第6話 荷馬車は足りていた
「到着の刻限が集中している……? それがどうしたというのだ」
凍てつく風が吹き抜ける王都の南門前で、オスカーは呆れたように鼻を鳴らした。
「商売人というものは、少しでも早く市場へ品を届けたい生き物だろう。誰もが朝一番の開門に合わせて馬車を走らせるのは、ごく自然なことではないか」
「ええ、個々の商人の心理としては自然です」
私は彼を見ずに、荷台で震えている御者たちを見つめたまま答えた。
「ですが、物理的な限界は自然の心理では越えられません。この南門の検疫と関税手続きの処理能力は、最大でも一時間あたり二十台。そこに同じ時間帯を狙って百台の馬車が殺到すれば、残りの八十台はどうなりますか? 当然、門前で待機することになります。待機が長引けば、次の時間帯に到着した馬車がさらにその後ろへ連なり、雪だるま式に渋滞が膨れ上がる」
「それは……っ、だから検査官を増員するか、馬車を増やして一気に――」
「馬車を増やせ、門を広げろ、検査官を倍にしろ。……ええ、私も五年前に、まったく同じ台詞を喚き散らしたものです」
ふいに、ノアが芝居がかった手つきで肩をすくめ、楽しげに口を挟んだ。
「ノア会頭?」
「懐かしい光景ですよ、リディア嬢。この凍りついた馬車の列も、解決策を外側にばかり求めるその思考回路も」
ノアはオスカーを一瞥し、それから遠い目をして門を見上げた。
五年前。ノア・ベルクがまだ二十三歳の若き商人であり、彼が立ち上げたばかりの白梟商会が破綻の危機に瀕していた時のことだ。
当時の王都は、現在と同じように深刻な物流の滞留を起こしていた。門前で待たされる数日の間に、ノアの商会が運んでいた新鮮な野菜や果物は次々と荷台の上で腐り果て、莫大な損害を生み出していた。
追い詰められた彼は、この南門の管理所へ怒鳴り込んできたのだ。「役所の怠慢だ」「馬車が足りないから品が運べない」「もっと門を広げろ」と、血走った目で机を叩きながら。
その怒号が響く部屋の隅で、駅路監督局の調査手伝いとして帳簿の山に埋もれていたのが、当時十七歳の私だった。
『大声を上げても、物理的に門の幅は広がりませんよ』
私は、彼の勢いに怯むこともなく、手元の紙片を一枚、彼の方へ滑らせた。
『これは、あなたの商会を含めた主要な荷馬車の到着時刻の統計です。見事に「第一の鐘から第二の鐘」の間に集中していますね。皆が朝市の開場に間に合わせようとするからです。ですが、誰もが一番を狙えば、結果として全員が最後尾になる』
怒り狂っていた彼は、その一枚の紙に示された「残酷なまでの偏り」を見て、絶句した。
『解決策は、馬車を増やすことでも門を広げることでもありません。時間をずらすのです』
私は、午後や夜間に通過する荷馬車の関税をわずかに下げ、朝の混雑時だけ上げる通過時刻の割当てを提案した。さらに、商会ごとに推奨枠を分けた。
結果として、たった数枚の通達文書と税率の調整だけで、城門の渋滞は嘘のように消え去り、白梟商会は息を吹き返したのだ。
「あの時、彼女は『誰が悪いか』を追及しませんでした。商人の強欲さも、検査官の無能さも責めなかった」
ノアは、オスカーや周囲の内務局の役人たちへ向けて、よく響く声で宣言した。
「彼女はただ、『どこが詰まっているのか』を、数字という事実だけで暴いてみせた。人間の感情ではなく、構造の欠陥を見抜いたのです。私が白梟商会という王国最大の流通網を築き上げられたのは、あの日、彼女のその見事な頭脳に出会えたからです。私が彼女を隣に立ち得る唯一の相棒だと求婚したのは、決して一時の熱狂などではありません」
ノアの公の称賛に、同行していた役人たちが息を呑む。
レオンハルトもまた、「なるほどな」と静かに頷き、誇り高いものを見るような目で私を見つめていた。
「……昔の武勇伝など、どうでもいいだろう!」
自分の知らない私の過去を見せつけられたオスカーは、苛立ちを隠せない様子で声を荒らげた。
「五年前はそれで解決したのかもしれない。だが、今はどうなのだ! 薬草は三日分しかないと言っているんだぞ!」
「ええ、その通りです。過去に浸っている暇はありません」
私は彼らの言い争いから意識を切り離し、早足で管理所の中へと戻った。
冷え切った無骨な木の机の上に、エステルに持ってこさせていた五年前の王都の記録帳と、先ほどノアから受け取った現在の商会の運行予定表を広げる。
二つの視点から、大量の数字を脳内で処理していく。五年前の成功体験をそのまま当てはめようとしているわけではない。だが、歴史は構造という形で必ず痕跡を残す。
「リディア様。どうか、なさいましたか?」
エステルが心配そうに覗き込む中、私は二つの書類を手に取った。
古い羊皮紙に書かれた五年前の時刻表と、真新しいインクで綴られた現在の時刻表。その二枚の紙を、机の上でぴたりと重ね合わせる。
見えないはずの罫線が、私の頭の中ではっきりと透けて繋がり、一つの恐ろしい事実を浮かび上がらせた。
「……見つけました」
私は重ね合わせた二枚の時刻表を指先でなぞり、後から部屋に入ってきたオスカーやノアたちに向けて告げた。
「現在の指定札も、第一の鐘から第二の鐘へ集中しています」
五年前の分散策が消えたわけではない。検査工程が増えて一刻あたりの処理台数が減ったのに、関税局が古い推奨枠を見直さず、各商会へ同じ朝枠を配り直していたのだ。
「馬車が増えたのではありません。門が処理できる数だけが減ったのに、時刻の割当てを昔のままにした。今の能力に合わせて、枠を引き直す必要があります」




