十話 縁
「さて、テストが終わりました」
「「はい」」
すっかり三人の溜まり場となった錦邸。
そこで不意に錦が声をあげた。
「テストが終われば夏休みまであと少しですが、その前に超ビッグイベントがあります!」
「と、言いますと?」
「それはもちろん、陪膳祭ですよ! お兄様方!」
「ただの学園祭やないか」
「学園祭を『ただの』とか言ってるからトラさんはいつまでも彼女が出来ないんですよ」
「う、うぅ……」
寅次郎を一言で地獄に叩き落とすと、錦は平然と話を進める。
「高校の一大イベントといえば学園祭ですよ! これを楽しまなくて何が高校生ですか!」
「いきなりテンションがおかしいぞ」
「いやいや! テストも終わった今、楽しまずしてどうしますか!」
「まあ、分かるけどさ……」
呆れて適当に相槌を打つ。
錦と過ごすうちに、だいぶん彼女の印象は変わってきた。
最初は寡黙な美少女だと思ったのに、いきなり告白してきたりして、さらには人類のために戦ったり。
かと思えば、成績は良くはなかったり、イベントでテンションが変なくらい上がったり……。
なんとも色んな顔を持った女の子だと思わされる。
同時に、何を考えているのか分からないとも思う。
特に、数日前からは彼女に対する信用はあまりない。
何を狙って僕に接近しているのか。
それが分からないし、何より彼女から何を言われるでもないのが一番、辛い。
とは言っても彼女に対する好意は僕の中にあり、それがまた辛いところでもある。
今、僕は色んな想いと感情でもみくちゃにされていた。
「でもわざわざ、ここに僕らを集めて言うことでもないだろ?」
「泰護さんはマスですよね?」
僕の質問に対し、錦は質問で返してきた。
「そうだよ。集団でダンスって結構大変なんだよ」
「でも男女合同だから出会いがありますよね?」
「いやまぁ、言ってもクラスの女子だしなぁ」
「陪膳祭マジック」
「はい?」
「学園祭を通して、なんか良いなぁって雰囲気が高まった結果付き合うカップルが多いらしいじゃないですか!」
「あ、そうなんすか?」
「そうなんです。そういった現象を『陪膳祭マジック』っていうらしいですよ」
「迷信やろ? 去年の俺らには何も起きなかったぞ」
「こいつは女の子にモテようと沢山話しかけたり女の子の仕事を引き受けたりした結果、イベントに熱心だと思われて秋以降のイベントの幹事を全部押し付けられてたぞ。ちなみに女の子にはモテなかったらしい」
「うるせぇっ! 余計なことはいわんでええわ!」
ポカリとしばかれた。
調子に乗ったことを少し反省する。
「で、そんなことを言い出すっちゅうことは、彼氏でもほしいんか?」
寅次郎の言葉に思わず二人して顔が赤くなる。
関係ないのに僕まで赤くなったところを見咎められたら、またうるさくなる。
顔を伏せると頭上から声が降ってきた。
「ダメですか?」
ハッと顔を上げると真っ赤に錦の顔。
「私は欲しいですよ?」
僕に向けて放たれた言葉。
ぼくにはそれがどこか空虚な言葉に聞こえた。
先日の上栄との会話が不意に蘇る。
「ま、まあ、錦さんくらい可愛かったらすぐに出来るさ」
空虚な言葉でも、嬉しい。
僕の心の中には明らかにそんな気持ちも存在していた。
彼女がどんな意図で近づいて来ているのか、なんて疑問よりもずっと大きな気持ち。
だからこそ、僕はそれに流されてはいけない気がした。
気持ちを押し殺し、グッと話を終わらせる。
「見せつけんなよ……あーあ、俺も可愛い女の子との出会いが欲しいわ」
「あ、そういうと思って今日、一人誘っておきました」
「「は?」」
諦めるような寅次郎の声に対する錦の言葉。
その内容に驚き、聞き間違いを疑う。
「お前、何いきなりやってんだよ」
「サプライズってやつよ」
聞き覚えのある声とともに突然開いた襖。
そこから現れた顔を見て、僕と寅次郎の声が響き渡った。
「「る、流理!?!?」
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「改めてまして、こちらが膳所本流理さんです」
「知ってるわい!」
「クラスメイトだからな」
今にも噛みつきそうな寅次郎を抑えつつ、改めて彼女をしっかりとみる。
膳所本流理。
僕と寅次郎のクラスメイトで、出身中学も同じ。
明るく活発な、ボブの髪型がよく似合う少女だ。
「……学力はそこまで高くなく、腐っても進学校の陪膳高校に入れたことが奇跡だと俺らの中学では一時期話題になったおっさん」
「だぁれがおっさんじゃい!」
見事なパンチを寅次郎の腹に打ち込みながら叫ぶ流理。
いや、てか、怒るとこはそこなんだ……。
「可憐な少女に何を言うんや! このど変態!」
「トラさんってど変態だったんですか……」
「錦さん……一番のツッコミどころはそこじゃない……」
変態の言葉に反応する錦に突っ込みつつ、目の前の惨劇を見届ける。
寅次郎に鉄拳制裁するあたりとても『可憐な少女』には見えない。
だが、そんなこと言うと僕の命まで危うくなるのは自明の理。
そこで、寅次郎には犠牲になってもらい錦に話を振る。
「これはどういうことだ?」
「流理さんは私の先輩なんですよ。で、ひょんなことからお二人の話になったところ、会いたいって……」
「それならそうと、前もって言ってくれればいいのに……」
「いや、それも先輩が『サプライズじゃ〜!』って……」
「なるほど……巻き込まれたのか……」
力なく答える錦に心底同情する。
「でも、学園祭がどうとか、彼氏がどうとか言ってたのは……?」
「あ、あれも先輩が言えって……『テンション爆上げでよろしくっ!』って言われたんで、その通りやっただけです……」
「いや、アレはなんか、別人になってたぞ……」
演技派の女優になれるんじゃないだろうか。
「で、でも! えと、彼氏が欲しいってとこだけは……本心……です…………」
尻すぼみになりながらも錦が言葉を紡いだ。
予想だにしなかった言葉に不意打ちされ、思わず固まる。
「ほ、本当ですよ! それも……別に誰でもいいってわけじゃ……ありません……から…………」
「あ、う、うん……」
真っ赤な錦の顔を見ていられず、思わず目をそらす。
顔が熱く、胸が締め付けられるように痛い。
ただ、二人きりの空間で時間だけが静かに…………
「おいこら! なぁに二人でイチャコラやってんねん!!」
「そうよそうよ! 泰護! あんた何私の大事な後輩に手を出そうとしてんのよ! しばくわよ!」
いきなり隣から蹴っ飛ばされ、宙を舞う。
痛さなどよりも、その見事な連携にただ感心した。
「っていうか、 蹴り飛ばしながら『しばくわよ』って言う馬鹿がいるか! すでに蹴ってるじゃねーか!」
「うっるさいわねぇ! あんたもそこの猫ちゃんみたいになりたいの!?」
「お、俺は猫かよ……」
何故か寅次郎に流れ弾があたる。
「せ、先輩、別にイチャイチャなんかしてないです!」
「へぇ……」
「ひぃ……」
援軍に入ろうとした錦は無事撃沈したところで寅次郎が声を上げる。
「というか、お前何の用やねん。別に冷やかしで来たんやないやろ?」
「そうよ。今日はお願いがあってきたの」
「流理が誰かに頼むなんて珍しいな」
僕の言葉に頷く寅次郎。
「そうでもないわ。いくら私でも出来ないことはあるわ」
「知ってるよ」
「勉強とかその最たるものやしなぁ」
「うるさいわねぇ! あんた達もそんな変わらないでしょ?」
「こないだここにいる三人は良かったぞ」
「数学とか覚醒したんやぞ」
「え? 嘘?」
「あ、あの、話がズレていってます……」
錦の介入で、こほんと咳を一つし、流理は再び話し始める。
「寅次郎、あんた彼女欲しいのよね?」
「まあ出来るもんならなぁ……あの二人みたいにイチャイチャしたいとはおもうわ」
「「してない!」」
錦と声が揃う。
それに対し寅次郎は苦笑いを浮かべつつ、話を進める。
「でも、無理に作るもんでもないとは思うんや」
「とは言いつつほしいんでしょ? 分かってるわよ」
「話聞いてた!?」
寅次郎を無視して流理が続ける。
「でも、今のままじゃ全然ダメ。誰もやってこないどころか女の子はみんな逃げていくわ」
「おい、俺になにか文句があるなら聞かせてもらおうやないか」
「そこで、よ。この私が直々に猫ちゃんをモテモテの虎にしてあげる。だから、文化祭期間、私と一緒にいなさい! 私が手取り足取り教えてあげるのよ、感謝しなさい」
「どういう論理やねん! てか何勝手に決めとるねん!」
ギャーギャー言う二人。
そこから目を離し、隣の錦に問いかける。
「なぁ、流理ってもしかして寅次郎に気があるのか?」
「私も今まで気づきませんでしたけど……アレを見てるとそう思いますよね」
「あれって一種の告白だよな? 流理ってそういうの興味ないと思ってたよ……」
「私もびっくりです……あと、先輩のこと、流理って下の名前で呼んでるんですね……」
「え、あ、ああ。中学からの付き合いだからな。最初は苗字呼びだったけどいつのまにか、な」
「へぇ……」
そう言って口をつぐむ錦。
「それがどうかしたのか?」
「いえ、別に…………えと……苗字呼びって、なんかよそよそしくないですか?」
「え、そうか?」
「せやせや!」
「だから早く『守世』って呼んでほしいでーす!」
「おいこら、なんでお前らが話に入ってきてるんだよ!」
騒いでいた二人が、いつのまにか僕らの話に参加していた。
というか、勝手にアテレコしていた。
「勝手に茶化すなよ……錦さんも困るよ……な?」
思わず声が裏返った。
錦に話を振ろうと振り返ると、そこには真っ赤になって固まった彼女がいた。
「お、おい? だ、大丈夫か?」
「あちゃ〜、図星だったのかしら……」
「年の功で分かるなんて、流石流理奥様やな」
「お褒め頂き嬉しいわぁ! ……って、誰がおばさんじゃあ!」
「いや、言ってないやんけ!」
「年の功って言ってるだろぉぉお!!」
戦いが再開されたのを尻目に、錦に近づく。
「お、おい、錦さん、大丈夫か?」
「う、あ、はい! はい! 大丈夫! です!」
「あいつらのいうことは気にしなくていいからな!」
「はい! 大丈夫です!」
「大丈夫には見えないけどな……」
真っ赤な顔でボーっとしたまま大丈夫と言い張る錦。
ふぅ、と一息ついて頭をブンブンと振ると再び口を開く。
「ところで……」
「どうした?」
「私のことも下の名前で呼んでください!」
「え、い、いきなりだな」
「先輩だけずるいです! お願いします!」
「まあ別にいいけど……」
「まじかいな」
「まさか本当に言うとはね……リア充の後押しをするのは心外だわ」
「お前らなぁ……」
また仲良くこっちにちょっかいをかけてくる二人。
なんだか雰囲気が台無しだ。
「で、お前らこそどうなったんだ?」
これ以上、僕らのことで弄られてはたまらない。
流理に話を振ると、微かに顔を赤らめる。
「べ、別に私たちはリア充じゃないからあんた達と一緒にしないでよ!」
「そうなんですか?」
「そうなんです!」
一瞬で落ちた。
顔にやめてくれと書いてある流理をいじめるのはこれまでにして、とりあえず錦に向き合う。
「えと、錦さん……」
「なんですか?」
少し残念そうな顔の錦に向き合う。
「まあ、その……学園祭、一緒に楽しもうな。……守世」
顔が赤くなるのを感じながら、守世から目を逸らさない。
ハッと驚いたような表情の守世。
「……はいっ!」
次の瞬間、輝くような最高の笑顔を見せてくれた。
「で、それだけで君は落ちたのか」
「はい。今でも、守世がどんな考えを抱えて僕に近づいてきたのかは分かりません。答えが気になるのも事実だし、知りたいとも思います。でもそれ以上に、今、彼女との時間が楽しいんです」
「今の時間、か……」
「はい。僕は高校入学以来、心にぽっかり穴が空いたような感じがしていました。自分の存在価値がわからなかった。過ぎ去った過去を嘆いて、まだ見ぬ未来に絶望して、今の時間を見ていなかった。でも、彼女と過ごす時間の中で少しずつ変わってきたような気がするんです」
広い湯船、ゆっくりと立ち上る湯けむりに癒されるながら、想いを語る。
ここは上栄一押しの温泉らしい。
錦邸に負けないほど立派な庭園が広がり、その中に湯が張られていた。
「どんな出会いだとしても、いま僕は彼女に救われている。いや、彼女だけじゃない。彼女との繋がりを通して知り合った上栄さんや関係がより深くなった寅次郎との日々も僕を救い、変化させてくれている」
「縁……だね」
「えにし?」
「神によって導かれた、また、単に運命的な人と人の関係のことだよ。神に導かれて、また、人自らの力で人と出会い、その出会いによって自分自身が変わっていく。君はその縁を今まさに体験しているのかも知れない」
「運命的な……出会い……」
「アレからずっと……守世が君に告白したと聞いてからずっと考えていたことがある」
「何ですか?」
話の流れで何となく勘づきながらも、先を促す。
「守世が君に告白したのは神に導かれたのではないか、ということだ。まさに縁そのものではないか、とね」
「どうなんでしょうか」
「まあ、答え合わせは現時点では出来ないわけだけれども、一つの可能性としてはあり得る」
それだけ言うと顔を拭い、おもむろにパチンと指を鳴らす。
二度目の風呂にして初めての光景を見ていると、そのうちに湯煙の中から一つの桶が流れてきた。
その中にはモンブランと飲み物。
フォークを構えて、まず一口。
「うむ、やはりモンブランは実に美味い」
「いやいやいや! ちょっと待て!」
「ん?」
「『ん?』じゃねーよ! 風呂でモンブランってどんな組み合わせだよ! 聞いたことないぞ!」
「ギャースカうるさいねぇ、モンブランは美味いぞ?」
「いや、モンブランには文句無ぇよ! あんたのモンブラン馬鹿具合に驚いてるんだよ! あと何で指鳴らしたら出てくるんだよ!」
「いつものことだよ」
「いつもやってるのかよ……」
モンブランをつつきながら上栄は話を戻す。
「どちらにしろ本心は守世にしかわからない。それまでの間、そして本心を知った後に君がそれをどう消化していくか。それが大切だよ」
「前の話に戻すんですね……」
半分諦めながらうなずく。
行動はアレだが、言ってることに間違いはない。
それがすこし腹立つものの、とりあえず真面目にその言葉を咀嚼していく。
「まあ急ぐことはない。でも、曖昧な今の状況で曖昧なままである事にいつまでも甘んじていていいわけではないよ」
分かってはいる。
でも、それを今の僕には受け入れることは出来ない。
どう受け入れていいかわからない。
上栄もそれ以上何も言わずに、ただフォークを動かしている。
「守世……か……」
名前を口にする。
その声は立ち上る湯けむりと共に月の輝く夜空へと静かに登っていった。
学園祭です
こっからずんずん話を進めていきます




