十一話 彼岸の射影直線
陪膳高校は各学年40人クラスが十個、全校1200人のマンモス校である。
学園祭では三学年が縦割りでブロックを形成し、全10ブロックが二日間に渡り競いあう。
目玉はマス、オーナメント、シアター。
マスは集団でのダンス、オーナメントは校内装飾、シアターが劇仕立ての映像発表を行う。
他にもクラスごとの出店や映像発表など様々な出し物があり、自分達の発表に向け各々が全力をあげて取り組む。
そして、クラス発表とブロック発表の合計で優勝が決まるのだ。
そんな陪膳祭まであと五日。
「っしゃあ! こっちの仕事は終わったでぇ! 他に仕事あれば俺に任せろぉ!」
マスの練習を終えた僕が教室に帰ると、寅次郎が毎度のようにクラスの中心で吠えていた。
「あいつ、すっかりオーナメントの中心だな……」
「っていうか全部あいつがやっちゃうから、他の子たちの仕事も無くなるのよねぇ……」
思わず感想を漏らすと、すぐそばにいた流理が同調してきた。
「流理もあいつと同じオーナメントだよな?」
「そーよー。予定以上にどんどん進むから楽なものよ」
「あーー……なんというか、流石だな……」
呆れながらも感心していると終業のチャイムが鳴り響く。
「学園祭の準備期間は授業がないから楽だな」
「ほんとにねぇ、ずっと学園祭期間で良いと思う」
「オーナメントはみんな居残りか?」
「そうよ。マスはいいよね、早く帰れて」
「まあな。朝は早いのが嫌だけど」
「それはご愁傷様。あ、もうこんな時間よ! 守世が待ってるんじゃない? 良いわねぇ年下の子と一緒に帰れるなんて。このロリコン!」
「ロリコンじゃねーよ! アホな事言ってないで早く寅次郎を手伝ってやれ!」
「ベーッだ!」
ぶつくさと言いながら、寅次郎を手伝うべく去っていく流理。
その姿を苦笑いで見送りつつカバンを持って教室を出る。
校門を抜けるとそこに彼女が立っていた。
「また私の方が早かったですね」
「待たせて悪かったな」
「いえいえ。待つのも一興です!」
ニッコリと笑うその顔を見ていると、こちらも顔が緩んでくる。
「今日は久しぶりに二人きりですね」
「最近は四人で帰ることが多かったからな」
「じゃ、今日はあの二人がいたら行かないようなところに行きましょう!」
そう言って先を歩く守世。
慌てて追いかけ隣に並ぶ。
「どこに行くんだ?」
「最近、私の家ばっかりだったので、違うところに行ってみようかなって」
そう言って守世は自分の端末『迅雷』を僕に手渡してきた。
表示されているのは夏のイベントに関する記事。
「華霧川の……夜市?」
「はい! 一度行ってみたいと思ってたんですよ! 夏の風物詩で、出店が川沿いにズラーッと並ぶんです!」
「でもこれ、都だよな……?」
「はい!」
「遠くね?」
「そうなんですよ。でもきっと行く価値はあります!」
楽しそうな守世を横目にふと考える。
こういうものこそ、大人数で行った方が楽しいのではないだろうか。
****************
「うわぁあ! 綺麗……」
すっかり陽の落ちた夜七時半。
明るく染め上げられた川を見て守世が歓声をあげた。
程よい広さの川の両端に沿って延々と続く出店の列。
そこから溢れる光が実に美しい。
「これは……すごい」
様々な色彩が水面に溢れ流れ続ける。
この景色を見れただけでも今日は来た甲斐があるというものだ。
「泰護さん! 早速行きましょう!」
そう言う錦の服装は制服ではなく浴衣。
錦邸に寄り、衣替えを済ましていた。
カランコロンと軽やかな音を立てて歩く彼女に並んで人波に流される。
「たくさん出店がありますね! こっちはたこ焼き! あっちは射的! あ、あそこにかき氷がありますよ! 行きましょう!」
不意に守世が僕の手を取った。
驚く僕の目に飛び込んで来たのは、美しく舞う黒髪と楽しそうな彼女の横顔。
「おっ……あっ……」
「ほら! 行きますよ!」
次の瞬間、現実に戻る。
手を引かれるままに次から次へと屋台を巡る。
次第に夜も更け、夜市の熱気はさらに高まっていく。
「ひ……人が多いですねぇ……」
最初は威勢の良かった守世も小一時間しないほどですっかりバテていた。
「ちょっとここから抜けよう。休憩だ休憩!」
「は、はいぃぃ……」
川から少し離れると、祭りの喧騒は嘘のように遠くなる。
「川から離れるとずいぶん静かだな」
「そうですね。まるで違う世界みたいです」
カランコロンと軽やかな足音が静かな道に跳ねる。
「いきなり静かな所に来ちゃうと、ちょっと寂しくなりますね」
少しだけ、本当に微かな寂しさがその口調の端に漏れている。
それを感じながら握っていた手をしっかりと握りなおす。
「た、泰護さん!?」
「こっちだ」
「え、ちょっ!」
戸惑うような守世の声に構わず、手を引いてしばらく歩く。
最初こそ戸惑っていた守世だが、次第に勾配が急になっていることに気がつくと文句を言い出した。
「泰護さん! どこに行くんですか? 川からどんどん離れてるんですけど!」
「もうちょっとだ。良いところを思い出したんだよ」
そう言いながら、古い石の階段を登る。
「ここは……!」
登りきった先、少し開けた場所に出ると同時に守世が絶句する。
無数の光が遥か遠くまで星のようにきらめいていた。
眼下には天の川のように瞬く華霧川。
「こんなところが……すごい……」
九時前だというのに未だに多くの人が行き交う街を見下ろして守世が呟く。
それきり、僕も彼女も何も言わない。
静かな時間だけがただ流れていく。
「……泰護さん」
どれ程時間が経っただろうか、不意に守世が口を開いた。
「初めて会った時のこと、覚えていますか?」
「……もちろん」
忘れるはずがない。
あんなに強烈な出会いはないだろう。
「あの時からそれほど時間が経ってないのに色んな事がありましたね」
「そうだな」
守世がぎゅっと一瞬強く僕の手を握り、そして離した。
「守世……?」
「私は……泰護さんの事が好きです」
光の海へ数歩歩き、背を向けたまま彼女はそう呟いた。
「会った時にも言われたな……」
「違いますよ。あの時は好きだとは言ってないですよ」
クスリと笑い、こちらに顔を向ける。
「あなたのことが好きです。付き合ってもらえませんか?」
いつか、そう言われることは分かっていた。
僕たちの出会いがそうだったんだから。
でも、いざその場面に遭遇すると答えが出せない自分がいた。
「ありがとう。とても嬉しいよ」
好きだ、と言われて嫌な気持ちにはならない。
だが、それ以上に不安が大きい。
上栄に大口を叩いたものの、僕は僕自身を信じることができないことに変わりはなかった。
「嬉しいけれど、僕で良いのか? 君に好かれる様なことはしていないと思うんだけど」
「どうして好きになったか、ですか……」
一瞬だけ考える仕草をし、そして口を開く。
「いつからでしょうね……でも、あなたが私を守ってくれた。あの出来事は大きいと思います」
「守った……」
守った……?
僕が守られた、ではなく?
心に刺さったままになっていた棘が、大きくなっていく。
「守ってもらったのは……僕の方だよ」
「いいえ、私はあなたに……」
「違う!」
思わず声が大きくなる。
びくりと身体を強張らせて守世が黙る。
「違う……僕は君を守れなかった。君を危険にさらした」
「そんな……」
「君を守ったと君が思っているなら、そんな力が僕にあると思っているなら、それは君の誤解だよ」
「……」
「そんな力を持つ僕に惚れたというなら、君は大きな誤解をしているよ……」
どうして、こんなに怒りを覚えるのか。
どうして、こんなに悲しみを感じるのか。
どうして、こんなに苦しいのか。
自分で、自分の気持ちが分からない。
ただ、守世の思う『石山泰護』ではないということ、彼女の期待に応えることが出来ない自分がいることが胸を締め付ける。
好きな女の子の期待に応えることが出来ない姿を見せたくない。
「強い僕を好きになったのなら、それは僕じゃない」
「ちがっ……」
「ごめんな」
何か言いたげな守世に背を向ける。
さっきまでの高揚感はもうない。
ただ、ぽっかりと胸に穴が空いたような感覚だけ。
「もう随分遅い。そろそろ帰ろう」
守世は何も答えずに街を見下ろす。
その背中にかける言葉は、見つからなかった。
ちょっと短めです
読んでくださりありがとうございます




