第二部「皇帝はダッシュボードを覗き込む」・序「皇帝の独白」
最近は、会議の前に人の顔を見るより先に、ダッシュボードの色を見る時間が長くなった。
赤と緑と黄色のランプが、事業と部署とプロジェクトの具合を三色に塗り分けてくれる。
かつての経営者は、きっと現場の土の匂いや、誰かの声のかすれ具合でこの会社の体温を測っていたのだろう。自分はその代わりに、AIがまとめた指標を眺めながら「ここは少し熱がある」と言っている。
理想を言えば、AIを自在に使いこなすハンドラーがいて、その出力を整理する頭脳としての取締役がいて、最後に全体を統合する自分がいる。
教科書に書かれた「AI時代の経営」の三層構造だ。
しかし現実には、AIの画面を前にして、誰がどこまで理解しているのか、皇帝である自分にもよく分からない。
古参の側近は、数字の意味を尋ねるよりも、まず「どう説明すれば陛下がうなずきやすいか」を考える。
若手のエリートたちは、AIの提案を信じながらも、最後に自分の表情を盗み見る。
現場を知り尽くした叩き上げは、レポートの行間を読んで、明日誰がどの顧客に頭を下げに行くのかを先に計算している。
外部から来たコンサルタントは、洗練された言葉でこちらを持ち上げながらも、どこかでこの宮廷を一段下に見ている節がある。
本来なら、自分こそがAIを最も深く理解し、適切に配置し、誰よりも上手く使いこなすべきなのだろう。
だが正直なところを言えば、AIの出すグラフと、側近たちの整えたストーリーと、会議室に満ちる空気との間で、自分はまだ、どこに本当の「答え」があるのかを探している最中だ。
──AIは、人が作った機械にすぎない。
そう言い聞かせながら、その機械が時おり、自分たちよりも人間らしい判断をしているように見える瞬間があることを、心のどこかで認めてしまっている。
老獪さだけでは測れない時代が、気づかないうちに始まっているのかもしれないと、皇帝はときどきぼんやり思う。




