EP 4
金平糖の魔法と、嘘を見抜く長い耳
ルナキンの特大苺パフェによる強力な回復効果(と、キャルルちゃんのもふもふによる精神的癒やし)のおかげで、私の体調は数日で驚くほど良くなった。
ベッドから起き上がれるようになった私は、さっそく村の様子を知るために、キャルルちゃんのお下がりという少し大きめの麻のワンピースを着て外へ出てみた。
「……なるほど、これは確かに『再生』のしがいがありそう」
ポポロ村は、豊かな森と美しい小川に囲まれたのどかな場所だった。しかし、ポツポツと建ち並ぶ家屋はどれも古く、屋根の板が剥がれていたり、壁に隙間が空いていたりする。
ここはルナミス帝国、レオンハート獣人王国、アバロン魔皇国という三大勢力の緩衝地帯――つまり、国境の狭間にある村だ。
大きな戦争こそ起きていないものの、小競り合いの影響や、過酷な環境から逃れてきた人々が流れ着く場所らしい。
村の広場のような場所に歩いていくと、数人の小さな子どもたちが、地面に木の枝で絵を描いて遊んでいるのが見えた。
人間の小さな男の子、犬の耳としっぽを生やした獣人の女の子、そして頭に小さな角がある魔族の男の子。種族はバラバラだが、みんなボロボロの服を着ており、ひどく痩せていた。
私の姿に気づいた子どもたちが、ビクッと肩を震わせて手を止めた。
「あ、ごめんね。驚かせるつもりじゃなかったの。私、結月。キャルルちゃん……村長さんの家にしばらくお世話になることになったの」
私がしゃがみ込んで目線を合わせると、一番年長らしい犬耳の女の子がおずおずと前に出た。
「あの……村長さんの、お客さんですか?」
「お客さんっていうか、拾ってもらった恩返しに、村のお手伝いをしようと思ってるんだ」
そう言って微笑むと、子どもたちは少しだけホッとしたように表情を緩めた。
しかし、その直後。
『きゅるるるるぅ……』という、可愛らしくも切実な音が、犬耳の女の子のお腹から鳴り響いた。
女の子はパァッと顔を赤くして、慌てて自分のお腹を押さえた。他の子どもたちも、所在なさげに目を伏せている。
「お腹、空いてるの?」
「す、空いてません!」
私が尋ねると、犬耳の女の子は首を横に激しく振った。
「私たち、我慢できます! 大人の人たちの方が、畑仕事でいっぱい力を使うから……私たちは、これくらい平気です。だから、大丈夫!」
健気に言い張るその言葉を聞いて、私の胸の奥がチクリと痛んだ。
『大丈夫』『我慢できます』『平気です』。
それは、前世の私がブラック企業で呪文のように唱え続けていた言葉だ。
本当はしんどいのに。本当は休みたいのに。周りに迷惑をかけちゃいけない、自分が我慢すれば丸く収まる――そうやって自分をすり減らしていった結果、私は倒れた。
大人の私ですら耐えきれなかったその呪縛を、こんな小さな子どもたちが自分自身に言い聞かせている。
それが、どうしようもなく悲しかった。
(お腹を満たすだけなら、おにぎりやパンをお取り寄せすればいい。でも……)
栄養のあるものを急に食べさせても、この子たちの『申し訳なさ』は消えないだろう。「こんな贅沢していいのかな」と、かえって委縮してしまうかもしれない。
今、この子たちに必要なのは、ただお腹を満たすだけの食糧じゃない。
子どもの頃にしか味わえない『純粋な嬉しさ』と、心がふわりと浮き上がるような『甘い魔法』だ。
「……ねえ、ちょっとだけ待っててくれる?」
私は立ち上がり、子どもたちの死角になる大きな木の後ろに隠れた。
そして、胸元に忍ばせていたエンジェルすまーとふぉんを取り出し、通販アプリを起動する。
「お菓子、お菓子……あった、【地球の味:三色の金平糖】!」
価格は【20pt】。現在の所持ポイントからすれば余裕で買える。
『購入』ボタンをタップすると、淡い光とともに、私の両手の中に小さなガラスの小瓶が現れた。
中には、ピンク、黄色、水色の、星の形をした小さなお菓子がキラキラと輝きながら詰まっている。
「よし」
私は小瓶を隠すように持って、再び子どもたちの前に戻った。
「みんな、手を出してみて?」
「え……?」
戸惑いながらも差し出された小さな手のひらに、私は小瓶から金平糖をカラカラと注ぎ分けた。
「わぁ……なに、これ? お星さま?」
「綺麗……キラキラしてる」
子どもたちの瞳が、手のひらの上の小さな星屑に釘付けになる。
「これは『金平糖』っていうお菓子なの。お腹がいっぱいになるご飯じゃないけど、一口食べると、魔法みたいに元気が湧いてくるんだよ。内緒の魔法だから、大人の人たちには気にしないで食べてみて」
「……魔法」
犬耳の女の子が、おそるおそるピンク色の金平糖を一粒つまみ、小さな口に運んだ。
カリッ、と可愛らしい音が響く。
その瞬間、女の子の犬耳がピクッと跳ね、ぱぁぁっ!と顔中が花のように明るくほころんだ。
「あま……あまーい!!」
「本当だ! 口の中でお星さまが溶けた!」
「すごい、おいしいっ! 僕、こんなに甘いの初めて食べた!」
子どもたちは歓声を上げ、次々と金平糖を口に放り込んでいく。
誰かに気を使うことも、我慢することも忘れて、ただ純粋にお菓子の甘さに夢中になっている。その無邪気な笑顔を見て、私自身の心の奥にあったわだかまりが、ふわりと溶けていくのを感じた。
「――おや? 結月、もう起き上がって平気なの?」
その時、ふいに背後から声がした。
振り返ると、特注の安全靴を履いた村長さん――キャルルちゃんが、腰にトンファーを提げた姿で立っていた。長い兎耳が、ご機嫌そうに揺れている。
「あ、キャルルちゃん。うん、すっかり良くなったよ。この子たちとお話ししてたの」
「村長さんっ! 結月お姉ちゃんが、魔法のお星さまをくれたの!」
子どもたちが、自慢げに金平糖を見せる。
キャルルはそれを見て目を丸くした後、ふふっと優しく微笑み、長い耳をピクピクと動かした。
「そっか。よかったね、みんな。……本当は、甘いものが食べたくて食べたくて、たまらなかったもんね?」
「えっ?」
犬耳の女の子がハッとしてキャルルを見上げる。
「私にはわかるんだよ。月兎族の耳はね、心音を聞けば嘘をついてるかどうかわかるの。みんな、大人のために『我慢できます』って嘘をついてたけど……心臓は『甘いものが食べたいよぉ!』って、すっごく元気な音で鳴ってたからね」
「あ……うぅ……」
「でも、結月のくれたお星さまを食べた瞬間の心音は、本当に幸せそうで……嘘偽りのない、まっすぐな喜びの音だった。よく我慢してたね。えらいえらい」
キャルルが子どもたちの頭を順番に撫でていく。
子どもたちは照れくさそうに笑いながら、キャルルの足元にすり寄った。
「結月。あんたってば、本当にすごいね」
キャルルが私の方を向き、ルビーのように赤い瞳でじっと私を見つめた。
「急に栄養のあるものをあげたら、この子たちが引け目を感じるってわかってたんでしょ? だから、あえて『ご飯』じゃなくて『お菓子』をあげた。心の空腹を満たすために」
「……そんな、大層なことじゃないよ。ただ、私が甘いもので癒やされたかったのと同じように、この子たちにも笑ってほしかっただけで」
「ううん、それがすごいんだよ!」
キャルルは急に私の両手をガシッと握りしめ、ずいっと顔を近づけてきた。
頭の上の極上もふもふ兎耳が、またしても私の頬にスリスリと当たっている。
「自分のことを後回しにしてでも、誰かの心に寄り添える結月の優しさは、本物だよ。この私が保証する! もし結月のその優しさを踏みにじるような奴がいたら、私が特注の安全靴で顎を砕いてやるからね!」
「あ、顎を砕くのは本当にやめてね!? 怖いから!」
「任せて! 私の『月影流・顎砕き』は、痛みを感じる前に意識を飛ばすから安心だよ!」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ!?」
過保護なヤンデレ気質を全開にして鼻息を荒くするキャルルに、私は苦笑いしながらも、その温かい言葉に胸がじんわりと熱くなった。
『ピロリン♪』
ふいに、ポケットの中でスマホが振動した。
こっそりと画面を覗き込むと、見慣れたピンク色の通知が届いていた。
『通知:善行ポイント獲得!』
『【我慢を重ねる子どもたちの心に寄り添う、金平糖の魔法】を検出!』
『「こんなん泣いちゃう」「優しい世界」「癒やしこそ至高」と、ゴッドチューブのコメント欄が涙腺崩壊の嵐! PV率爆上がりでエターナル建設予算が潤いましたー!』
『獲得ポイント:+200pt!』
(見習い女神様も、喜んでくれてるみたいだね)
ポイントが増えたということは、また誰かを、そして私自身を幸せにするための道具を取り寄せられるということだ。
子どもたちの屈託のない笑い声。
過保護で強くて、あったかい兎耳の村長さん。
そして、木漏れ日が差し込むこの貧しくものどかな村。
「……ねえ、キャルルちゃん」
「ん?」
「私、少しずつポイント……じゃなくて、恩返しをしていくからね。まずは、キャルルちゃんの家の『すきま風』をどうにかしないと。せっかくの居場所なんだから、もっと快適にしたいし」
「えっ、家の修繕なんてできるの? 結月、ひ弱そうなのに……あ、まさかまたあの魔法!?」
「ふふっ、お楽しみに」
ブラック企業で死ぬほど働いていた前世の段取り力が、こんなところで役に立つなんて思わなかった。
私は、頭の中でタローマンのカタログを思い浮かべながら、次のお取り寄せ計画に胸を躍らせたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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