第7話 誰が得をしているのか
門前での到着時刻の偏りを確認した私たちは、次なる「詰まり」の現場――王都の南門に隣接する関税倉庫へと足を運んだ。
そこは、先ほどの門前以上の惨状だった。
倉庫の前の広場には、検査と荷下ろしを待つ木箱や麻袋が山のように積まれている。だが、その多くから鼻を突くような酸い匂いが漂っていた。冷気の中でも変色し、表面がどろりと崩れ始めている野菜や果物。
何日も待たされた末に売り物にならなくなった品々が、無造作に広場の端へ打ち捨てられているのだ。
「ひどい有様ですね。我々が運んだ荷の何割かは、結局こうしてここで腐っていく」
ノアが忌々しげに顔をしかめる。
「検査官たちは何をしているのだ。さっさと荷を下ろして街に入れればいいだろうに」
オスカーは腐臭に顔を背けながら、香水を染み込ませたハンカチを口元に当てていた。
私は彼らの反応には構わず、倉庫の管理所へ入り、責任者に過去一ヶ月分の搬入記録と関税、そして『保管料』の徴収記録を提出させた。
無造作に積まれた書類の束を捲り、数字の羅列を追う。
通過時刻、荷の重量、関税額。そして、広場で待機させられた時間に応じて発生する保管料と、優先的に手続きを進めるために支払われる『代行手数料』の額。
数字の糸をたどっていくうちに、ある一つの奇妙な法則が浮かび上がってきた。
「……急いで処理するほど、請負側が損をする仕組みです」
私は顔を上げ、後ろで控えていた役人たちとオスカーを見た。
「どういうことだ、リディア。わざと遅らせているとは」
「この倉庫の業務を請け負っている仲介業者たちの利益構造です」
私は書類の一箇所を指で叩いた。
「現在の古い制度では、荷馬車が広場に長く留まれば留まるほど、仲介業者に対して多額の『保管料』が発生する仕組みになっています。さらに、痺れを切らした商人が早く手続きを済ませようとすれば、高額な『代行手数料』を取ることができる」
「つまり……」
「処理を早めるための人手を増やすより、滞留を受け入れた方が利益が残るのです。誰かが露骨に荷を止めなくても、この料金のままでは倉庫側に改善する理由がありません」
私が説明を終えると、ノアが深く頷いた。
「ええ、その通りです。我々現場の商人は、その理不尽な手数料を支払わなければ、いつまで経っても荷物を降ろせない。足元を見られているのです」
「契約を止め、違法な遅延がなかったか調べるべきだ」
オスカーは倉庫責任者へ厳しい目を向けた。
「故意に荷を傷ませていたなら、契約解除だけでは済まない」
「調査には賛成です。ただ、今ある帳簿だけでは故意までは証明できません」
彼らは現行規定の保管料と手数料を受け取っている。誰か一人を罰しても、同じ料金表を次の請負人へ渡せば、同じ遅さが残る。
私はエステルへ、宰相府宛ての緊急上申を書き取らせた。
「恒久改定には、請負側と商人側を集めた審査が必要です。ただし薬草の到着まで待てません。宰相府の承認を条件に、保管料を一時停止し、処理期限を超えた分は国が補償しない暫定措置を求めます。併せて、遅延が故意だったかを監査してください」
「承知しました。至急、承認を取ります」
これで、一つ目の詰まりは抜けるはずだ。
しかし、問題はそれだけでは終わらなかった。
「リディア嬢」
横から、ノアが静かな、けれどどこか冷酷な響きを含んだ声で私を呼んだ。
「その仲介業者たちが、どうして何年もの間、この制度の抜け穴を放置されたまま、堂々と莫大な利益を上げ続けることができたのか。その『理由』も、帳簿には書かれているのではありませんか?」
「ええ。もちろん確認しています」
私は手元の書類をもう一枚捲り、仲介業者の利益の行き先――彼らが手数料の一部を上納し、後ろ盾として保護を受けている「主要な取引先」の捺印が並ぶページを開いた。
「オスカー様」
私は広場の端に積まれた、腐りかけて酸い匂いを放つ野菜の山越しに、彼を見た。
「あなたは先ほど、私腹を肥やしている悪徳業者は捕縛すればいいと仰いましたね」
「ああ、言ったが……それがどうした」
「ならば、彼らの利益を吸い上げ、この古い制度の恩恵を最も受けていた『彼らの後援者』も、同罪ということになりますか?」
私が指先でトン、と弾いた書類。
そこに並んで押されていたのは、見間違えるはずのない、堂々たる獅子の印章だった。
「なっ……」
オスカーの顔から、さっと血の気が引いた。
腐りかけた野菜の向こうに見えるその印章は、他でもない。
王都の物流を牛耳る特権階級であり、オスカーの生家である『ヴァルモント公爵家』の紋章だった。




