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第一話:新生活 (二)

今日は平日ということもあって、お客さんはそれほど多くなかった。午後二時を過ぎる頃には、ランチを食べていたお客さんのほとんどがお会計を済ませて店を出て行ったが、一人の壮年の女性だけがまだ残っていた。


彼女はすでに一時間以上、一人で座っている。ケチャップ味の西炒飯(香港風チャーハン)を食べ終えた後、じつに優雅な様子でアイスレモンティーを味わいながら、手元にある香港の旅行雑誌をじっくりと読みふけっていた。


「懐かしいわね……」彼女はページをめくりながら、ぽつりと独り言を呟いた。


その没頭している姿を見て好奇心をそそられた僕は、思わず声をかけた。「香港に行かれたことがあるんですか?」


女性は思考を遮られたかのようにハッとして、僕に向き直った。「あら、ごめんなさい! 迷惑だったかしら?」


「いえ、とんでもないです。ただ少し気になっただけですから。香港へ行かれたことがあるんですよね?」僕はもう一度同じ質問を繰り返した。


「ええ、もうずいぶん昔のことだけどね。マスター、あなたは香港の方?」


僕はうなずいた。


「日本語がとてもお上手ね。訛りも全然なくて分からないわ」日本人の典型的なお世辞だと分かっているので、僕は特に気に留めなかった。


女性は微笑みを浮かべると、財布を取り出し、中にそっと忍ばせてあった写真を見せてくれた。よく見ると、写っていたのは若かりし頃のレスリー・チャン(張國榮)だった。端正で、どこか優雅な佇まいをしている。


「昔は彼のコンサートを見るために、よく香港へ行ったものよ。映画も全部観たわ。一番好きなのは『もういちど逢いたくて(星月童話)』。彼が撮った中で最もロマンチックな映画だわ。あの頃、彼は日本でも本当に大人気だったのよ。」


まさか、この小さな島で香港スターのファンに出会うとは思ってもみなかった。


「彼のファンなら、彼の曲を流しますね。」


そう言って、僕はBGMを『有心人』に切り替えた。


「でも、彼がこの世界を去ってからは、一度も香港に行っていないの。香港もずいぶん変わってしまったでしょう?」


一世代のスーパースターは、その場所にとって時代の象徴でもある。巨星が堕ちてから、その場所もまた、かつてと同じではなくなってしまった。香港の変化の大きさは、三言二言で説明できるものではない。僕はただ、軽く受け流すことしかできなかった。


「ええ、ずいぶん変わりましたよ。ぜひまた、ご自身の目で確かめに行ってみてください。」


女性の表情が、急に少し陰った。「いつか、また旅行に行けたらいいわね……。でも、今の私にはまだ、そんなエネルギーがないの」その言葉の裏には、何か物語があるようだった。けれど、僕は深く詮索しなかった。話したいことがあれば、自然と話してくれるものだから。


「今日はありがとう。久しぶりの味が、たくさんの思い出を呼び起こしてくれたわ。」


「いつでも大歓迎ですよ。」


「カムホウラ! マタキマス(いい、またきます。)」彼女はなんと、拙い広東語でそう言ったのだ。


「広東語が話せるんですか?」僕はつられて広東語に切り替えた。


「シッスースーラ(少しだけです)。」


小豆島で店を開いて三年間、広東語を話せる日本人に出会ったのはこれが初めてだった。


お会計の際、彼女にお名前を尋ねてみた。


「久保と申します。隣町の池田港のほうに住んでいるの。それじゃあ、またね」

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