十四話 射影平面上のヴァルキュリヤ / 手を取って
「守世もその話を聞いたのか……」
「はい……」
いつか二人で見た景色を、また二人で眺めながらポツリと呟く。
「驚いたか?」
「とても」
「だよなぁ……」
いつも通り、いつも通りと思いながらもやはりどこかぎこちなくなってしまう。
「先輩は学園祭が終わっても踏ん切りがつかず、結局告白をできないままになると思ってました」
「やけに具体的だな……」
「それで、今回はどういったご用件ですか? 振った女の子を呼びつけるなんて中々良い趣味をお持ちだったんですね」
守世の直球が心に突き刺さる。
これほどキツい事を言う守世は見たことがない。
「今日はちょっと話があってな」
何も言わずに先を促す守世。
「昨日、僕に告白したことを覚えてる?」
「……先輩を連れて来れば良かったかな?」
不穏な言葉が守世の口から漏れるのを聞いて慌てる。
「ちょ、待った待った! 言い方が悪かった!」
「へぇ……なら、次はちゃんと言ってくださいね」
「わかった、わかったから握りしめてるその拳を下ろしてくれ」
守世がファインディングポーズを解くのを確認し、改めて話す。
「昨日君は、僕が君を守ったから僕を好きになったって言ったよな?」
「大体合ってます」
「大体?」
「だって昨日は私の話を最後まで聞かなかったじゃないですか」
つんとしたまま答える守世。
その態度に動揺を隠せないまま質問を重ねる。
「君は、僕が何かの力を持っていると思って、それでその力を待つ僕を好きになったんじゃないか?」
「んんん……もうちょっとわかりやすく言ってくれませんか?」
「えと…… 君は僕が何かしらの力を持ってると思うか?」
「はい。もちろんです」
やっぱりそうだったのか。
「じゃあ、その力を持つ僕を好きになったのか? 君を守れるかもしれない力、そんな実体のないものが僕を好きになった理由なのか?」
思わず熱くなる。
「違います」
「え?」
「あの時、たしかに私はあなたに未来を見ました。でも、私があなたに惹かれたのはそんなことじゃない。あれはきっかけなんです」
「きっかけ?」
「あの時に好きになったのかもしれない。でも、確信を持てるようになったのは、それからの日々で一緒に過ごしてきた思い出のおかげなんです」
彼女の顔を夕陽が照らす。
「一緒に過ごすうちに、あなたとの時間が私にとってかけがえのないものになっていったんです」
「守世……」
「守るとか守られるとかじゃない。二人で並んで一緒に歩きたい。そう思って泰護さんに告白したんです」
オレンジに染まる彼女の顔は、これ以上なく美しくて、何故だか僕は泣きそうになっていた。
「僕は……」
「泰護さん。私と、付き合っていただけますか?」
目の前に差し出された手。
脳裏に、寅次郎と守世と三人で過ごした日々がいくつも蘇る。
二人のおかげで、僕は一歩踏み出せる。
「後悔させないからな」
「後悔は、もう懲り懲りです」
手を取り、抱きしめる。
腕の中で細身の身体が小さく震えた。
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「……早速なんですが、お話があるんです」
夜空に光る無数の星を見上げながら歩いていると隣から小さな囁きが聞こえてきた。
「どうした、守世?」
「話をする前にひとつだけ。私は本当に本当に本当に、あなたの事が好きです」
「お、おう」
いくら彼女だと言っても、流石に突然面と向かってそう言われると照れる。
「さっき付き合い始めたところなのに、えらく積極的だな」
「本心ですから。何度世界を破滅させても、何度同じ結末を繰り返しても絶対に変わらなかった想いです」
「え?」
思わず振り返ると今まで見たことのない表情をした守世がそこにいた。
「世界を破滅って……どういうことだ?」
「泰護さんは、神様を信じますか?」
「神、か」
突然始まった不穏な話に戸惑う僕に、守世が追い打ちの質問。
ふと、いつか上栄にもそのようなことを聞かれたと思い出す。
「正直わからない。そもそも神が何なのか。神を存在しうるものとして定義できるのか。どっちにしろ、僕らに観測する方法がない以上、答えはわからない」
「思ってた以上に具体的な答えですね」
「前にヒゲに同じこと聞かれたからな」
へぇ、と意外そうな顔をする。
「いきなり、どうしたんだ?」
「今、言わないといけないことがあるんです。質問の答えですが、私たちの理解を飛び抜けた存在は確かにいます」
「どうしてそう言えるんだ?」
「私がその存在と、深く関わっているからです」
「どういうことだ?」
釈然としない答えに困惑が深くなる。
そんな僕に頓着せず、さらに守世は質問を重ねてきた。
「最初に私があなたと話した時のこと、覚えていますか?」
「忘れられないからな」
「その後に言いましたよね? 告白には裏があるって」
「あーそんなこともあったな」
あの時は相当ショックを受けたものだったと、思い返す。
「私があなたと出会うように仕向けたのは、その存在なんです」
「は?」
あまりにも突飛な話に思わず間の抜けた声を上げる。
その様子が彼女にどう映ったのか、慌てたように守世が話を続ける。
「その存在には、感謝しているんです。きっと何かしらの狙いがあって合うように仕向けたんでしょうけど、それでもそのお陰で大切な人と出会えた。そのことに違いはないんですから」
「守世……」
「トラさんに紹介してもらって、話すようになって、一緒に過ごすうちにとても楽しくてなって。どんどん好きになっていったんです」
「それは、僕もだよ」
思わず、声を上げる。
何故だか話している守世が遠くに行ってしまいそうな気がして手を強く握る。
少し驚いた表情をする守世に、そして自分に言い聞かせるように繰り返す。
「僕も同じだ」
それを聞いて微笑む守世。
「……それが変わったのはテストが終わってからのことでした。一回目は、すれ違ったまま付き合うこともなく学園祭を迎えて終わり。二回目も付き合うことができないまま同じ結末を辿りました」
「お、おい! いきなり何を言って……」
「三回目は、あなたを巻き込みたくない一心で関わりを絶った結果……」
「だ、大丈夫か!?」
いきなり震えだした守世を思わず抱きしめ、背をさする。
少しの間、そうして落ち着くのを待つ。
「すみません……いきなり取り乱して……」
「そんなことは気にしなくていい! 大丈夫か? 無理に話さなくても……」
「いえ、話さないとダメなんです!」
食い気味にそう答える守世の姿はどこか鬼気迫るものがあり、僕は何も言えなくなった。
体を離し、手を解き、数歩前に進む守世。
ふーっと息を一つつくと、こちらに振り返って再び彼女は話し始めた。
「三回目は最も悲惨な結末でした。力が全く出ず、世界も仲間も泰護さんも、そして自分自身すら守ることは出来なかった。一番……苦しかった」
「……」
「四回目は付き合うことが出来て、二人仲良く闇落ちしました。世界を守る側だったのに気づいたら滅ぼす側の主戦力だったなんて笑えなかったですよ。五回目も同じ結末。心が折れますよね」
「……もしかして、タイムリープを繰り返してるみたいな話か?」
「嘘みたいでしょう? 私も、そう思いたいです」
笑い声をあげながらそう語る守世。
その目には光るものがあった。
「テストが終わってからの時間を何度も繰り返して、やり直すたびに似たような苦しみを味わって。時が巻き戻って世界や自分の身体が元に戻っても残る記憶のせいで心はボロボロ。でも、逃げることができない。本当にしんどかった……」
笑顔で振り返る守世。
その顔は今までで一番悲惨で、最も美しい。
「ずっとずっと泰護さんのことを考えていました。ずっとあなたのことが好きで、二人で平穏な日々を過ごしたかった」
「守世……」
「今まで、その想いは何度も破られて。やっと今いる世界をここまで変えることが出来たんです」
「今のこの世界は……変わっているのか?」
「今までとは大きく」
「どう変わった? 世界を救うにはほかにどう変わることが必要なんだ?」
たとえ微力でも僕にできることはあるかもしれない。
彼女のために何かしてあげたい。
その想いで、問いかける。
「僕にできることはあるか?」
「一緒にいて下さい」
即答だった。
「繰り返してわかったことは次の四つ。一つは私の力は泰護さんへの想いと泰護さんからの想いで飛躍的に伸びること。もう一つは諸悪の根源が何者か。泰護さんが吹っ切れることが絶対に必要だということ。そして最後は、失敗するとタイムリープする私以外にその世界のことを覚えている人がいなくなること」
「そのうちクリアしたのは?」
「泰護さんの問題は、きっと解決していると思います。今までの世界で何度も聞かされたので悩みの内容は分かっていますから」
「ば、バレてたのか……」
「ごめんなさい。でも、あなたの悩みがあなたの心に穴を開いた。その穴から溢れた異世界からの瘴気が私たちの闇落ちの原因になったんです」
「なん……だと?」
そういえば、この間の守世が大怪我をした時。
よく分からない世界でよく分からないやつと遭遇したような気がする……
あれは瘴気とやらが見せていた幻惑なのか?
「だから、あなたの悩みを解消しその上で付き合うことが最低限必要なことだったんです」
淡々と話していた守世が、不意に顔を背ける。
「それに、前の世界ではずっと泰護さん、悩んでたんですよ。僕は君にふさわしくない、僕のせいで世界が滅ぶなら、僕は消えてしまいたいって。ずっと悩んで苦しんでいたんです。大好きな人のそんな姿は見ていられなかった……本当はそっちの方が大きな理由です。」
「そう……だったのか……」
僕は謝れなかった。
謝らなかった。
謝ってしまったら、また彼女を傷つけてしまうように感じたから。
自分がウジウジした性格のせいで彼女と世界が犠牲になっていたのなら、開き直ってやろうと思ったから。
「そんな俺を受け止めてくれて、立ち直らせてくれてありがとうな」
「え?」
「今ここにいる俺は大丈夫だ。今なら並んで歩ける。いや、一緒に歩くためならなんでも出来る。もう迷わない。だから、大丈夫」
右手を守世に差し出す。
「一緒に僕は行く。だから、この手を取ってくれ!」
「……はい!」
何度も繰り返す苦しみから、大切な子を解放してあげたい。
一緒に未来を見たい。
思い出を、彼女だけのものには絶対にしない。
そんな想いを受け取るように、彼女は僕の手を取った。
「ありがとう」
僕の言葉に守世は優しく微笑む。
少しの間重ねた手を見つめると、守世は再び静かに語り始めた。
「今回はその判断の影響でいろんな変化が起きています」
「たとえば?」
「まず、先輩をトラさんにくっつけようとは画策してました。今までそんなことはなかったので不安だったんですけど。思った以上に早く付き合ったのでびっくりしたんですけど……」
「流理と寅次郎はこれまでの世界では付き合わなかったのか?」
「色々あって疎遠になっちゃってたんですよ……」
「そうだったのか」
「恋愛を知ったトラさんが泰護さんに助言できるように仕向けたんです。まあ、ちょっと問題も出来たわけですけど」
「なかなか策士だな」
「あと、告白のタイミングとかも全部前倒しにしました。これで若干の時間的余裕ができました」
そこまで話してふぅーと守世は息をついた。
空を見上げると月が昇っていた。
「この世界で上栄さんに私の想いは吊り橋効果だって言われました」
今までとは違う、優しいトーンで再び守世が口を開いた。
「それが正解かは私には分かりません。でも、たとえ吊り橋効果だったとしても、それを昇華すれば本当の愛になると思うんです」
「……」
「世界を超えても、私はあなたを愛しています」
「……ありがとう。……俺もだよ」
絶対に彼女を一人にしない。
絶対に彼女を離しはしない。
絶対にラスボスを倒してやる。
絶対に未来を二人で掴んでやる。
「……諸悪の根源の正体」
「え?」
「分かったって言ってたよな? そのラスボスは何者だ?」
彼女の言葉を咀嚼して、思い出した。
未来にたどりつくためには無視することのできない存在。
その正体が分かっているなら……
そう思った僕に対して、彼女の口から聞こえてきたのは思わぬ名前だった。
「私たちのラスボスは、膳所本流理です」
ここまでが恋愛と恋愛という物差しで自分のレゾンデートルに悩んでいた泰護が一応の答えを見つけ出し、少しだけ成長するまでの話でした。
まだ本当の存在価値を見つけることは出来てないとは思いますが。
高校生らしい、少し短絡的な思考や焦りもある中で一歩ずつ進んでいく様を少しでも読者の方々に伝えればと思います。
ここからは「神血」、そして「ヴァルキュリー」ひいては個人としての「ヴァルキュリヤ」にまつわる話です。
どうかお付き合いの程、よろしくお願いします!




