十二話 助言
「そうか……やっぱりそうなったんだね」
「……」
私の話を聞いて、上栄が深く頷く。
ここは、私の家。
泰護への告白が不発に終わった後、家に帰ると丁度我が家を訪れていた上栄と遭遇した。
立ち話をするついでに思わず振られたことを話してしまったのだ。
少し話しすぎたと後悔し始めたあたりでかけられた言葉に、耳を疑う。
「正直こうなる予想はしていたんだよ」
「予想……ですか?」
「ああ。守世、君は『吊り橋効果』という言葉を知っているかい?」
「言葉くらいは聞いたことありますけど……」
「簡単にいうと、危険な体験を共有した二人の男女がその体験を媒介として距離を縮めることだ。君が大怪我を負ったあの夜から、君の様子が急変したと聞いてね。君はその影響下にあるんじゃないかと思ったんだよ」
上栄の言いたいことが分かり、思わず身を固くする。
私の想いは、吊り橋効果によるもので本物では無いまやかしだということなのか。
「そんな……そんなはずは……」
「否定できるかい? あの日から、彼を見る目が変わったりしていないと、本当に言えるかい?」
「……」
何も言わずに目を伏せる。
「……質問が少し意地悪だったね」
少し表情を緩め、上栄が続ける。
「聞いたところによると、君たちの馴れ初めは君からの告白らしいじゃないか」
「それは……そうですね……」
「私の知る君は、そういったことに興味のない子だったはずなんだが……彼と何かあったのかい?」
「いえ、特には……」
「面識があったりとかもなく?」
「……はい」
「では、どうしていきなり見知らぬ男の子に声をかけ、あまつさえ付き合ってほしいなんて言ったんだい?」
いつかは、聞かれることだと思っていた。
上栄に聞かれることは予想外だったが。
「色々あるんですよ」
「色々……ねぇ……」
話すことはできない。
たとえ気心が知れていても、今はまだその時期ではない。
「ま、無理には聞かないでおこう」
「え?」
上栄の言葉に拍子抜けする。
もっとぐいぐいと聞かれるものと覚悟していたから肩透かしを食らった気分だ。
「これは公式な聴取というわけじゃないからな。それに話したくないこと、いや、話せないこともあるだろう」
「……」
「とりあえず、守世が彼をどう考えているのか。それを君なりに見つめ直してもらいたい。これは君たちのためであり、私のためでもあるからね」
「上栄さん達の……ため?」
そのことについてはそれ以上何も言わず、上栄は腰をあげる。
「それでは、お暇させてもらうよ」
「あ、は、はい……」
上栄に頭を下げていると、再び振り返って話を振ってきた。
「最後に一つだけ、いいかい?」
「なんですか?」
「君と泰護君の前に姿を現し、君に大怪我を負わせた『モノ』。奴らがあの時どうやって現れたのかが、少しだけ分かったんだよ」
「……その言い方だと、あの時の『モノ』はやっぱり異質なものだったみたいですね」
「気づいていたかい?」
意外そうな顔をして上栄が言う。
「守世。君のいう通り、あの時は出現方法も現れた『モノ』も、いつもとは違っていた」
「今までにそんなことは……」
「一度もない」
「ですよね……」
「で、だ。その出現方法なんだが……」
そこで言葉を切り、右手で口元に触れる。
私に言うべきか否か、迷っているようだった。
「……奴らは、石山泰護という人間を媒体としてこちらに出現したらしい」
「……」
「このことは機密事項なんだが……君に伝えたのは私の独断だ。彼を巻き込んだことへの最低限の責任の形だ」
「……泰護さんは?」
「彼にはこのことは伝えていない。伝えられるわけが」
「違います!」
思わず上栄の話を遮る。
「泰護さんは……大丈夫なんですか?」
「……」
押し黙る上栄。
構うことなく、問いを重ねる。
「まさか、これからもあんなことが起きる可能性があるなんてことは……?」
「ないとは、言えないな」
「じゃあ、どうしたら……」
「原因が分からなければ対策も取れない。だから、最も近くにいた君に警戒だけでもしてほしかったんだが……まあ、現状は仕方ない。とりあえず、これからのことはしっかりと考えてほしい」
「……」
言いたいことだけ言って去っていく上栄。
その背中に怒りを覚える。
『君を守る力は、僕にはない』
『君の想いは、吊り橋効果による幻想かもしれない』
『奴らは石山泰護という人間を利用してこちらに現れた』
『君と、付き合うことは出来ない』
「泰護さん……」
今度こそーー。
***************
「おっす!」
いきなり肩を叩かれ、驚きで飛び上がる。
「おいおい、びっくりしすぎやろ」
「なんだ、寅次郎か」
「なんだとはなんやねん! 失礼なやっちゃなぁ」
「やけに上機嫌だな」
朝からこのテンションは少し暑苦しい。
「そらそうよ。今日もええ天気やし、泰護も頑張ってるし」
「なにをだよ……」
「そら守世との仲や。昨日も一緒に帰ったんやろ?ええやんええやん」
「お前こそ、どうせ昨日は流理と二人で帰ったんだろ?」
昨日のことはあまり触れられたくない。
咄嗟に話をすり替える。
「あ、あぁ、それなぁ……」
「そうよーん」
何故か少し動揺した寅次郎。
それにツッコむ前に、後ろから思わぬ声。
「お、流理か。おはよう」
「おっはよー! 今日もいい天気だねー! 昨日は泰護も頑張ったみたいだね!」
「なんで二人揃ってそんなに上機嫌なんだよ……」
さっきも聞いたようなセリフにすこしあきれる。
「それで、何か聞きたいこととかないのー?」
「聞きたいこと?」
「お、おい!」
流理の突然の問いかけに慌てる寅次郎。
「いーじゃんいーじゃん、泰護なんだし。というか知らせとかないと後々面倒になるわよ」
「ま、まあせやけど……」
「おい俺を置いて夫婦漫才すな」
今のやりとりと二人の様子、昨日二人で帰ったという事実。
流理が寅次郎を慕っていたということも合わせると大体何があったかわかる。
「もしかして付き合ったのか?」
「いっ!?」
「おー! 良い質問!流石ね!」
バレてもうたぁ、と言いたげな寅次郎を差し置き、流理が指を鳴らす。
「ズバリ、その通りな訳よ! 」
「寅次郎。今なら間に合う。考え直せ」
「なぁにをぉ!」
頭に振り下ろされたバッグを辛うじて受け止める。
「あっぶねぇ! なんだこいつ!?」
「あんたがいらんこというからでしょー!」
「お、お二人さん、下駄箱前で暴れんといてもらえますか?」
いつもよりもわちゃわちゃと騒ぎながら教室へ。
今日は昼過ぎまでマスの練習はなく、オーナメントとクラス発表の手伝いをすることになっていた。
「おぉぉし! お前ら! いよいよ四日前だ! 気合い入れていくぞ!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」
クラスに野太い声が響き渡る。
すっかりクラスの中心となった寅次郎が指揮を取る。
「男子のあのノリってどうなってるの?」
「流理か。女子はあそこまで燃えてないのか?」
「いや、やる気はあるんだけど、でも男子たちには敵わないわね。ってか燃えすぎてて暑苦しい」
苦笑する流理。
「でも、みんなをそんな風に乗り気に出来るところがあいつの凄いところだな」
「うん」
「で、そんなところに惚れたってことか」
「なっ!?」
顔を赤く染めながら後ずさる。
「い、いきなりそっちに話を振るな! びっくりしたじゃない!」
「いやぁ、だっていきなり付き合ったとか言うから。何があったか気になるだろ?」
「べっ、別に何もないわよっ!」
真っ赤な顔のまま逃げて行く流理の背中に、舌打ちをする。
失敗だ、聞きそびれた。
ふぅ、とため息をつきながら今度は寅次郎のそばに行く。
「よう、何か手伝う事あるか?」
「おうっ、助かる! 丁度ええとこや、ここ持ってくれや」
「りょーかい」
寅次郎のいじっていた木の板を抑える。
「なにこれ?」
「これか? クラス発表が教室でのカフェやし、その装飾品や」
「へぇ〜」
装飾品にしてはかなりの大きさだが、大丈夫なのだろうか……
「そーいえば、お前も二人で帰ってたらしいな」
「あ……ああ」
「なんやその情けない返事は。なんや? 振られたんか?」
「んなわけねーだろ……」
思わず、寅次郎の顔をみる。
手元に集中したまま、こちらに目もくれない。
どうやら、いつもの冗談のノリで言ったようで少し安心する。
「なんや、なんもなかったんかいな。おもんないやっちゃなぁ」
「俺たちはお前にとっての娯楽かよ……」
おもんない、と言いまくる寅次郎。
「ツッコミもおもんないわ。鍛え直してこい」
「うっぐぅ……」
完封負けを喫し、少し膨れる。
「……まあ、もしそうなっても僕じゃ彼女にふさわしくないけどな」
少しヤケになっていたのだろうか、思わず弱音を、本音をこぼしてしまった。
同時に、自分の言葉で昨夜のことを思い出し思わず顔をしかめる。
「あの子の最初の告白だって、気の迷いだろうよ」
「何言っとるんや? んなわけ無いやろ」
「いや、きっとそうだ。じゃないと僕に告白するわけがない」
心の中にモヤモヤが広がっていく。
吐き捨てるように呟いた言葉に、寅次郎が驚いた表情をする。
「ちょ、ちょいちょい、ちょっと待ちぃや! いきなり何言っとるねん!」
「……」
「……ちょっと場所変えるで。ついてこい」
教室を出て、二人とも無言のまま廊下を進む。
「……ここならええやろ」
「ここは……」
「初めて三人で話したところやな。ここはいつも静かでええわ」
「……」
「ほんで? 昨日何があったんや? 守世絡みか?」
「……よくお分かりで」
僕と寅次郎と、そして守世。
その三人で共に過ごした最初の場所。
そんな場所で、昨日の顛末を簡単に説明する。
二人で祭りに行ったこと。
告白されたこと。
好きになった理由が『僕の強さ』だったこと。
僕には彼女が期待しているような力、彼女を守れるような力はないと、彼女を突き放したこと。
思わず熱くなる僕の話に、寅次郎は何も言わずただただジッと聞き入っていた。
3日で三連投します
よろしくお願いします




