第四話 ペットより山村に決まってるよ
千賀:生物の専門家だが、動物が特に好きではない。山村が大事
山村:何だかんだ言って千賀が大事
「びっくりした」
俺は荷物をしまって、とりあえず扉の奥に進んでみた。
奥には美しい湧き水と池、洞窟の上から差し込む木漏れ日に、見た事のない植物が生えていた。
すると、いつぞやの小人が現れて、あの見た事のない植物をしきりに指差していた。
「これを取って帰れば良いのか?」
小人は頷いた。
俺はとりあえず枯らしてはならないと思い、数株引き抜いてそのまま鞄に突っ込んだ。
いつの間にか小人は消えており、俺はこの光景を目に焼き付けて、いつか山村を連れて来たいなと思った。
俺が扉を出ると、扉はひとりでに閉まった。
自動ドアだった。
よく分からないが、冒険者達はこの草本植物を求めてここまで来ていたのだろうか。
何だか良く分からないが、とりあえず町長の家に行ってみる事とした。
「すみません、あの、ダンジョンの扉? を開けた者なんですが」
「しっ! 話は中に入ってから頼む」
出迎えた細身の男性は、口に指を当てて俺を家に入る様に招き入れた。
「失礼した。改めて、私が町長だ。そして、妻だ」
椅子に座った俺と町長に、町長の奥さんは熱いお茶とお菓子をくれた。
俺は忘れる前にと、小人が教えてくれた草本植物を鞄から取り出した。
「これ、どうぞ」
「ありがとう」
町長は素直に受け取り、奥さんに渡した。
「実は、あの仕掛けを考えたのは私なのだ」
町長はダンジョンについて話し始めた。
「あの花はな、ある程度の人の出入りがあって初めて少しだけ咲くものなのだ。その薬効から、多くの者に狙われていたため、私が扉を条件付きで開くようにしたのだ」
「へぇー」
「君は分かったと思うが、あの扉の前でしばらく日向ぼっこをすることが条件となる」
「あぁ、そうだったんですね。知らなくて普通に寝てしまっていました」
俺の言葉に、町長は「それでいいんだ」と頷いた。
「ここからが本題だが、一つ依頼を受けてはくれないだろうか」
「依頼……ですか?」
「そう、のんびりとした時間を大切にできる君だからこそ、頼みたいんだ」
そう言って町長は一つの卵を手渡して来た。
ダチョウの卵程度の大きさだが、形はニワトリの卵に似ていた。
「この卵を、温めながら旅をして欲しい。多分、次の街に行くまでには孵るだろう。そうしたら、冒険者ギルドに預けてくれればいい。頼めるだろうか?」
俺は卵を見て、少し考えた。
中から何が生まれるか分からないが、何でも小さな内は可愛いものだ。
俺は少しワクワクしながら、「引き受けます」と卵を受け取った。
「これでよし」
奥さんの手伝いの下、俺は卵を赤ちゃんの様に前に抱っこできる様な紐を装着してもらった。
少し見た目が変かもしれないが、それは仕方がない。
「今晩はこの街に泊まるといい。『オールグリーン』という宿屋がおすすめだ」
「ありがとうございます」
俺は卵が落ちない様に頭を軽く下げて町長の家を後にした。
「オールグリーンって宿屋はどちらですか?」
「あっちだけど、にーちゃん偉いね。飴ちゃんあげちゃう」
「あ、ありがとう」
通りすがりのもの知りそうな女性に道を聞けば、何故か飴をもらった。
「美味しい……」
飴は昔懐かしいパイン味だった。
「すいません、夕食と朝食付き一名って空いてますか?」
「スイートしか空いてないけど、いいかい?」
宿屋オールグリーンは盛況で、俺は黒いカードの残高を思い出して「はい」と答えた。
こちらの宿も、一階はレストランが併設されていた。
「これは……」
イタリア風の絵画、ザ・ファミレスな店内、謎の格調高そうな音楽に、俺は既視感しか覚えなかった。
「すみません、エスカルゴと、小エビのサラダと、田舎風スープ、普通のドリアでお願いします」
「はーい」
ウェイトレスさんに注文をすると、程なく料理が届いた。
このチェーン店はずっと、俺の生活と共にあった。
辛い時も、悲しい時も、この物凄く美味しいとは言えないものの、どこかほっとする味に助けられて来た。
それをまた食べられるだなんて!
実は、今年に入ってから中々行けておらず、小エビのサラダは山村が食べていたのを見ている事しかできなかったので、ここで食べられて嬉しい。
「山村……」
ここに山村がいてくれたら、どんなに良かっただろうか。
一緒にこの味を分かち合えない事が、どれ程の損失なのか、計り知れない。
俺はそんなことを思いながら、最後の一口まで綺麗に食べ切った。
お会計を済ませ、受付で聞いた部屋に入ると、綺麗に整えられた真っ白なシーツに、何故かスーツとワイシャツもついていた。
「着て良いって事かな?」
不安になったので受付に確認すると「良かったらお使い下さい」とのこと。
とんでもないサービスだと思いつつ、お言葉に甘えて明日の服にする事とした。
何と、部屋には個室風呂がついており、俺は思う存分シャワーもお湯も楽しむ事ができた。
「凄い、流れる水でも動ける!」
俺は年甲斐も無く一人ではしゃぎながら風呂を堪能した。
風呂の中で暇だったのでメッセージを見ると、山村からのコメントがたくさん来ていた。
最後のコメントは[風呂ではしゃいで頭打つなよ]だった。
「山村、風呂を覗いてる……?」
俺がそう言うと[覗いていない。覗いていないから安心しろ]と返事が来る。
俺は山村と風呂に入る事もあるので、逆に不安になり、
「山村、ちゃんと見ててね……」
と呟いた。
[見ねえよ!!]と返事が来た。
「この卵、何の卵なんだろう」
俺は胸に卵を乗せながら寝そべっていた。
ツンツンと突くと、コツコツと返って来た。
「おっ」
しかし動いたのはそれきりであり、後はうんともすんとも言わなかった。
俺は昔から寝相が良い方だが、この卵を潰してはまずい。
俺は横を向き、卵を抱きしめて眠った。
カーテンから差し込む薄日で目を覚ますと、卵が割れていた。
「ぃえっ?!」
俺は慌てて布団を引き剥がすと、そこには形容し難い毛玉が蹲っていた。
「こんにちは」
「キュ? キュキュキュ!」
毛玉を持ち上げて観察すると、どうやら鱗と鉤爪のある足と、もふもふの翼がある事が分かった。
それと、食肉目の後脚もある。
「何だこれは」
俺は分類に困り果てて、「山村、山村」と語りかけた。
[それはグリフォンだよ。見りゃわかんだろ]
「グリフォン……? 地球上に存在しているのか?」
[伝説上の生き物! ドラゴンと同じようなもんだよ。ワシとライオンを組み合わせたような見た目をしているんだよ]
「へぇー、そんな動物がいるのか」
[だからいねぇっつってんだろ!]
俺はしげしげとグリフォンとやらを観察した。
目は猫というよりも猛禽で、頭から腹の辺りまではパヤパヤの羽毛が生えていた。
その後ろは、確かにネコに近い。
だが、全身真っ黒なので、触ってみないと何が何だか分からなかった。
「ピョー! ピピっピピっ!」
突然、グリフォンとやらは大きな声で鳴き始めた。
これは私にも意味が分かった。
腹が減ったのだろう。
「おやまぁ、かわいい子だねぇ。うちの猫にやってるもんの残りを少しあげるからねぇ」
宿の従業員は、グリフォンとやらを撫でながら、慣れた手つきで嘴を割って餌を流し込んだ。
お腹がいっぱいになったグリフォンとやらは寝た。
「これでよし」
従業員は、私の卵の紐にタオルを詰めて、グリフォンが落ちない様に抱っこ紐を改造してくれた。
俺は一応卵が孵った事を知らせる為に、再び町長の家に来ていた。
「おお、孵ったか」
再び起きて餌のおねだりを始めたグリフォンとやらを、町長の奥さんは手慣れた様子で餌付けをしていた。
「この子達は気難しくてね、気に入った人のとこじゃないと卵から出ようとすらしないんだよ」
そう言って、奥さんは俺に給餌セットを手渡した。
「この容器をあげるから、これに少しずつ水と餌を入れて混ぜて口に突っ込んでね」
「分かりました」
また満足して寝たグリフォンとやらを撫でながら、俺は頷いた。
「なにか、名前をつけてあげてくださいね」
「名前……?」
俺は迷いに迷って「村黒」と名付けた。
山村の村と、色の黒だ。
村黒は、気持ち良さそうに俺の手に擦り付いた。
一度宿に戻り、荷物をまとめてスーツに着替え、着ていた服は鞄に畳んで入れた。
お会計を済ませて外に出ると、路地には優しい日差しが注いでいた。
早速、村黒が熱い。
まるで、熱を出している時の様な温かさだ。
さわさわと手を出してやると、生えたての爪で俺の手をやわやわと握り返してきた。
その時、以前の山村との会話を思い出した。
確か、山村は「猫を飼いたい」だとか「猛禽を飼ってみたい」だとか言っていた記憶がある。
胸の村黒を見る。
猫と猛禽の合いの子の様な姿をしている。
俺は、確かに村黒は可愛いが、山村の大事さには敵わないなと思いながら歩き続けた。
村黒の腹の減りは早い。
俺は一々立ち止まって、村黒に餌付けをしてやった。
段々と温かい村黒に愛情が芽生えた様な気がしたが、やはり、柔らかくはなくとも山村の毛に及ぶ愛しい存在などありはしない。
そんな事を思っていると、突然関所が現れた。
ここが、冒険者達が通れなくなる場所か。
「こんにちは」
「こんにちは、千賀さんですね。どうぞお通り下さい。あとこれもどうぞ」
門番は、何故かラムネの瓶を俺にくれた。
俺は首を傾げながらも、久々のラムネを飲んだ。
しゅわしゅわで、甘くて、楽しかった。
何度も道中で餌をやりながら、昼頃には次の街に着いた。
「繁華街……?」
次の街は、まるで大都市の駅周辺の様な雑踏だった。
俺は押されない様に村黒を守りながら、地図に従ってギルドへと足を運んだ。
「千賀さんですね。あらー、可愛いですね! お名前は?」
「村黒と呼んでいます」
「なかなか渋いですね」
俺は受付の女性に村黒を引き渡すと、村黒は暴れた。
「村黒。悪いが俺は山村を助けに行かねばならない。お前を危険な旅に連れては行けない」
俺はそう言い残して、村黒のお世話セットごとギルドに預けた。
ふと、山村からのメッセージを見ると、[お前はペットを飼いたくはなかったのか?]と聞かれていた。
「俺は山村がいれば良い。寧ろ山村が良い」
[さいですか]
そのメッセージからは、満更でもない山村の顔が浮かぶ様だった。




