第二部「皇帝はダッシュボードを覗き込む」・第一話「カスタマイズされた古参側近を見る皇帝」
古参の側近を見るとき、私は少しだけ肩の力を抜くことを自分に許している。
彼が会議室の空調と照明と椅子の角度を整えている間、私はまだデスクにいて、モニター越しに数字の色を眺めている。会議の三十分前から始まる彼の儀式を、直接見ることは滅多にない。
だが、会議室に入った瞬間の空気で、今日は彼がどこまで「整えたか」が分かる。
寒すぎもしない、暑すぎもしない、誰の声も浮き上がらない温度。
あれは、AIにはまだ再現できない仕事だと、私は勝手に評価している。
彼のことを、家族のようだと感じる瞬間がある。
弱みを見せていい相手、という意味で。数字が思うように伸びなかったとき、私は真っ先に彼に向かって「何がいけなかった?」と聞いてしまう。
彼はいつも、「いけなかった」とは言わない。「次に陛下がうなずきやすい形は、こうかもしれません」と、答えの形をすでに整えて持ってくる。
その老獪さに、私は何度も助けられてきた。
同時に、「この人は、私のことをどこまで一人の人間として見ているのだろう」と、ふと我に返る瞬間もある。
彼にとって私は、皇帝である前に、「うなずきやすいかどうか」を測られる対象なのかもしれない。
AIのダッシュボードが赤を示したとき、私は彼の顔色を探る。
彼は私の表情を先に探っている。
その視線の交差点に、本当の意味での「経営判断」があるのかどうか、私にはまだよく分からない。
ただ一つ確かなのは、彼がいなくなった後の会議室を、私はまだ想像できていないということだ。
それは、彼を一人の人間として信頼しているからなのか、あるいは、自分の老獪さを支えてくれる装置として依存しているだけなのか。
その違いもまた、AIには区別がつきにくいだろうと、自分で自分に言い訳している。




