えていると分かる身体をした、上等な服を着た青年。
急いでベッドから出ようとしたら、青年に止められた。
「そのままで。目覚めたばかりだと聞いた。それに、その……記憶がない、と」
「はい。ご迷惑をおかけしています。どうして誘拐されたかとかも全く分からなくて……。それどころか名前も分からないんです」
「……焦ることはない。記憶が戻るまで、あなたは俺が保護すると決めたから」
「でも、どこの誰とも分からないような人間なんですよ?」
「そうだな。だが、少なくとも、あなたはどこかの貴族か、もしくは裕福な家の人だと思う」
「そんなことが分かるんですか?」
「手だ」
「手?」
自分の手を見るが、特に何か文字が書いてあるわけでもないし、いたって平凡などこにでもある手だと思う。
「あなたの手は全く荒れていないし、タコが出来ている様子もない。それはつまり、あなたが普段から水仕事など手の荒れるようなことを全くしていない生活をしていたということだ」
「あ、そういうことか」
確かに手は全く荒れていない。皮膚も分厚くなっていないし、絶対、剣なんて握ったこともないと思う。
「……つまり、俺、非力」
「……否定はしない。しかもおそらく、あなたは普段から女性の服を着て過ごしていたと思われる。ならば、下手にどこかに行ってもらっては後々困ることになりそうな予感しかしない。だから、俺があなたを保護する。いいか?」
「いいか、と言われましても、何も分からない俺としては、よろしくお願いします、としか言えません」
「まぁ、そうだな。素直に俺の庇護下に入っていてくれた方が、何かと守れるんだ」
「はい、よろしくお願いします」
座ったまま頭を下げると、青年が少しだけ顔をほころばせた。
「まだ名乗っていなかったな。俺の名はファイサル。あなたのことは何と呼べばいい?」
「俺?おれ、は……」
考えようとしたら、またズキリと頭が痛んだ。
「痛ッ!」
「大丈夫か?」
心配そうな声に、目が覚める直前に聞いた声が重なる。
『大丈夫か?』
いつだって、俺を心配してくれて、優しい声で俺を呼んだその人は……。
「…………リア、さん…………」
小さく漏れた声。
その声を拾ったのは、ファイサルと名乗った青年だった。
「ん?リア?リア、というのがあなたの名前?」
「え?」
痛みが引いたのでのろのろと顔を上げると、ファイサルが心配そうにこちらを見ながらそう言った。
「リア……?それ、が俺に名前かどうか分からないけど、きっとそれは、大切な……」
「無意識に出るくらいだ。きっと大切な名前なのだろう。……そうだな、記憶が戻るまで、あなたのことをリアと呼ぼう。ひょっとすると、その名に誰かが反応して、あなたが何処の何者なのかが分かるかもしれないから」
「リア?それが俺の名前?……でも、うん、きっと大切な名前」
完全に女性の名前ですけど……、ということに、扉近くで気配を消してそっと二人のことを見守っていた女医は気が付いてしまったが、賢明な彼女は固く口を閉じることを選択をした。
その日から、リアはファイサルの客人として、その庇護下に入ることになったのだった。




