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第5話 カーティス探偵事務所

「はーい、コーヒーどうぞ。すみませんが、所長が帰ってくるまでもう少し待っててくださいね」


 黒髪ショートヘアの少女がソファに座るレフと大我にコーヒーを出す。

 

 大我がレフの案を了承した次の日、二人は連れ立ってカーティス探偵事務所に来ていた。

 所長バージルはカティサと共に外出中でありアポイントメントの時間より遅れている。


(もう一人助手がいるとは思わなかった。調べても出てこなかったぞ)

「僕、好きで女の子の格好しているだけなんだよね」


 レフの視線を感じた彼女……彼はそう言うと、「お手洗いは入口横」と追加して奥に引っ込んだ。

 

 

 大我は何やらぶつぶつ呟きながらコーヒーに入れた砂糖とフレッシュをぐるぐるかき混ぜている。

 日本語でさっきの助手の事を言っているようだが詳細は驚いているくらいしか分からない。大我の状態を横目に軽く啜って味を確認し、そして飲む。

 

 事務所内部を見渡す。


 ソファのある応接スペースとは仕切り一枚で隔たれたオフィス。

 小さなプランターが置かれ、狭いながらも整えられている。


 3つの机が並ぶ。メモ書きが背後に沢山張られた奥の机はバージルのものだろう。

 横にサーバーラックを置き複数のモニターを並べた机は先程コーヒーを持ってきてくれた助手のもののようだ。

 

 そしてあの机が——


「あ、お客さん。気にしないでね。後で片付けるように言うから」


 うず高く積まれた書類。

 手前にはバラバラになった資料。


 食べかけのスナック菓子が散らかっており床にも落ちている。

 机傍らのゴミ箱は満載で側には空のペットボトルが数本まとめて置かれている。


 狭められて貴重になっている机の作業スペースには一列に並べられているユニコーンのミニフィギュアコレクション……



 勇者じゃないかもしれない。


 大我はうわあという顔をしている。

 カティサの机の散々を見てしまったレフは素直にそう思った。



「ただいま。すみませんお約束の時間遅れまして」


 カラン、という音がして事務所の扉が開いた。

 金髪ポニーテールの娘、カティサが入ってきた。


 あの子だ。

 あの子だ。

 

 二人の男の目線がカティサに注がれる。

 

「あ、あの……いらっしゃいませ。ジーン、依頼人はこの人達?」

 困惑したカティサは奥へ声を掛ける。

 

(コーヒー助手の名前はジーン。カティサはとても記憶喪失とは思えない。「昼明かりの下で見ても」普通の女の子だ)

 

「バーンブレイカーが凄いって褒めてた子だよね?この間のヘルハウンド事件の。それを伝えに来たんだ」


(おい、打ち合わせと違う事をするな)

 

 大我の言葉にカティサの顔は晴れやかになる。

「見ててくれてたんだ。ありがとう。私、ヒーローかもしれない」

「バーンブレイカーがヒーロー協会に打診するって言ってた」


(おいやめろ)

  

 その空気を破ったのはジーンだった。

 

「依頼人さん、所長来てますよ~」

「……遅れて申し訳ない。要件はカティサの方でしたか?」

 

 彼はカティサの後ろに立っていた。


「初めまして。私がカーティス探偵事務所所長、バージル・カーティスだ」

 

 右手で握手を交わす。反対側のまーくんバングルがぎゅっと締まる。

 

 バージルはカードを差し出す。デジタル名刺だ。

 レフと大我はそれぞれのスマホに名刺を頂く。


 あまり整えられてない赤毛と無精ひげ。喫煙者らしくタバコの臭いがする。年は30代半ばくらいか。


 バージルは二人の向かいのソファに座る。

 こげ茶の瞳のたれ目から鋭い眼光を感じてレフは一瞬ゾクっとする。

 

(まーくんが反応していたのは、これか。やはり普通の人間ではないんだ)

 

 レフには分かる。左手の甲の三日月型の痣は、改造人間の烙印。


(こいつは“処刑”対象だ。人として見るな、見るな)


「……お客様。宜しければ口調をフランクにしても構わないですかね?そちらもフランクで構わない」


 こちらが若者だからだろうか。舐められたものだなと思いつつ大我の方を見ると彼もレフの方を向いていた。頷いたので了承する。


「サンキュー。では早速依頼内容を話してくれ」

「宜しくお願いします。日本から来た古賀 大我と言います。依頼はオレの幼馴染、境井 緑を探して欲しいんです。2年前にオレの目の前で、突然光に包まれて消えてしまったんです」


 バージルはメモ帳にさらさらと大我の依頼を書いていく。

 年は?失踪場所は?失踪前日はどうだった?都度質問しては大我も真剣に答えていく。

 

(探偵と初めて接したけど、物語の名探偵とは違って現実はこんなもんだな)


 ふと思ってしまった所で、いいやこいつは狼男なんだとレフは自分に言い聞かせる。


(しかし光に包まれて、か……)


 

「お前さんと大我君とはどんな関係だ?」


 大我への事情聴取が終わったバージルはレフに声を掛ける。

 事前に打ち合わせしていた内容を述べる。


「友達です。俺はロシア人で、大我とは留学生仲間です」

「留学生仲間、ねえ……」


 いやに含みを入れた言い方をする。まさかこちらの正体がバレている?

 相手も探りのプロだ。事務所に突入する以上Adaptの関係者だと多少バレるのは致し方ない。襲撃計画さえバレなければいい。


 レフに緊張感が走った所で奇妙な臭いが鼻についた。

 カティサがお茶とスコーンをトレイに載せて応接スペースに入る。

 臭いの元はこのお茶だった。見た事もないような紫色をしている。

 

 客に出す物じゃない。これは何らかの警告か?


「カティサぁ、まーた怪しげなモン、買ってきたのか。……ああすまんね。無理に飲まなくていい」

 

 バージルはカティサのお茶をぐっ、と飲んでまずそうな顔をした後手のひらをこちらに向ける。

 

「いいや大丈夫っす。美味いからおかわりください!」


 人前で怒らなくても、と言いそうにしょげていたカティサの顔が晴れる。

 大我はトレイに下げていたレフの分の怪しげな茶を手に取り一気飲みした。

 

 (……それを飲むのか)

 案の定、大我の顔が一瞬だけ青ざめたのを、レフは見逃さなかった。

 

 

 カティサはウォーターサーバーからケトルに水を汲んでいる。

 茶色の瞳。ようやくじっくり見た瞳は、修羅場をくぐり抜けたはずの勇者にはとても思えない、お人好しなほどに透き通った少女の瞳だった。


 困ったときに助け船を出すヒーローの鏡のような大我に対し俺は。

 

 カティサがレフに声を掛ける。

「すみませんお茶入れなおしますね。ミルクティーでいいですか?スコーンはおいしいんですよ。なんてったってリピート買いなんです」


 

 ——俺は大我の依頼を聞いてくれる目の前の男を“処刑”して、この娘に危害を加えようとしている。

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