第七話 カメムシとカニムシと山村の異変
千賀:山村ぁ……(鳴き声)
山村:もう勝手にしろ……
穏やかな微睡みに、まだ寝ていたいという思いが首をもたげたが、すぐに山村の事を思い出してすくっと起き上がった。
「山村」
俺はここに何をしに来たのか。
山村だ。
山村を助けに来たんだ。
それを忘れてはいけない。
机の上には、服の上に一枚の紙が置かれていた。
[ボタン飛ばして悪かったな。次の街ではこれを使え]
その下には、アロハシャツと、水着が置かれていた。
アロハシャツを着てみたが、不安になって宿屋の人に「似合ってますか」と聞けば「準備万端ですね!」と返って来た。
問題は無いらしい。
「俺は……浮かれポンチだ……」
少しだけ残った頭痛に、昨日の山村の苦しげな表情を思い出して、俺は頭を抱えた。
山村から何か言われてないかなとチラリと見たが、無言だ。
山村も忙しいのだろう。
くよくよしていても仕方がないので、朝ご飯を食べられる店を探すが、中々見つからない。
どの店もこの店も昼間からの営業だ。
困り果てていた俺の前に現れたのは、見覚えのあるハンバーガーチェーンだった。
「てりやきチキンバーガーのセットで、セットはサラダで、飲み物は紅茶でお願いします」
「はいよ」
少し待っただけで食べ物が出てくる環境の何と素晴らしい事か。
俺は山村に頭を下げて血をもらうか、店で高い血を購入するか、父さんに血をもらうかの三択しか無い。
「人間……ずるい……」
俺は人間の食事の選択肢の豊富さに嫉妬しつつも、ならば、吸血鬼達だけの街を作れば良いのではと考えた。
しかし、どの道人間と全面戦争になる未来しか見えずに諦めた。
吸血鬼は、山村が思うよりもずっと危険な怪物なのだ。
山村は、それをどこまで分かっているのか。
「山村……」
昨日の山村も、その前の山村も身体が冷たかった。
それに、よく考えたら俺を軽々と持ち上げてはいなかっただろうか。
最近の山村には不自然な点が多い。
いつか話してくれるかも知れないが、それまでに山村は昨日の様にずっと苦しむのだろうか。
山村は「俺が選んだこと」とは言っていたが、では、山村は何を選んで、どうしてこの夢の中に引き篭ろうと思ったのか。
後何か少しで掴めそうだが、まだ決定的な事は分からない。
ただ山村が苦しんでいる、それだけは確実だ。
俺はさっさと久し振りのハンバーガーとサラダを食べて、備え付けのゴミ箱に捨てた。
「おっ」
街から少し離れただけで、犬よりも大きなカメムシが闊歩していた。
幸い、俺を狙っていない様子なので放置した。
しかし、カメムシはただの餌にすぎなかった。
岩場の奥から現れたのは、五メートルはあろうかという巨大なカニムシ。
カニムシ?!
「気をつけろ! カニムシはハサミに毒がある!」
何故ここにマイナーな土壌動物がとか、何故それと戦う人間がいるかとかは抜きにして、俺は兎も角習った様に剣を構えた。
「危ない!」
一人がハサミで狙われている隙に、俺はカニムシの脚を一本落とした。
すかさずカニムシが俺に向き直るが、遅い。
「助かった!」
その隙に、一人の冒険者がハサミを落とした。
カニムシは音も無く怒り狂って、ハサミなどを滅茶苦茶に振り回して暴れ始めた。
「ああなったら、少し距離を置くしか無いわ」
そして、暴れ回るカニムシにカメムシが当たるのは必定。
辺りは臭い匂いに包まれ、人間達は川までの進行を余儀なくされた。
俺が助けたのは、男女ペアの冒険者だった。
「俺はマサル。さっきは助かった」
「私はマリーよ。ありがとね」
「俺は千賀だ。助けられて良かった」
川に入って衣服ごとザブザブと洗いながら自己紹介を終えた。
「千賀さんも隣町にご用ですか?」
「あ、はい。更に先を目指す為にですね」
「今は、でっかいプールでキャンペーンやってるらしいぞ。全部回った人に、町長と共に写真撮影ができるとかいうイベントをやってると聞いた」
マサルは、「そんなイベント誰がやるんだよ」と言っているが、俺は良い事を聞いたなと思った。
「ありがとう、早速行ってみる」
俺はびしょ濡れのままカードを提示し、関所の中に水滴を落としながら、次の街へと歩いて行った。
「こんにちは、プールの準備万端?」
「はい、そうです」
門番はまだ乾かない俺の姿を見て、一人で納得して「プールはそっちだよ」と教えてくれた。
入り口でカード支払いをした後、俺はワクワクしながら、長めのロッカーにベルトごと剣などをしまった。
吸血鬼となってから、泳ぐという行為が難しくなっていた。
流れる水の中では身動きが取れなくなり、そのまま沈んでしまうからだ。
だから、父さんには絶対に水に入るなと俺に厳命していた。
そうなったら、父さんも助けられないからね。
山村の持たせてくれた水着に穿き替えると、丁度大きさがピッタリだったので驚いた。
山村はこの為に、俺の下着を洗濯にかける時等にサイズを確認していたのではと考えると、また山村が愛おしくなった。
「山村〜」
俺がそう呼ぶと、山村は[今忙しいから後にしてくれ]とメッセージが来た。
「俺は山村と一緒に遊びたいよ」
[どちらにしろ今は無理だ。お前一人で寂しかったらナンパでもしろ]
山村からの返事はにべもなく、俺はめそめそしながらプールへと向かった。




