第6話 探偵バージル
「この事務所、犬猫探しばっか来るがな。専門は別だ」
バージルはソファにもたれ、棒付き飴を口にくわえながら言う。
「Adapt絡みの案件だ。日本だろうが関係ねぇ。転送装置のある今じゃ国境なんざ飾りみたいなもんだ」
やるよ、とばかり棒付き飴の袋から飴を二本取り出すとレフと大我に放る。
受け取った大我が苦笑する。
「タバコ吸いたいんでしょ」
「自分の職場でも罰金貰っちまうからな」
飴の棒をくるりと回し、バージルは煙もないのに煙を吐くみたいに息を吐いた。
大我が脱線しだす。
「オレは飛行機で来たんですけど、転送装置ってもう普通に使えるんですか?」
「誰でも好きに使えるわけじゃない。ツアーは転売屋の餌食、金持ちの遊園地だ」
「じゃあ意味ないじゃないですか」
「人はな。だが荷物は別だ」
飴を噛み砕く音が小さく鳴る。
「大手はもう使ってる。荷物だけ未来に行ってるよ」
バージルと大我が転送装置の会話をしている最中、レフは無言で飴を見つめた。
(……父さんの発明、か)
喉の奥がわずかに引っかかる。
バージルの声で意識が戻る。
「俺の見立てでは境井 緑の失踪はAdaptではない。レフ君の予想は当たっているだろう」
バージルは飴の棒をくるくる回しながら会話を続ける。
「レフ君、そうだろう?」
「……え」
一瞬遅れて顔を上げる。
「……はい。そう、思います」
言葉を選んだせいで、わずかに間が空いた。
バージルの口の中で、飴ががりっと砕ける。
「大我君」
今度は大我へ視線が向いた。
「依頼料、協会から前借りするって話だったな」
「はい」
「やめとけ」
即答だった。
「違う契約にする」
「違う契約……?」
「依頼は受ける。ただし報酬は後払いでいい。その代わり」
飴の棒の回転を止める。
「この件、“ヒーロー協会を通さない”」
「どういう意味ですか?」
大我の声にわずかな警戒が混じる。
「言葉通りだ」
バージルは淡々と続ける。
「君は協会から聞いた情報を元に動いてる。だが俺は、それを信用していない」
大我は言葉を探すように視線を落とす。
レフは俯いたまま動かない。
(こいつにどうやって注射器を突き立てればいい?)
頭を回転させる。
(隙がない)
目の前の男は、ただ座っているだけなのに崩れない。
資料で見た通りだ。
元ロンドン警視庁DIの刑事。
そして——Adaptに連れ去られ、生きて帰ってきた男。
バージルはソファに深く腰掛けた。
「今回の調査は俺のやり方でやる。協会には逐一報告しない。いいな?」
大我は迷う。当然だ。頼ろうとしていた正義の組織を疑えと言われている。
「……もし、それで見つかるなら」
しばらくして、大我は絞り出すように言った。
「オレは、構いません」
「いい覚悟だ。これで契約成立だな」
バージルは立ち上がると、仕切りの方に声を掛ける。
「おい、カティサ。ちょいと外出るわ」
「えっ」
カティサが仕切りから顔を出す。ヤバっという顔をしている。
「タバコだ。依頼人も連れて行く。留守頼む」
そう言うと飴の棒をごみ箱に捨てた。
「盗み聞きテクニックはいいが、守秘義務は守れよ?」
「しょ、所長こそタバコ薦めちゃダメですよ!」
もーとジーンがカティサに叱っている声を後にしながら、三人は外へ出た。
フラット裏の小さな庭。
短く刈られた芝生。白いベンチ。並んだハーブのプランター。
手入れの行き届いた、妙に落ち着く場所だった。
バージルは「座れ」と白いベンチに若者二人を座らせる。
ポケットからタバコを取り出す。取り出したのは紙巻きタバコ。
「手巻きじゃねえのは高ェからたまにしか吸えないんだぜ」
タバコを指で挟み、先端を上に向ける。
「大我君。火、貸してくれないか?『力』を見てみたい」
何を話し出すのかとバージルを見ていた大我の動きが止まる。
(成程。カティサの前ではできない話だ)
連れてこられた理由にレフは納得する。
「……知っていたんだ」
「報道で見たよ、バーンブレイカー。ヒーローデビューしたばかりなんだってな」
(報道で見た以上の情報を持っている。白々しい)
レフは冷静にこの男がどこまで熟知しているのか図ろうとするが、手が小刻みに震える。
この震えはまーくんか、それとも自分の反応か。
大我は右手をバージルのタバコに向かって手を伸ばす。
ボッ、と短く火が灯った。
すぐに消える。タバコの先だけが、静かに燻り始めた。
バージルは一口吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「サンキュー。いい火だ」
大我は自分の右手を見つめていた。
(異能の力を持った者が、ヒーロー協会にスカウトされてヒーローになれる)
レフは大我から目をそらす。
(俺にそのような力はない)
その頃、事務所では。
「いけいけいけ!ツクヨミ・ヴァンガード!」
「カティサー!所長いない間に片付けよ!」
カティサは怪人バグベアと交戦中のヒーロー、ツクヨミ・ヴァンガードのライブ配信に夢中になっていた。
「あーっ!バグベア倒れてる!リアタイ逃した!」
「あとで見なよ!ほら!」
騒がしい声が部屋に響く。
ジーンに叱られたカティサがしぶしぶ机の片付けを始めた時、 画面の中では怪人を打ち倒したヒーローがガッツポーズを取っていた。
歓声が聞こえコメント欄は怒涛の勢いで流れる。
ヒーローと怪人の戦いが今や日常生活へたまに入り込むエンターテイメント。
今日もまた一人新人ヒーローが誕生した。
賑やかな事務所のすぐ裏。
静かな庭に、煙が漂う。
バージルはタバコをくわえたまま、何気なく言った。
「——で、レフ君」
バージルがレフに話を振る。
「お前、何を隠してる?」




