第20話 どちらが嘘か、ではなく
魔族側の国境倉庫から急ぎ引き返し、私たちはレグナ王国の国境中継所へと足を踏み入れた。
王都から到着した荷馬車が列をなし、さらに魔族領から引き渡されたばかりの『月白草』の木箱が、倉庫の前に山積みにされている。
だが、荷役の作業は完全に止まっており、中継所の役人たちと人間の商人たちが、激しい剣幕で怒鳴り合っていた。
「見ろ、木箱の隙間から中身が見えているじゃないか! 魔族の奴ら、輸送の途中で不当に中身を抜き取って、不完全な状態で引き渡してきたんだ!」
「これでは王都に運んでも我々の責任にされる! あいつらは、この緊急事態に乗じて恩を着せるためにわざと――」
彼らは自分たちの都合のいいように想像を膨らませ、すべての責任を「魔族の悪意」に押し付けようと騒ぎ立てていた。
「……ククッ。また二年前と同じ喜劇か」
私の背後から、魔王ザフィルが冷たく吐き捨てるように呟いた。
彼の声はひどく低く、人間という種族そのものに対する深い失望が滲んでいた。
二年前も、同じ中継所で薬草が消えた。
人間は魔族の値吊り上げを疑い、魔族は人間の横流しを疑った。十年かけて結んだ停戦まで揺らぐ中、若手記録補佐官だった私はここへ派遣された。
『私は、悪人を探しに来たわけではありません。ただ、荷物がどこで減ったのかを確認するだけです』
出荷記録、重量、石板封印。荷が減ったのは、人間側へ渡った後だけだった。
私は人間の中継商が抜き取ったと報告した。魔族への嫌疑は晴れ、交易は辛うじて残った。
「……リディア調整官。まず、箱を見せた方が早そうです」
エステルが、騒ぐ商人たちと石板を見比べて言った。
「ええ。責任の話は、記録を確かめてからです」
私は大きく息を吸い込み、二年前と全く同じように、怒鳴り合っている商人たちを無視して、積み上げられた『月白草』の木箱の前に立った。
「皆さま、静かに」
私の静かな、けれどよく通る声に、商人たちが一斉に口を閉ざす。
私は、木箱の正面に取り付けられた、古代ルーン文字の刻まれた重厚な石板を指し示した。
「先ほど、魔族側が中身を抜き取ったと主張されていましたね。ですが、この木箱に施された魔族の石板封印を見てください」
私の指先が、一切の損傷なく青白い魔力を保っているルーンをなぞる。
「現在の封印も、国境を越えてこの中継所に届くまでは、完全に無傷でした。もし魔族側が輸送中に箱を開けて抜き取っていたのなら、この石板のルーンは呪いによって赤く変色しているはずです」
二年前、この人間側の中継所でだけ切れていた封印。
それが今回は、無傷のまま残っている。
「そして、中継所の計量記録も確認しましたが、魔族側から引き渡された時点の重量と、現在の重量に誤差はありません。つまり、魔族の悪意による抜き取りも、人間側による横流しも、今回は発生していないということです」
商人たちは石板の青い文字を見つめ、返す言葉を失った。
彼らの責任転嫁を完全に封じ込めた上で、私は中継所の管理責任者である役人に鋭い視線を向けた。
「では、教えてください。抜き取りも横流しもない。薬草は確かにここまで無事に届いている。……ならば、なぜこの薬草たちは、ここから王都へ向けて一箱も出荷されずに滞留しているのですか?」
私の問いに、管理役人はビクリと肩を震わせ、ひどく狼狽したように目を泳がせた。
「そ、それは……っ! 我々が不当に止めているのではありません!」
「では、誰が止めていると?」
「王都からです! 王都の内務局から下りてきた『新たな検疫基準』を満たさなければ、一箱たりとも街へ通してはならないと、厳命が下っているのです!」
「新たな検疫基準……?」
私は眉をひそめた。
薬草を止めていたのは、悪意でも横流しでもない。王都が新しく作った規則だった。




