EP 3
初めてのお取り寄せは、ルナキンの苺パフェ
バタン、と元気な音を立ててキャルルが部屋を出て行った後。
私は毛布にくるまりながら、手の中にあるエンジェルすまーとふぉんの画面をスクロールしていた。
(キャルルちゃん、顔色は少しマシになってたけど……やっぱり無理してるよね)
前世のブラック企業で、私は部署の「なんでも屋」だった。
上司の顔色を窺い、同僚の疲労度を察知しては、先回りして栄養ドリンクやコーヒーを差し入れる。けれど、それはいつしか「やって当たり前」の雑用になり、誰からも感謝されることはなくなっていた。
でも、今は違う。
私が気づいたこと、私がやろうとしていることは、私に命を分けてくれた優しい女の子を笑顔にするためのものだ。
「ええと、食品カテゴリーの中に……あった、『ルナミスキング』!」
画面には、前世のファミレスを彷彿とさせるメニューがずらりと並んでいた。ハンバーグ、オムライス、朝定食。どれも美味しそうだけれど、今のキャルルに必要なのは「疲労回復に即効性のある、とびきり甘いもの」だ。
月兎族は甘いものが大好きだと、先ほどもらった人参飴でわかっている。
それに、あの村長の質素な服を見る限り、この村で贅沢な甘味を食べる機会は少ないはずだ。
「これだ……!」
デザートの項目で見つけたのは、【ルナキン特製・大盛り苺パフェ】。
価格は【50pt】。現在の私の所持ポイントはログインボーナスの100ptだから、十分に手が届く。
「よし、注文、確定っと」
画面の『お取り寄せボタン』をタップした瞬間だった。
スマートフォンの画面が淡いピンク色の光を放ち、ベッド脇の小さな木製テーブルの上に、光の粒子が集まり始めた。
きらきらと輝く粒子が実体を結び――ポンッ!という軽快な音とともに、それは現れた。
「わぁ……! すごい、本当に届いた!」
テーブルの上には、ずっしりと重みのあるガラスの器。
底には真っ赤な苺の果肉入りソース。その上にサクサクのコーンフレーク、たっぷりのホイップクリーム、そして冷たく冷えたバニラアイスがこんもりと盛られている。
頂点には、ルビーのように艶やかな生の苺がふんだんに飾られ、粉砂糖が雪のように降り積もっていた。
グラスの表面にはうっすらと結露が浮かんでおり、作りたて、いや『冷やしたて』の完璧な状態だ。
まさに、現代の叡智とカロリーが詰まった至高のスイーツである。
ちょうどその時、外から足音が近づいてきた。
「ふぅー……っと。よし、笑顔笑顔!」
扉の向こうで、キャルルが小さく深呼吸をして、頬をパンパンと叩く音が聞こえる。無理をして疲れを隠そうとしているのだ。
「ただいまー! ゆつき、大人しく寝てたー?」
「おかえりなさい、キャルルちゃん。お疲れ様」
扉を開けて入ってきたキャルルは、ニコニコと笑っていたが、やはり少し足取りが重い。
私はベッドの上に座ったまま、テーブルの上のパフェを手で示した。
「あのね、これ、キャルルちゃんに食べてほしくて」
「えっ?」
キャルルがテーブルを見た瞬間。
彼女の頭の上の白い兎耳が、ピンッッッ!と垂直に立ち上がった。
「な、ななな、なにこれぇっ!?」
キャルルは目を見開き、パフェの前にすっ飛んできた。
「宝石……!? いや、冷たい! 雪!? でも、すごく甘くていい匂いがする……っ!」
「ふふっ、これは『苺パフェ』っていうの。私の、その……ちょっと特別な魔法みたいなもので、お取り寄せしたんだ。私を助けてくれた、キャルルちゃんへのお礼」
「お、お礼って……こんなどう見ても国宝級の食べ物を!? 王宮の晩餐会でも、こんなキラキラしたの見たことないよ!」
「いいからいいから。溶けちゃう前に、食べてみて?」
私は、添えられていた長いスプーンをキャルルに手渡した。
キャルルは恐る恐るスプーンを受け取ると、ごくりと喉を鳴らし、頂上のホイップクリームとバニラアイス、そして苺を一緒にすくった。
そして、小さな口を開けて、ぱくりと頬張る。
「…………っっっ!!!」
キャルルの動きが、完全にピタリと止まった。
そして、次の瞬間。
ぴょこん! ぴょこぴょこぴょこっ!! ばふっ!
頭の上の兎耳が、ちぎれんばかりの勢いで左右に激しく揺れ、羽ばたき、最後にはへにゃんと後ろに倒れた。
「あ、あま、甘いぃぃ……っ! 冷たくて、お口の中ですぐに溶けちゃって、でも苺が甘酸っぱくて……! なんだこれ、なんだこれぇっ!」
キャルルは涙目になりながら、ものすごい勢いでパフェを掘り進め始めた。
サクサクッ、というコーンフレークの心地よい音が部屋に響く。
クリームの層、アイスの層、ソースの層。甘さと食感の連続攻撃に、キャルルは完全に語彙力を失い、「ふぁぁ……」「んふぅぅ……」と、幸せそうなため息を漏らしている。
その顔には、先ほどまでの血の気の引いた青白さは欠片もなく、健康的な赤みが差していた。糖分と冷たさが、削られた彼女の体力を急速に回復させているらしい。
「美味しい?」
「おいじい……っ! 私、生きててよかった! ゆつきを拾って、本当によかったぁぁ!」
最後の一口を名残惜しそうに飲み込み、キャルルは満面の笑みで私に抱きついてきた。
極上のもふもふ兎耳が、私の首筋にすりすりと押し付けられる。
「ありがとう、ゆつき! すっごく元気出た! これなら駐留所の兵士十人くらい、まとめて蹴り飛ばせるくらい力が湧いてきたよ!」
「け、蹴り飛ばすのは物騒だからやめとこうね?」
笑い合う私たちの間で、不意に、毛布の下のエンジェルすまーとふぉんが『ピロリン♪』と鳴った。
こっそり画面を見ると、女神リリスからのポップアップ通知が表示されていた。
『通知:善行ポイント獲得!』
『【困窮した月兎族への純粋な感謝と癒やしの施し】を検出!』
『パフェの美味しさに涙する月兎の姿に、ゴッドチューブの視聴者が大感動! PV率爆上がりですっ!』
『獲得ポイント:+150pt!』
――あぁ、なるほど。
私は、小さく息を吐き出した。
誰かを思いやって、自分が動く。
相手が喜んでくれると、ポイントが入り、また誰かを幸せにするための力が手に入る。
誰かを蹴落としたり、手柄を奪い合ったりしなくていい。優しい気持ちだけが、ぐるぐると温かいまま循環していく、優しい世界。
「……ねえ、キャルルちゃん」
「ん? どしたの?」
「私、ここが気に入っちゃった。もしよかったら……私が元気になったら、この村のお手伝い、させてもらえないかな?」
キャルルは目を丸くした後、パァッと顔を輝かせた。
「ほんと!? すっごく助かる! ポポロ村はまだ貧乏だし、雨漏りもするし、大変なことも多いけど……私が、村長として絶対ゆつきを守るから!」
「ふふっ、ありがとう。じゃあ、私は私のできることで、この村を少しずつ『みんなが休める場所』にしていくね」
戦う力なんてない。世界を救うつもりもない。
でも、私には前世で鍛えた「気づく力」と、この不思議な「通販スキル」がある。
美味しいご飯と、ふかふかのベッドと、あたたかいお茶。
まずは、この雨漏りする村長さんの家を、最高に快適な「もう頑張らなくていい居場所」に作り変えていこう。
窓の外では、アナスタシア世界の青い空がどこまでも広がっている。
過労死した社畜OLの、第二ののんびり人生が、今ここから静かに幕を開けたのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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