EP 5
タローマンの工具と、月影流・鐘打ち(製材)
「……さむっ」
朝。心地よいもふもふの感触から目覚めたものの、私は思わず身をすくませた。
村長であるキャルルちゃんの家は、掃除が行き届いていて清潔だけれど、いかんせん建物自体が古い。壁の板の隙間から、ひゅるりとした秋の冷たい風が容赦なく吹き込んできているのだ。
隣で気持ちよさそうに丸まっているキャルルちゃんに毛布を掛け直し、私はそっと布団を抜け出した。
(せっかくの『もう頑張らなくていい居場所』なんだから、寝起きの寒さで震えるのは嫌だな)
前世の社畜時代、エアコンの壊れたボロアパートで、電気毛布にくるまりながら震えて企画書を書いていた記憶が蘇る。あの惨めな思いは、もう二度としたくない。
自分の城は、自分の手で最高に快適な空間にする。
それが、これからの私のスローライフの第一歩だ。
私は胸元からエンジェルすまーとふぉんを取り出し、昨日の金平糖で増えたポイントを確認した。
現在の所持ポイントは【250pt】。これだけあれば、簡単なDIYの道具と材料くらいは揃えられるだろう。
私が開いたのは、アナスタシア世界で広く知られる謎の総合店舗【タローマン】のカタログだ。武器や防具から、ガテン系の職人向け作業服、さらには日用大工の工具まで、ホームセンターと武器屋が悪魔合体したような品揃えを誇っている。
「ええと、必要なのは……『初心者向けDIY工具セット(金槌、釘、ノコギリ)』。それから、隙間風を防ぐための断熱材……あ、これいいかも。『乾燥レ足ス』」
レ足ス。シャキシャキとした食感の野菜だが、乾燥させた外皮は異常な保温効果を発揮し、この世界では住宅の断熱材として重宝されているらしい。価格も手頃だ。
「よし、購入っと」
ぽちり、とボタンを押すと、光の粒子とともに足元に工具箱と、ふかふかに乾燥したレ足スの束が現れた。
「――ふわぁ。ゆつき、朝から何してるの?」
私がハンマーの重さを確かめていると、寝癖で兎耳を片方だけ折ったキャルルちゃんが、目をこすりながら起きてきた。
「あ、おはようキャルルちゃん。この家の隙間風を塞ごうと思って、道具をお取り寄せしたんだ。これからの季節、寒くなるでしょ? あったかい部屋で、一緒にのんびりしたいなって」
「えっ、私の家を直してくれるの!? でも、壁の板を打ち直すなら、新しく『木の板』が必要だよ? 裏の森に木はいっぱいあるけど、それを板にするのは村の男手でも一日がかりで……」
「そうなんだよね。一応ノコギリはあるけど、私一人で丸太から板を切り出すのは無理かも」
前世で培った段取り力のおかげで、「隙間を塞ぐ手順」は完璧に頭に入っている。だが、圧倒的に物理的なパワーが足りない。
すると、キャルルちゃんはパチリと目を瞬き、ふんす!と鼻息を荒くして立ち上がった。
その顔には「ついに私の出番がきた!」と書いてある。
「ゆつき、ちょっと待ってて! 丸太と板なら、私が用意するから!」
「え? でも一日がかりって……」
「いいからいいから! ゆつきはあったかいお茶でも飲んで待ってて!」
キャルルちゃんはタローマン特注の安全靴をバタバタと履き込み、疾風のように外へ飛び出していった。
十五分後。
ズッシーン!という地響きとともに、キャルルちゃんが私の背丈ほどもある立派な丸太を軽々と担いで戻ってきた。
100mを5秒台で走る身体能力は伊達ではないらしい。人間とは根本的にエンジンが違うのだ。
「丸太、獲ってきたよー! で、これを板にすればいいんだよね?」
「う、うん。でも、ノコギリで切るには大きすぎるよ……キャルルちゃん、怪我しないように――」
「任せて! 板の厚さはこれくらいでいい?」
私が指で厚みを示すと、キャルルちゃんは丸太を庭の地面にドンと立てた。
そして、ふぅ、と短く息を吐き、腰を深く落とす。彼女の足元、あの無骨な安全靴の周りに、青白いオーラのようなもの――『闘気』がシュウゥゥと音を立てて集まり始めた。
「月影流――」
トンファーを構えたわけでもない。彼女はただ、一歩踏み込み、目にも止まらぬ速さで丸太の側面に回し蹴りを放った。
「――『鐘打ち(かねうち)』ッ!!」
パァンッ!!という、空気を切り裂くような破裂音。
私が思わず目を閉じた次の瞬間。
「よし、できた! 綺麗に割れたよー!」
キャルルちゃんの明るい声に目を開けると、先ほどまで一本の丸太だったものが、見事に均等な厚さの「木の板」として何枚も重なるようにスライスされて倒れていたのだ。
ノコギリなんて全く使っていない。闘気を纏わせた安全靴の鋭い蹴り一発で、丸太の繊維を正確に断ち切ったらしい。
「……えぇぇ!?」
「えへへ、私の蹴り技、便利でしょ? 戦闘だけじゃなくて、薪割りから製材まで何でもできちゃうんだよ!」
得意げに兎耳をぴんと張るキャルルちゃんに、私は前世の常識を宇宙の彼方へ放り投げるしかなかった。
なるほど、これがファンタジー。圧倒的な武力は、時に最高の大工道具になるのだ。
「すごいよ、キャルルちゃん! これならあっという間に終わるかも!」
「ほんと!? やったぁ! で、私は次、何をすればいい!?」
尻尾をぶんぶんと振って指示を待つキャルルちゃんに、私は前世のオフィスで培った『プロジェクト進行の段取り』を全開にした。
板の長さを調整する指示を出し、私はタローマンのハンマーと釘を持って、壁の隙間へと向かう。
「よし、まずはこの隙間の奥に『乾燥レ足ス』をぎゅうぎゅうに詰め込んで……キャルルちゃん、その板をこっちに押さえてて!」
「りょーかい!」
「そこを私が、金槌で……トントン、よし!」
二人で息を合わせ、隙間を断熱材で埋め、上から真新しい板で塞いでいく。
前世の仕事は、どんなに効率よくこなしても、手柄を奪われて終わるだけだった。でも今は違う。釘を一本打ち込むごとに、隙間風が消え、部屋の空気が確実に暖かくなっていくのを感じる。
自分の手で、自分たちの暮らしを良くしているという『手応え』が、たまらなく嬉しかった。
* * *
二時間後。
寝室の壁の隙間はすべて塞がれ、綺麗に板が打ち付けられていた。
「わぁ……風が入ってこない! それに、なんだかすごくポカポカする!」
部屋の真ん中で、キャルルちゃんがパタパタと走り回りながら歓声を上げた。
「乾燥レ足スのおかげだね。これで、朝起きて震えることもなくなるよ」
「結月、すごい! 大工さんみたい!」
「キャルルちゃんが板を用意してくれたおかげだよ。私一人じゃ、到底無理だったもん」
私が微笑むと、キャルルちゃんは照れくさそうにモジモジと長い耳を垂らした。
「私、村長なのに……今まで、村のみんなを回復させたり、魔物を追い払ったりしかできなかったから。結月みたいに、暮らしを『あったかく』する魔法は使えなかったんだ」
「ううん。キャルルちゃんの優しさと強さがあるから、私はこうして安心して暮らしを作れるんだよ」
私が手を伸ばして彼女の頭を撫でると、キャルルちゃんは嬉しそうに目を細め、私の手にすりすりと頬を擦り寄せてきた。相変わらず、極上の癒やしもふもふだ。
完全に風をシャットアウトした部屋は、昼下がりの日差しを集めて、まるでひだまりのようにぽかぽかとしている。
「じゃあ、お疲れ様の休憩にしよっか。昨日沸かしておいたお湯で、お茶を淹れるね」
「うんっ!」
淹れたての温かいお茶を二人で飲みながら、ふかふかの絨毯の上に座り込む。
もう、誰かに急かされることはない。
納期も、理不尽な会議も、ここにはない。
あるのは、自分たちで作った快適な部屋と、温かいお茶、そして優しい親友だけだ。
『ピロリン♪』
ポケットの中で、静かにスマホが鳴った。
『通知:善行ポイント獲得!』
『【知恵と力(物理)の劇的ビフォーアフター】を検出!』
『「女の子二人のDIY動画、癒やされる!」「村長さんの蹴り製材ワロタ」とゴッドチューブでDIY系動画として大バズり中! PV率好調ですっ!』
『獲得ポイント:+100pt!』
見習い女神様も、どうやらこの「あったかい部屋」の完成を喜んでくれているらしい。
増えたポイントで、今度はふわふわのクッションか、それとも温かいスープでもお取り寄せしようか。
幸せな計画を頭の片隅で練りながら、私は隣でうとうとと船を漕ぎ始めた兎耳の親友の肩に、そっと自分の肩を寄せた。
読んでいただきありがとうございます。
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