第10話 大きな箱ほど届かない
深い雪に車輪を食われ、完全に立ち往生している巨大な荷馬車。その荷台には、隙間なく巨大な木箱――大箱が積み上げられていた。
私はその大箱を見上げ、傍らで頭を抱える兵站担当の将校に問いかけた。
「将校殿。五年前の補給危機以降、北境の冬季輸送は『小箱化』し、各中継所でそりや小型馬車に分散して運ぶ規定になっていたはずです。なぜ、このような大箱にまとめて積載しているのですか?」
私の問いに、将校はひどく気まずそうに視線を彷徨わせた。隣に立つ辺境伯レオンハルトの鋭い眼光も相まって、彼は萎縮しているようだった。
「……規定の小箱と中継制では、もう現場が回らないのです、調整官殿」
将校は絞り出すように答えた。
「五年前とは違い、現在は駐留する兵の数も物資の量も桁違いです。それをすべて小箱に分け、中継所のたびに荷を下ろして別の馬車へ積み替えるとなると……その積み替えの回数と手間が膨大になりすぎているのです。連日の荷役作業で、現場の兵士たちが次々と倒れておりまして……。そのため、少しでも積み替えを減らそうと、大箱にまとめて一気に運ぼうとしたのですが、結果はこの通りで」
私はハッとして、手元の記録帳を開いた。
五年前、私が孤立した砦の百人を救うために立案した『小箱中継マニュアル』。
あの時は、猛吹雪の中でも確実に物資を届けることが最優先であり、兵士たちの「積み替えの労力」は度外視した緊急避難的な策だった。
だが、軍はその時の目覚ましい成功体験を「絶対の正解」として固定化してしまったのだ。緊急用のマニュアルを、平時の何千人規模の巨大な物流にそのまま当てはめ続けた結果、どうなるか。
「中継所の様子を見せてください」
私は将校に頼み、すぐ手前にある第二中継所へと足を運んだ。
そこで私たちが目にしたのは、雪が舞う寒空の下、無間地獄のように続く『積み替え作業』の光景だった。
到着した荷馬車から無数の小箱を手作業で下ろし、検品し、次の拠点へ向かうためのそりへ積み直す。凍えた手でバケツリレーのように箱を運ぶ兵士たちの息は白く、疲労で足取りは重い。物資の総量が増えたことで、この中継拠点自体が巨大な労働の沼と化していた。
(……ああ。なんてこと)
私は唇を噛んだ。
これでは、将校が規定を破りたくなるのも当然だ。兵士たちを終わりのない積み替え地獄から救うためには、荷物を大きな箱にまとめて「中継作業そのものを飛ばす」しかないと思い詰めたのだろう。
だが、大箱のままでは雪道に耐えられず、車輪が雪に埋まって止まってしまう。
私は自分の鞄から、古びた一冊の書類を取り出した。
それは五年前に私が起案し、軍の標準として採用された『北境補給・小箱中継マニュアル』の写しだった。
雪風にはためく古い成功規格の束。その向こう側には、現場の苦肉の策として生み出され、雪の中で無惨に止まっている大箱の荷馬車が見える。
私がかつて生み出した『正解』が、彼らを縛り付けている。
五年前の栄光が、現在進行形で兵士たちの手足を奪い、物流の首を絞めているのだ。
「リディア」
不意に、背後からレオンハルトの声がした。
「……お前が責任を感じることはねえ。お前の案は確かに五年前、俺の部下百人を救った。その後、運用を見直さずに盲信し続けた俺たち軍の上層部の怠慢だ」
彼は私の手元にある古いマニュアルを見て、すべてを察したように言った。
慰めてくれているのだとわかった。だが、私は首を横に振った。
「いいえ。制度というものは、状況の変化に合わせて常に更新されなければならない生き物です。過去の形に固執すれば、それはただの障害物になる」
私は古いマニュアルを閉じ、将校へ向かって真っ直ぐに告げた。
「将校殿、あなたが規定を破ったことを責めるつもりはありません」
私の声は、雪原に落ちるように静かに、けれどはっきりと響いた。
「あなたが悪いのではない。五年前に私が作ったこの成功策こそが、今の流れを塞いでいるのです」




