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エピローグ 2




「えっっ………娘!」

 驚きのあまりザムゾンの腕から力が抜け、赤ん坊を落としそうになる。ザムゾンは慌てて抱え直した。

 腕が大きく揺れ、その動きで大人しかった赤ん坊が火をつけたように泣き出した。

 赤ん坊をあやしながらザムゾンはもう一度考えはじめた。アナトールの言った言葉の意味を。いくら魔法が発達しているからといっても、何も無いところから子供を作り出すことは出来ないし、フラスコの中の生成も無理だ。

 本当は考えたくないのだが、この子の存在が示すことはひとつだ。アナトールが女性と関係したという事。彼が娘だというのが本当ならば、その時期はザムゾンと再会した後のことだ。

 そして多分それは事実だろう。

 アナトールの持っていた力と同じ性質のものを腕の中から感じる。

 小さな愛らしい存在が、ザムゾンの中から複雑な気持ちを引き出していった。

 そんなザムゾンの暗い気持ちとは逆に、腕の中の赤ん坊は再び機嫌を直し、はしゃぎ始めた。赤ん坊の小さな手がザムゾンの指を掴み、自分の口元に運ぶ。小さな唇が開き、ザムゾンの指を飲み込んだ。

 ちゅっちゅっと音を立てながら、小さな手で周囲を押す動作をして、ザムゾンの指先を懸命に吸っている。乳を求める動作。

 本能が成せる動きだと判っているが、まるでこの赤ん坊の母親にでもなった気分だ。

 小さき存在への愛しさが、ザムゾンの中で生まれ溢れてくる。

 子供には何の責任はない。それだけは確かだ。

 心を決めて赤ん坊から視線をアナトールへと移す。頭は混乱していてまともに考えられないが、何か理由があるはずだ。せめて彼の口から事情を説明して欲しかった。

 アナトールは強張った表情をしてザムゾンを見つめ返した。

「私のことをどう思おうが構わないが…お前には娘の世話をお願いしたい。約束してくれただろう?」

 念を押すようにアナトールは言った。

 突き放したような言い方にカチンと来る。

 そんな約束しただろうか。記憶にはない。

「僕そんな約束事してません」

 荒々しい気持ちのまま、叫ぶようにザムゾンは言った。大声に驚いたのか、赤ん坊は目を丸くして動きを止め、次の瞬間には激しく泣き出した。ザムゾンは慌てて赤ん坊をあやす。

「ごめん。ごめん…ね。君を怒ったんじゃないからね」

 必死になって赤ん坊をあやすザムゾンを見守り、アナトールの目から緊張が溶けていく。自然と口元が笑みの形になる。

 次に彼の口から出た言葉はさっきとは打って変って穏やかな色をまとっていた。

「そうだな。そういう言い方はしなかった。言い換えよう。キルシュの世話だ。それならば約束しただろう」

「キルシュ?そうなの?」

「ええ。唄う鳥は代替わりしたわ。力は新しい唄う鳥へと引き継がれた」

 美しい女性の声。声の方向を向くと、椅子の背もたれの上に置物のように小さな竜が乗っていた。彼女は翼を広げて羽ばたく。宙を舞い、小さい円を書くように飛ぶと、ザムゾンの肩の上に舞い降りる。

 肩に留まったキルシュの重量は極軽い。腕の中に赤ん坊を抱えているからなのか、木の葉のような何かが触れた感覚があるだけだ。

 キルシュの名前をきき、ザムゾンは彼女の存在を忘れていたことに気がついた。

 アナトールとの再会を自分がどれだけ楽しみにしていたか気がつき、彼に特別な想いを抱いている事を痛感する。だからこそ、こんなにも心が乱れる。だが、その事実を知ればキルシュは機嫌が悪くなるだろう。

「キルシュ。久しぶり。元気だった?」

「まぁまぁだわ。この子と私はとても相性がいいみたい」

 軽く挨拶をすると、機嫌よく鷹揚にうなづきまた舞い上がる。良かった。拗ねていない。彼女はさっき居た椅子の背もたれに留まる。お気に入りの場所なのかも知れない。

 気持ちが他に移ると、熱くなっていた頭が冷えてくる。前会った時に言っていたアナトール意の言葉を思い出した。

「もしかして…『霜刃』を手放すというのは、そういう事だったのですか?」

 ザムゾンが真っ直ぐ見ると、アナトールは少し淋しそうな目をした。

「そうだ。私の中にあったキルシュの力はもうない。すべてこの子に移譲した」

「では、この子の母親がいるでしょう?その方がシュテラを世話し育てるべきです」

「そうは言われても…もうここには居ないのだ。そこまでは彼女の契約に入っていない」

「契約…?何の…?」

「胎を買った。私の血と力を引き継ぐものを育んでもらうために。お前には理解出来ないかも知れないが…」

「……胎を買うって」

「この子の母は、戦災孤児で身寄りがなく、春を鬻いでいた女性だ」

「居場所がないのなら尚のこと…」

「彼女には心を寄せている男性がいて、その者は莫大な借金があった。自らの身請けの代金も必要だったし…な」

 語られる内容は理解出来るが感情がついていかない。買うとか。契約とか。人を人と思っていないやり取りに憤りを感じる。人の命を何だと考えているのだろうと思う。

「そういうわけで、彼女との関係は険悪では無かったし、どちらかと言えば友好的だった。これだけは言っておきたいのだが…彼女とは同じ目的を持った同士以上の気持ちにはならなかった。それだけは信じて欲しい」

 話しを聞く限り、この子を護る人はいないようだ。腕の中の存在が重みを増す。

 アナトールは自分の娘だというのに、情を感じない表現で語るし。任せておけないと思う。この子には自分しかいない。それだけをザムゾンは深く理解した。

 この子は僕が守る。決意が胸の中で熱く灯った

「お前に私達の世話をして欲しい。そうしてくれないと、私はとても困ったことになる。私のした事が許せないならそれでいい。だが、その気持ちを押さえて傍にいてくれないか」

 ザムゾンの目が険を帯びると、アナトールの瞳が不安に揺れた。そんな弱々しい姿を見せられると心が乱れる。彼の力になりたいと思ってここまで来たのだ。全てを捨てても彼のそばにいたいから来た。だけど今は、その彼を心から信じて支えたいと思えない。

「私はそう長くはない。お前にそばに居て欲しい」

 アナトールの声に熱が篭った。

「………長くない?何を言っているのですか?」

 穏やかではない内容に、ザムゾンは怪訝そうに聞き返した。

「唄う鳥でなくなったものは、強力な魔力の後ろ盾がなくなるのだ。生まれ落ちた直後から力のある状態に慣れた体がそんなに持つ訳はない。記録によると平均して四年の余命だ。私の場合は強大な魔力を使うのに慣れているから。更に短いかも知れないな」

 アナトールは淡々と語る。そしてザムゾンは気がついた。思いだした。彼にとっては自分の命すらもが軽いのだと。そんな彼が熱を持ち語る言葉はザムゾンに関する事だけだ。ザムゾンの中で掻き消えたと思っていた彼への思いが蘇る。

「……四年で死ぬって。それが判っていて。貴方は」

「国のために若者が沢山死んでいった。それを考えると私は充分に生きたのだよ。これ以上は贅沢というものだ」

 『霜刃』の力を手放すこと…つまり自らの命を短くする選択は本人は元より、国で決められた決定事項だ。それに関してアナトールが取れる選択は、ザムゾンが思うよりずっと少なかっただろう。

「僕が一緒にいれば貴方はそれでいいのですか?」

「それで充分だ。お前がそばに居ればそれだけで、私の人生は幸福の中で幕を閉じたことになる」

「貴方は馬鹿だ。僕なんて何の力もないのに。何の役にも立たないのに。最後に僕だけを求めるなんて」

 一身に純粋に、自分だけを求められている。

 嬉しくないはずがない。最初からそう言ってくれればいいのに。甘い言葉で溶かして、都合の悪いことは小出しにして事後承諾する事だって出来たはずだ。だがそうしなかった。厳しい現実を見せて、全てをさらけ出してから、後の判断をザムゾンへと委ねた。

 信じてなければ出来ないことだ。

 嘘をつかずそのままを見せてくれる彼だから、そんな彼だから今は信じられる。

「何の力もないなんて、そんな事はない。この私を力ごと受け入れてくれただろう。そんなお前だからいいのだ。私は『呪われた力』と代々呼ばれたこの力を、元来の祝福された恩寵の力へと変えたいと思っている。それにはお前の力が必要だ。一緒にこの子を育ててはくれないか?」

「呪われた力?そんな風に呼ばれていたのですか?」

「残念ながら…私の家系は心が弱い人が多いのだよ。だから力を求め、得たというのに。安心するどころか、得た力の大きさに恐れ慄いた。我が血族の不甲斐なさは自業自得だが、キルシュに苦労をかけ通しなのが心苦しいな。彼女には感謝したいと思っているのだ。そのためには力を持って良かったと思う後継者が必要だ。こんな風にこの子を護ろうとするお前なら…お前とならば出来ると思っている」

 ザムゾンの感覚では納得できないと言っても、同じ価値のなかに自らを置き、不利益なことにも身を投じる者を非難することは出来ない。

 外でどんな良い言葉を叫んでもダメだ。一緒に手を携え、変えていくための行動を起こさなければ現実は変らない。

 変えていく、未来への希望をアナトールの言葉からザムゾンは感じ取った。

 ふと赤ん坊が静かな事に気がつき、腕の中を覗き込む。

 彼女は穏やかな寝顔ですやすやと眠っていた。

「この子の名前は?」

「シュテラ」

「星ですか…この子は貴方にとっては希望の星なのですね」

「そう理解してくれて構わない」

 返事する声には照れが混じる。情を感じないとさっきは思ったが、単に不器用なだけなのかも知れない。

「僕は貴方のそばに居ます。ずっと。最期まで貴方のそばに」

「ありがとう」

 アナトールの声は少し湿っていた。涙をこらえているのかも知れなかった。衝動がザムゾンの中、生まれる。彼に抱きつきたいと思う。だけど腕の中には護るべき存在がいる。

 ザムゾンはシュテラを腕に抱いたままアナトールに近づくと、胸に頭をくっつけた。

 ザムゾンの気持ちが判ったのか、アナトールは腕の中の赤ん坊ごと自分の胸の中に抱きこんだ。温かい。幸せがザムゾンの中心から湧き上がってくる。

強くて弱いアナトールと、未来を託された幼子。自分の全てをかけて。二人を守っていこうとザムゾンは思う。

 アナトールの成したいこと。成し得ないこと。それを一生かけて達成しようとするだろう。

 ザムゾンは幸福に浸りながら、これからの自分の未来をハッキリと感じていた。






やっと終わりました~!!!!

感無量。


ここまで読んで頂きましてありがとうございます。


やっぱり、いつものようにギリギリな更新時間になりましたが…

いつもの二倍以上のボリュームになったという事でお許しを。


しばらく、『 唄う鳥・嘆く竜 』の過去編が続きましたが、来週からはやっと本編に戻ります。18禁『ムーンライトノベルズ』オンリーでの掲載となります。

年齢制限のある場所だけで書くのは少し躊躇しますが、どんな表現が相応しいのか考える暇があったら本編を書こうという結論に達して基準の無い場所だけでの掲載に決めました。ヤオイも書く予定なので18禁じゃないと難し過ぎる。


という事で、来週月曜からは量少なめ毎日更新になります。

初心に戻ってガンバリマス。



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