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婚約破棄された実務令嬢ですが、私の価値を知らなかったのは元婚約者だけでした~四人に求婚されても、私は賞品ではありません~  作者: 他力本願寺


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21/21

第21話 薬草は国境で枯れていない

特効薬草『月白草』を止めていたのは、魔族の悪意でも中継商の横流しでもなかった。


 急ぎ王都へ取って返した私は、そのまま四境交易会議の場に乗り込み、内務局の役人たちに国境での滞留の理由を問い詰めた。


「お言葉ですが、調整官殿。我々も決して嫌がらせで止めているわけではありません!」


 内務局の代表は、手元の分厚い書類を叩きながら反論した。


「現在、近隣諸国で未知の疫病が局地的に流行しているという報告が上がっています。我が国の民を疫病から守るため、すべての輸入品に対して国境の関所で『三日間の薬液燻蒸』を義務付ける新基準を設けたのです。これは国家の安全保障に関わる正当な措置です!」


「ええ、基準自体は正当でしょう。疫病の侵入を防ぐことは重要です」


 私は彼らの言葉を否定しなかった。


 問題は、検疫を強化したこと自体ではない。現場の処理能力と物理的なスペースを無視して、その『三日間の燻蒸』という新しい工程を、すべての荷馬車に対して一律に、国境という最も狭い場所で強制したことだ。結果として、国境の中継所は巨大な荷物の山で完全に機能不全に陥っていた。


「基準を撤回しろとは言いません。工程を分けられないか、検疫官と薬師を交えて確かめたいのです」


 私は王国の路線図と、検疫局の工程表を机に広げた。


「穀物や生鮮品と、石板で密閉された薬草を同じ棚で三日止める必要があるか。薬草の薬効を損なわず、密閉したまま処理できるなら、国境から王都までの移動時間を検疫期間に数えられます」


 検疫局の技師は、魔族側が提出した封印仕様を読み、薬師の立会いで空箱を使った試験を求めた。ザフィルは石板封印を開けずに薬液の蒸気だけを通す細孔を示し、内務局は密閉馬車の換気弁と記録札を用意する。


 半日後、薬効標本にも封印にも異常がないと確認された。


「薬草便だけ別の検疫列へ。密閉馬車の中で処理を続け、南門で検疫官と薬師が記録札を照合します」


 私が工程を指でたどると、内務局の代表がようやく頷いた。


「安全基準を下げず、止める場所だけを変えるのなら認められる。第一便に限って試行し、結果を監査しよう」



 その日の夕刻。私は四境交易会議を中座し、王都施療院へと向かっていた。


 薬師エルマに、滞留していた薬草便の第一陣が、数日以内には間違いなく届くという目処を伝えるためだ。


 施療院の待合室は、重く沈んだ空気に包まれていた。


 長椅子では、母親が毛布に包んだ少年の手を握っていた。七歳のトマだと、空の籠を会議へ持ち込んだエルマから聞いている。頬は熱で赤いのに、細い指先は白かった。


 薬棚には代替薬の瓶がまばらに残っている。けれど、月白草の専用棚だけは、木目が見えるほど空だった。


「リディア調整官……!」


 白衣姿のエルマが、私の姿を見つけて駆け寄ってきた。彼女の目の下には、連日の徹夜作業による濃い隈が落ちている。


「エルマ殿。国境での検疫の詰まりを解消しました。第一陣の薬草便が、三日後の朝にはこの施療院に到着します」


「三日後の朝……重症者用の取り置きが切れる前です」


 エルマは空の棚へ手をつき、長く息を吐いた。すぐに笑顔にはならなかった。


「試行便が検査を通るまで、代替薬を続けます。届いた箱も、私たち薬師がもう一度確かめます」


 エルマがトマの母親へ同じ説明をすると、彼女は眠る息子の手を握ったまま、何度も頷いた。


「三日ですね。待ちます。どうか、あの子に間に合うように」


 空の棚と、母親の指の間にある小さな手。その距離を埋めるために、第一便を必ず通さなければならなかった。



「……お嬢様?」


 施療院を出て、冷たい夜風に当たった瞬間だった。


 極度の緊張と、数日間にわたる連続した徹夜作業から解放されたことで、私の身体を繋ぎ止めていた見えない糸が、ぷつりと切れた。


 ぐらり、と視界が歪む。


 石畳が急に傾いたように感じられ、私は足を踏み出すことができず、そのまま崩れ落ちそうになった。


「お嬢様!!」


 間一髪で私を抱きとめたのは、ずっと傍らに付き従っていた侍女のエステルだった。


「だ、大丈夫よ、エステル。少し、眩暈がしただけで……」


 私は気丈に立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。


 ふと視線を向けると、施療院の窓の向こうで、トマの母親が小さな手を握り続けていた。


 そしてその外で、私はエステルの腕の中に倒れ込んでいる。


「何が大丈夫ですか! お嬢様は、魔族領へ発つ前から三日、まとまった睡眠を取っておられません。食事だって、馬車の中で二口召し上がっただけです」


 エステルは、泣きそうな顔で私を強く抱きしめた。


 そして、私の両手を彼女の温かい手でしっかりと掴む。


「お嬢様、もう限界です……。手が、氷のように冷たいではありませんか」


 エステルの悲痛な声が遠ざかる。返事をしようとしても、唇が動かなかった。


 私の膝は、もう立つことを拒んでいた。

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