第7話 亡霊への宣告
「お前、何を隠してる?」
レフはゆっくりと顔を上げた。だが、沈黙を貫く。視線だけがぶつかる。
先に逸らしたのはバージルの方だった。
「……まあいい」
あっさりと引く。そして、空を見上げた。
「この裏庭な、表通りからは見えねえ」
雲の切れ間から光が差し込む。
「庭はちゃんとあるのに、表ばっか見てたら一生気付かない」
煙が風に流れる。
(……何が言いたい)
「これからの話はヒーロー協会には不問にしろ」
バージルはくわえていたタバコを口から離し右手で持ち直す。
「信じるかどうかは好きにしろ」
左手の甲を掲げる。
三日月型の痣。
一瞬の沈黙。
大我はキョトンとしているが、レフは奥歯を噛みしめる。
人狼進化プロジェクトの証。
「俺は狼男に変身できる。Adaptの離反者だ。もっとも無理やりこんな体にされたわけだけどな」
大我はえっ?という顔をする。
まさか連れてこられた探偵事務所の所長が怪人だなんて思わなかっただろう。
「どういう事なんだよ、レフ?」
大我の問いにレフは目を泳がす。
「……俺も知らなかった。今知った」
嘘をつく。
「そう。俺は怪人だ。協会の都合が悪くなれば駆除対象となり、そしてAdaptの処刑対象になる」
大我は冷や汗をかいている。
レフは指先に力を入れる。
(間違いない。この男は、分かった上で話している)
レフのバングルがぶるぶる震える。
バージルは慣れた手つきで懐から携帯灰皿を取り出す。
タバコを携帯灰皿のふちで叩いて再びくわえる。
「お前らが来た事、今の俺はどちらの組織にもマークされているというわけだ」
「!ここに来たのは協会に頼まれたわけじゃ——」
「違う!」
大我が言い終わる前に、レフが割って入る。
「大我は俺の意思で連れてきた」
二人同時に立ち上がる。
バージルはハハハと笑った。
「その『俺の意思』とやらを大事にしろ。組織の人形にはなるなよ、お二方」
タバコの燻りが治まる。
「レフ君。今回の依頼、最後まで付き合うなら大我君の契約と条件を揃えろ」
バージルは吸い殻となったタバコを携帯灰皿に収める。
「Adaptには逐一報告しない」
携帯灰皿をポケットにしまう。
「……いいな?プリズラク」
大我が息を飲む。
レフの確信が確定に変わる。
(受けてやる)
「いいですよ。どこまでやれるか、見てみましょう」
レフと大我が探偵バージルと契約したその夜。
Adapt英国支部で仮面の姉弟がやりとりを行っていた。
「バーンブレイカーこと古賀 大我との接触からカーティス探偵事務所への潜入調査に繋ぐ。随分危うい事をしたわね。けどバージル・カーティス、面白い男だこと。あなたが録音している可能性まで考えて話してる」
プリズラクの報告。提出されたバージルの会話データを聞いてクローフィは微笑む。
実際それは当たり。大我は素直に何の仕掛けもしてない事まで彼は見抜いているとクローフィは読む。
「今回の任務は処刑より勇者クロムの生存と力を確認する事なの。その疑いのあるカティサ・クロム……データからその片鱗が見えるの、ユニコーンのミニフィギュアコレクションぐらいかしら」
金色のスライムがユニコーンのミニフィギュア映像を分析している。
勇者クロムは聖槍を携え、一角獣をモチーフとした白銀の鎧を着ていたという。
『カティサのユニコーンフィギュアは淡いピンクと青のたてがみをしたファンシーなデザイン。白銀のユニコーンはシークレット含め該当なし。フィギュアは全8種類ありコンプリートしている。シリーズ第2弾の収集も始めている模様……』
『ヴィーちゃん、そこまで分析しなくていいのよ』
クローフィはふふと笑いしばし考えた後、穏やかにしかし冷酷な指令を弟に下す。
「手筈通り満月の晩にバージルを処刑しなさい。但しこちらがどう出るか図り、無策ではないはずよ」
プリズラクから「了解しました」の返答が来る。
その声は無機質に、表情も仮面で分からない。
モニターから赤い目の銀仮面が消える。
クローフィは賭けに出る。その為プリズラクには直接口にしなかった推測がある。
バージルが処刑への対抗手段を持っている事。
そして我々と同じくカティサの正体をA.H——異世界アーケインホロウ人と見ている事。
彼もプロの探偵なら探求心には抗えないはず。
クローフィは仮面を外す。
仮面の下、クローフィの素顔である「エレーナ」は、レフと同じ青い目で穏やかな表情をしていた。
エレーナは円形が完成されつつある月を眺めながら秘書官の入れてくれたミルクティーを堪能した。
「雇用契約書だ」
次の日。カーティス探偵事務所に単身呼び出されたレフは、バージルからバイトとして採用する事を告げられた。
「どういう事なのか説明して欲しい」
「契約する、と言っただろ? 捜索依頼の契約書にサインしたのは大我君だ。そこにレフ君の名前はない」
「……それはここで働くという意味ではないんだが」
バージルは畳みかける。
「これが正式な契約書だ。お前も俺と契約しろ」
(囲い込む気か)
窓際にユニコーンのミニフィギュアが並んでいる。
カティサの机はどうやら片付け終わったようだ。
(……バージルが狼男になれば机が乱雑になるどころか、事務所自体が破壊されるだろうにな)
彼女の今後を今は考えないことにして契約書に目を通す。
「主な仕事は境井 緑の捜索。勤務日と時間帯はそちらの都合に合わせる。もちろん給料は出す」
「境井 緑の捜索だけでいいのですか?」
「この案件は時間が掛かりそうなんでね。ただ契約書には犬猫の捜索も入ってるからな?」
犬猫の捜索依頼も受けるなどとは変わった探偵事務所だ。
「大我君はこの国で自由に動けない。ヒーローだからな。だが、お前なら動ける」
(こっちが捨て駒利用ならそっちも俺を捨て駒利用にする気か)
「……悪くないですね」
Lev Fyodorovich Arenyev
「契約成立だな」
レフがサインを終えるとバージルは後ろを向き、仕切りの向こうの助手達に声を掛ける。
「助手を紹介しよう。おーいジーン、カティサ。決まった。新人だ」
書類の束を持ったジーンと、そして目をキラキラ輝かせたカティサがやって来た。
カティサは右手を差し伸べる。
「私はカティサ。これから宜しくね!レフ」
レフは彼女の手をじっと見て、それから握手をした。




