十三話 友
「……言いたいことはそれだけか?」
昨日の出来事を、そして自分の思いを語り合えた僕に対して寅次郎が発した第一声がそれだった。
今まで聞いたことも無いような、心の芯まで凍えるような声。
熱くなっていた頭が一瞬で冷める。
「話はそれで終わりか?」
「あ……あぁ……」
「そうか……」
ボソリとそれだけ呟くと、寅次郎は顔を片手で撫でまわす。
そのまま後頭部をガリガリと掻くと、再び口を開いた。
「お前な、守世が、女の子が告白したのになんやそのヘタレた言い訳は。守世の期待に応えられない? 守世を守れない? そんなことで、あいつを……」
「そんなこと? そんなこと、だと!?」
「ああ! 『そんなこと』や! どんな大層な理由かと思って聞いとったらそんな話かい! それで振られる守世が可哀想や!」
「言いたい放題言いやがって……! お前にとってはその程度かもしれねぇがな! 僕にとっちゃ何より大事なことなんだよ!」
思わず声が大きくなる。
どうしようもない、やるせない思いを思いっきり吐き出す。
「彼女が俺のことを好きになったのは、僕が彼女を守った時だと言った。でも、僕は本当はそんな人間じゃない」
何も言わずに寅次郎は先を促す。
「期待に応えることができる人間ではないし、期待されるほどの人間でもない! 彼女に呆れられ、失望され、見捨てられるのが分かってるのに、それに耐えることなんか僕にはできない!」
口に出してから、はっきりと自覚する。
僕は、彼女に見限られるのを恐れている。
そしてそれ以上に、その先にある石山泰護という人間存在の否定、無価値化を何より恐れているのだと。
簡単にいえば、プライドがぼろぼろになるのが嫌なのだ。
「彼女を守るだの言っておきながら、結局は自分が傷つきたくないだけなんだ……」
今まで以上に自己否定し、自己嫌悪に苛まされる。
「……ほんっとにみみっちい奴やな」
「……」
「そんなことでそれだけ悩んでたのかよ……」
「だから……!」
食い気味に否定しようとする僕を押しとどめ寅次郎が続ける。
「そんなことじゃない、だろ? わかってる。だがな、誰かて自分が一番可愛いもんや。もちろん俺かてそやし。傷つきたくない、見限られたくないっちゅうのはみんな思ってることや」
「なら! なんでお前は流理を受け入れることが出来たんだよ……! どうして!」
「なんでやろなぁ」
右手で口元を撫でまわしながら、寅次郎は考えるように目を閉じる。
「あいつとなら、一緒にいたいと思ったからかな? 正直、あいつに告白されるまでそんなこと微塵も思ってなかったんやけどな。でも守るとかやなくて、一緒にいたいと思ったから受け入れた。それだけや」
「……」
「軽いって思ったか? でもな、それでええんや。お前は責任とか色々と考えすぎとる。そんなんやと潰れるだけやで?」
「僕は……重いのか?」
「ああ。重い重い。もっと肩肘の力抜かなあかんわ」
だが、やはり心は晴れない。
一緒にいたい、ただそれだけで守世と付き合って良いのか。
彼女の惚れた僕は本当の僕ではないのに。
「あとなぁ、泰護。守世がなんでお前に惚れたのか誤解してるやろ」
「誤解?」
思わぬ言葉に首をかしげる。
「守世はな、守ってもらえたら好きになるとかいう性格やない。むしろ、自分が守る、みたいなそんな奴や。そうやないとあの役目なんか到底出来ひんやろうからな」
「……」
何が言いたいのかよく分からない。
先を促すと、寅次郎はため息をつく。
「だから、あいつがお前に惚れたのはお前が強いからとかやない。もっと他のところにあるんやろ」
「強さではない……?」
そんなはずはない。
「だって、あいつ、確かにそう言って……」
「大方お前が早とちりしたんだろうよ。俺が知ってる守世ならきっとそうだと思う」
「……」
「ま、本当に強いと思って惚れたならあいつの目が曇ってるってことやろなぁ。お前は普通の高校生で、そんな力あるはずないんやから。第一、あいつはお前の助けなんかいらんくらいに強い。というか、あいつはプロやぞ」
「……たしかに」
言われてみれば確かにそうだ。
あの時は、思わず守世の話を遮ってしまった。
じっくり話をしてみたら違うのかもしれない。
もし、を考えるとかなり心が軽くなったような気がした。
「……僕でも、良いのかな?」
「あったり前や、あれだけいちゃついて、なに今更寝ぼけたこと言っとるんや」
寅次郎が笑い、それに……と続ける。
「お前が自分のことをどう思ってるんか知らんけど、お前は俺の一番の友達や」
「寅次郎……」
「俺の親友は取るに足らんような奴やない。そんなこと言う奴がおったらしばいたるわ!」
半袖シャツをめくり、力瘤を作る寅次郎の姿に思わず笑いが溢れる。
「その貧相な上腕二頭筋じゃちょっと心許ないな」
「なにをぉ! 脂肪の少ないパーフェクトボディーやぞ!」
「痩せてるだけじゃねーか」
悪態をつきながら、笑い合う。
恋愛だけが全部じゃない。
たとえ、女の子に振られたとしてもそれで僕の全部が否定されるわけじゃない。
こんなに良い友人がいるのに下を向いてるなんて勿体無い。
「ま、うまく守世と付き合えたらお前の奢りで飯にでも行こうぜ。ダメでもお前の奢りで残念会な」
「お、おい! 相談に乗ってやったのにその扱いかよ!」
「つべこべ言うな! はやく準備に戻るぞ!」
「ひ、人の心っちゅうもんが無いんかよ、人でなしやなぁ」
寅次郎の悲鳴を背に、教室へと足を向ける。
歩きながら、後ろの寅次郎に一言。
「寅次郎。ありがとうな」
聞こえたのか、聞こえなかったのか。
返事はなく、ただ力強く肩を叩かれた。
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「ここにいたのね、守世」
手を合わせていると突然後ろから名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「先輩!?」
「この神社に毎日来てるの?」
振り向くとそこには膳所本流理が立っていた。
「守世から話があるって言ってきたくせに、家に行ったらいないなんてちょっとひどいんじゃない?」
「す、すみません……」
たしかにこれは文句を言われても仕方ない。
大人しく頭を垂れる。
「まぁ、いいわ。でもなんでこんなところにいるの?」
「……」
「先輩に聞かれてもそれだけは答えられませんって顔してるわね……」
よくもまあ、心の中が読めるものだ。
「ま、いいわ。私もここの雰囲気は嫌いじゃないし。で? 今日は何の用なの?」
「昨日……私が泰護さんに告白して、振られたことは知っていますよね?」
「え? 告白してたの? え? いつ!? いつ!?」
「あれ!? 聞いてなかったんですか!?」
おかしい。
泰護が寅次郎に説明する時に、一緒に聞いているはずだったのに。
予想外のことに少し動揺しながら、昨日の夜の出来事を説明する。
「へぇ〜〜! あんた、振られたのねぇ……」
「はい」
「あいつ、いい度胸してるわねぇ。それで? あいつを明日締め上げてくればいいわけね?」
「違います!」
残念と言いながらむすりとする流理。
「それで、どうすればいいの? なんで振ったか理由をそれとなーく聞けばいいのかしら?」
「いえ、実は泰護さんに呼び出されてまして……」
「え?」
二時間ほど前に届いた文面をみせる。
「六時半頃に古墳の所で、か。古墳ってどこのこと?」
「あそこですよ、ほら、眺めの良い……」
「あーあそこね! なんであそこなの?」
「前に一緒に行ったことがあって……」
「へぇ〜、それにしても一体なんの用なんだろう」
「告白だと思います」
「え?」
断言すると、驚いたように先輩が振り返る。
「振られた直後なのに、すごい自信ね」
「あ、あはははは……」
笑いで誤魔化し、本題に入る。
「それで、お願いがあるんです」
「なになに? 付いてきてほしいって?」
ノリノリでついて来ようとする先輩を押しとどめる。
「昨日の私の告白と今日の泰護さんの告白。そのことに関して、先輩から泰護さんに何も言わないで欲しいんです」
「どういうこと?」
「多分、泰護さんは悩み事があったら先輩かトラさんに相談すると思うんです。だから、その時は泰護さんが自分で決めるようにして欲しいんです。助言とかなしで」
「ん、んん……いや、別に良いけど……」
戸惑う先輩。
当然だ。
いきなりこんな変なことを言われたら私でも困惑する。
でも、今までと変わるためにはこれがきっと必要なことなんだ……。
「ありがとうございます」
「え、そ、それだけ?」
「はい! あ、これから告白される可愛い後輩に一言くれてもいいですよ?」
「はいはい、付き合えたらダブルデートしましょうね」
「はーい……え? ダブル……えっ?」
「あ、まだ言ってなかったっけ? 私、寅次郎と付き合ったのよ」
「えっ……えぇぇ!?」
知らない。
そんなこと、今までに一度も……
「ちょ、ちょっと! 驚きすぎでしょー!」
固まった私に笑いかけると聞いてもいないのにポツリポツリと馴れ初めを語る先輩。
でも、そんな彼女の言葉は今の私には届かなかった。
お読みいただきありがとうございます!
昨日、今日に続き明日も更新しますので読んでいただけるととっても和太鼓は喜びます!




