第14話 王子は単位を疑う
任命から十日目の朝、私は四境交易会議の外交部会に出席していた。
この日の議題は、隣国アルセリア王国から輸入する『鉄』と、我がレグナ王国から輸出する『穀物』の交換比率についてだった。冬を前に、農具や防寒具の補修に欠かせない鉄の確保は急務である。
関税倉庫の主要出資家であるヴァルモント公爵家には、利害関係者としての説明責任がある。オスカーは次期交易委員候補の審査を受ける立場のまま、宰相府の監督付きで名代席に座っていた。
しかし、会議室の空気は険悪そのものだった。
「アルセリア王国の要求は到底受け入れられん! 彼らは昨年の契約時よりも、鉄一樽に対して交換する穀物の樽数を三割も多く要求してきているのだぞ!」
「我が国が冬の備えで鉄を欲している足元を見て、不当にレートを吊り上げているのだ。このような強欲な真似を許せば、我が国の威信に関わる!」
レグナ王国の外交官や役人たちは顔を赤くし、机を叩いて隣国を非難していた。互いに相手を詐欺師呼ばわりし、交渉は決裂寸前まで追い込まれている。
「まあ、落ち着きたまえ」
ふいに、その重苦しい空気を宥めるように滑らかな声が響いた。
ヴァルモント公爵家名代にして、王都社交折衝補佐の肩書で同席しているオスカーだった。彼は優雅に足を組み、周囲の役人たちへ余裕のある笑みを向けた。
「隣国の使節団が自国の利益を最大化しようと欲をかくのは、外交の常だろう。ここは私に任せてくれないか。今夜、アルセリアの使節団の主要な者たちを我が公爵家主催の小夜会に招き、極上のワインと音楽でもてなそう。私的な親交を深め、友好的な関係を築けば、彼らも態度を軟化させ、譲歩を引き出せるはずだ」
関税倉庫の件で失った信用を、得意な社交で取り戻すつもりなのだろう。
親交は、相手が席を立つのを防ぐことはできる。けれど、交換比率の分母までは決めてくれない。私は使節団が示した数量表へ目を戻した。
「……オスカー卿。素晴らしいご提案ですが、恐らく夜会を開いていただいても、我が国の使節団の態度は変わらないでしょうね」
静かに、しかし冷水を浴びせるような声でその提案を躱したのは、隣国の代表として会議に同席していた第三王子、ジュリアン殿下だった。
彼はオスカーへ向けて柔らかな微笑を浮かべたまま、立ち上がった。
「なぜなら、我がアルセリア王国は決して不当に条件を変えたり、レートを吊り上げたりしているわけではないからです。我々はただ、正当な等価交換を求めているに過ぎません」
「正当な等価交換だと? 現に要求する穀物の樽数が増えているではないか!」
レグナ側の役人が噛み付く。
「ええ。ですが、それは互いの『前提』が違っているだけなのです」
ジュリアン殿下はそう言うと、背後に控えていたアルセリアの従者たちに手で合図を送った。
会議室の重い扉が開き、従者たちが「二つの木樽」を運び込んでくる。一つはレグナ王国の刻印がある一般的な穀物樽。もう一つは、アルセリア王国で鉄鉱石の輸送などに使われる頑丈な木樽だった。
「リディア嬢」
ジュリアン殿下は説明を続けず、私へ視線を向けた。
「どうか、三年前と同じように、この場にいる皆様に『事実』を見せてあげてはいただけませんか。言葉で罵り合うよりも、あなたのその手が示す事実の方が、ずっと雄弁ですから」
私は彼に向かって小さく一礼を返し、席を立った。
「そこへ置いてください」
私は従者たちに指示し、運び込まれた二つの木樽を、会議卓のすぐ横、参加者全員から一番よく見える位置へ並べて置かせた。
「皆様。いま目の前にある二つの容器は、どちらも我が国とアルセリア王国において『一樽』と呼ばれている、一般的な輸送単位です」
私は、並べられた二つの樽を交互に指し示した。
「書類上の契約書には、ただ『鉄一樽につき、穀物一樽と交換する』としか書かれていません。文字の上では、完璧な等価交換に見えます。……ですが、実際に見比べてみてください」
怒っていた役人たちも、オスカーも、二つを見た途端に黙った。
アルセリアの『一樽』は、レグナのものより背が高く、胴回りも一回り大きい。
「……な、なんだこれは。アルセリアの樽の方が、ずっと大きいではないか」
役人の一人が、信じられないものを見るように目を瞬かせる。
「アルセリアの一樽は、我が国より約三割大きい。同じ一樽で交換すれば、向こうは三割多く鉄を渡すことになります」
私は二つの樽の間に立った。
「アルセリア側が足元を見て条件を吊り上げたわけでも、我々を騙そうとしたわけでもありません。単に、両国の間で『一樽』という単位の定義が違っていた。ただそれだけのことなのです」
誰も反論しなかった。高さの違う二つの樽を前に、役人たちは自分たちの換算表をめくり始めた。




