エピローグ 1
「久しいな。ザムゾン」
目の前のアナトールは、全てを吹っ切ったような爽やかな顔をしていた。
眩い笑顔。今まで見たことのない笑顔はザムゾンの胸をいっぱいにした。
懐かしい力の漣をザムゾンは感じる。その波動が全身に広がっていく気がする。気持ちいい。心地良い。
放たれる力にも変化があった。圧倒的な力には違いないのだが、それに丸みを帯びた柔らかさを
立ち姿に違和感がありジッと観察すると、それが腕が曲げられているせいだと判る。
一瞬、腕を怪我して曲げたまま固定したのかと心配したが、よく見るとそうではない。
腕の中に小さな荷物を抱えている。何かを持っている。そう確認できた。
腕の中の物を不思議に思う気持ちはあった。
どうしてこの時この場所で彼が持っているのか。よく考えれれば何かを示していることも判ったかも知れない。
だが、その時のザムゾンはただ再会出来た喜びが胸いっぱいで、それ以外のことを何も考えられなかった。
「アナトール」
…会いたかった。あいたかった。ずっと会いたかった。
そう遠い距離でもないのに、気がつくとあふれる思いのまま駆け出していた。
久しぶりの神殿。通された部屋は思ったよりも小さく質素な部屋だったが、平民の家屋や店などよりはかなり広いもので、一度訪問した時には広い中庭と通路しか通らなかったから。場所に関して疑問を呈する知識はない。
一度目も二度目も、どの訪れも自分から望んだことだ。だが今回は思いの強さが違う。覚悟も全然違う。
一生この神殿で暮らすことになってもいい。そう思っている。アナトールの方からそうハッキリと求められた訳ではないが、彼から求められる限りザムゾンは一生彼の傍にいるつもりでいた。何があろうと。
会えない間にアナトールから来た手紙は両手で足りるほどだった。一方ザムゾンは毎週のように手紙を送っていた。だが、それでも彼の言葉を信じられたのは、彼の気持ちを信じられたのは、後に定期的にザムゾンの元を訪れる修道女の存在が大きい。
再会を果たした後、ザムゾンは自分の口からアナトールとの約束を叔母夫婦に話をしたのだが、小さく笑われた。それが真実だとは理解してもらえなかった。
ザムゾンの言葉を軽んじている訳でなく、内容があまりにも荒唐無稽だから信じることが出来なかったのだ。
何の教育も受けず、見目が良い訳でも、魔力などの特別な力を有している訳でもない。
極平凡な少年にしか見えないザムゾンがどうして神殿に召しかかえられるのか、皆目検討がつかなかったのだ。
その上、あの時の再会はアナトールが魔法を使って直接部屋に訪問し帰っていった。彼の訪問を目撃した者は誰もいない。また、あの日のザムゾンの様子がおかしく周囲の者みんなが体調不良だと思っていた事実と相まって、病気のせいで変な夢でも見たのだと思われたのだ。
だが、その数日後に神殿から正式に申し入れがあり、彼が神殿で仕事に携わることが決まった。国家の益になる可能性を持った能力を有しているという理由だったが、それが単なる方便であることはザムゾンは判っていた。
叔母夫婦は不思議に思いながらも純粋に喜んでくれた。
それから週に一度程度、神殿で住むために必要な基礎教育を施しに派遣されたのが年老いた修道女だった。その彼女にアナトールへの手紙を託した。
彼からの返事は丁寧な文字と優しい言葉で書かれた文章だったが、内容は誰が見ても構わないような出来事を綴ったものばかり。
世間話の延長のような手紙からアナトールの気持ちをつかむことは出来なかった。
だが戦場に居た時のように安否も確認できなければ、何の連絡もないよりは充分にマシだった。
それに彼女はアナトールが若い頃を知る人物で、ちょっとした好みや若い時の失敗談などを教えてくれた。それを聞いているだけで物理的な距離は関係なくなっていく。彼がさらに自分に近くなった気がしていた。
彼女から神殿内での作法やしきたりを学び、ザムゾンの強い希望で読み書き計算も教えてもらった。毎週の手紙はその成果の報告でもある。
一年半の期間は、あっという間に過ぎていった。
ザムゾンがアナトールに駆け寄り近づくと、腕の中のものの正体が何か判かる。
それは、生まれて間もない小さな小さな赤ん坊だった。ザムゾンの足がピタリと止まった。
ザムゾンの視線に気付き、アナトールは神妙な表情をした。少し困っているようにも見える。
彼の腕の中の赤ん坊も眉間にしわを寄せ、居心地が悪そうにモゾモゾと動いている。
彼の抱え方はどこか変に力が入った歪な抱え方で、赤ん坊も居心地が悪いのだろう。
小さく訴えるようにグズると、泣き出しはじめた。大きな泣き声を聞いて、アナトールは慌てて抱え直す。その手つきは危うい。見ていられない。
「そんな抱え方じゃダメですよ」
ザムゾンは無意識にアナトールの方に両手を差し出していた。
すぐにザムゾンの腕の中に大泣きする赤ん坊が納まる。街で暮らしているときには、近所の子供をあやすことも多かったから、ザムゾンは慣れた手つきで安定するように抱えなおした。
安定すると赤ん坊は、すぐに泣き止み機嫌の良い表情を浮かべ、はしゃぐ声を出した。見開かれた大きな瞳が、ぼんやりとザムゾンを見つめニコニコと笑う。すぐに懐いた赤ん坊は可愛い。腕の中に納まる愛らしい存在。幼い頃に亡くなった妹を、ふと思い出す。
落ち着いて腕の中の赤ん坊を観察する。
その中から大きな力の存在を感じた。赤ん坊から溢れて出ている。この感じ。知っている。どうして?
疑問を口にしようとアナトールを見ると、彼は真剣な目をしてザムゾンが口を開く前にこう言った。
「私の娘だ。ザムゾン」
何とか更新~~明日最終回です。
よろしくお願いしますm(_ _)m




