第34話 勝負の刻
「クローフィ一行が社長室に入ったきり動きません」
「ふん。大方、隠し通路を使っているのだろう」
地下のAdapt英国支部執務室で部下の報告を受けたガリェーチは冷静に判断を下す。
ここでも彼はクローフィの席である支部長席に座っていた。
「隠し通路?聞いた事はありますが我々もどこに繋がってるかまでは……」
「通路よりその先だ。クローフィ殿には弟君と勇者クロムをAHに送る任務がある」
ガリェーチは転送室前の監視カメラ映像を見る。
龍牙隊の別動隊が見張りについていた。
「せっかく舞台を整えたのにまだクロムを連れて行っては困るのでな」
ガリェーチは足を組みなおす。
「強行突破してまで転送室には向かわないはずだ」
「といいますと?」
「必ずこちらに来る。英国支部防衛戦、指揮を私に一存するならもう支部長の座は無いようなものだからね」
監視カメラ映像をクラウン・ゲート・エステーツ社正面入り口に切り替える。
もう時刻は9時半になろうというのに警察の動きはまだない。
「……ヒーローも皮肉なものだな。協会の為に、そして全ての超人の為に、目立たぬよう動くことは許されない」
ガリェーチは立ちあがる。
「バーンブレイカー……古賀 大我よ。今回はどのように攻める?」
『ふぇくしッ!』
ようやくバトルスーツを装着したところで大我はくしゃみした。
『かっこ悪い』
マスクを被り鏡を見る。
協会が仕立てた、大我の力を増幅させるバトルスーツ。
デザインも大我の異能である炎をモチーフとしたヒーローとしてふさわしいもの。
だが、大我は不満だった。
『チェンジフォーム!とかで一発変身できたらいいのに』
バーンブレイカーとなった大我は部屋を出る。
キャロラインが待ってるかと思いきやいなかった。
『本物のヒーローなのに、これじゃヒーローショーの役者だよな……』
「そうですね」
聞き慣れぬ声にバーンブレイカーが振り返ると、そこには赤黒いゴスロリ服の少女がいた。
「あの時の……あ、いや、君はファンかい?」
「ふふ……そういう事にしましょう。サインくださいな」
ゴスロリ少女はバーンブレイカーのポートレイトを差し出す。
「ごめん。サイン会を介さないサインはできないんだ」
キャロラインの鬼の形相が頭をよぎった彼は申し出を断った。
「ではお話ならいいですか?“切り張り”しましたから」
バーンブレイカーの視界が一瞬揺れる。
「……何をした?」
バーンブレイカーは警戒態勢に入る。そうだ、敵の陣地の前なのだ。
「協会の人たちとここを切り離しただけですよ」
ゴスロリ少女は微笑んだ。
「私はヴァーミリオン。境井 緑さんから預かったものを渡しにきました」
「!!!」
境井 緑。
二年間ずっと探し続けていた幼馴染。
唐突すぎて言葉が出ないバーンブレイカーにヴァーミリオンは接近する。
「見せれば分かる、と言ってました」
それは翡翠の勾玉がついた腕輪だった。
「緑がいつも身に着けていた勾玉……」
ようやく言葉が出たバーンブレイカーは腕輪を受け取ると、矢継ぎ早に質問を繰り出した。
「緑は無事なのか?生きているのか?今どこにいる?何をしている?」
しかしヴァーミリオンは答えず、マスクの下の表情を見透かしたように「よかったですね」と呟いた。
「貴方が望むものをその腕輪はもたらしてくれるでしょう」
ヴァーミリオンは背を向けた。
「ま、待ってくれ!!」
ヴァーミリオンは振り向くと再び微笑んだ。
「獅子と一角獣を導いたその先に、います」
視界が再び揺らいだ。
ヴァーミリオンはいなくなっていた。
手元には腕輪がある。さっきのは夢じゃない。
「大我!10時です、10時に突入しますよ!準備はできてますか!?」
キャロラインが戻ってきた。
「……できてます」
バーンブレイカーは左手の手袋を一旦脱ぐと、貰った腕輪を装着した。
「クローフィ一行確認。英国支部内帰還した模様」
ガリェーチは執務室のモニターを注視する。
転送部屋には向かわず、こちらに真っ直ぐ進んでくる。
「当たりだな」
ガリェーチはほくそ笑んだ。
「幹部同士争っている場合ではない。そう考える女だクローフィは」
椅子の背にもたれたまま、入口の方を眺める。
しばらくするとクローフィの声が響き渡った。
「バカンスから帰ってきたわ。お通し願います。ガリェーチ」
ガリェーチは指を鳴らした。
扉が開いて、彼の前にクローフィ一行が現れた。
「欢迎回来。警察の前を正面突破とは大胆に出られましたね」
「……その席に座る許可は出してないわ」
クローフィの目線は仮面で見えない。
だがその目線は支部長席に居座るガリェーチに向いていた。
「失礼。しかしこの席は尻尾を巻いて逃げ出すような者が座るべきではないと思いますよ?」
姉への侮辱にプリズラクは思わず身を乗り出した。
「ダメ」
クローフィに制され、プリズラクは足を止める。
隣ではテニが拳を握りしめていた。
「でも……」
「今はいいの」
そう言いつつ、クローフィはガリェーチから目を離さなかった。
「やだねーあの人」
プリズラクの後ろでカティサが小声でジーンに話しかける。
「ああいうのを慇懃無礼と言います」
ジーンも小さく返した。
「……お前ら静かにしろ」
振り返ったバージルに睨まれ、二人は会話を止めた。
そのままバージルは背を向ける。
クローフィは一歩前に出た。
「ええ。その席はこの英国支部を統率できる者が座るべきね」
更に一歩進めた。
「幹部同士争ってる場合ではないのよ。転送装置を奪われる前に弟達をAHに送らなければならない」
クローフィのブーツがカッ!と鳴った。
「プリズラクの任務妨害はカローリへの反逆よ」
ガリェーチは切れ長の端正な瞳を細めてふっと笑った。
「まだ転送部屋の解放はしませんよ」
そして手を組み直した。
「貴女も素直になりなさい。支部防衛の為勇者クロムの力が欲しい、弟をAHに行かせたくない、と」
「……私?」
「姉さん……?」
カティサは身構えた。
一方でプリズラクは姉の顔を見た。クローフィは歯ぎしりをしていた。
「私はAHに行きたいだけなんだけど」
カティサはクローフィとバージルの顔を見た後、ガリェーチに向かってこう言った。
「少なくともあなたには協力しないよ」
「いい。それでいい」
ガリェーチは答えになってないような答えを返した。
「生存競争こそが進化を促す」
ガリェーチは立ち上がった。
「どちらの陣営がバーンブレイカーを倒せるか勝負しようではないか」
時刻は9時59分を指していた。
場が静まり返る。
「……10時だ」
ジーンが時刻を確認すると同時に、けたたましくサイレンが鳴り響いた。
「報告いたします。地上で強制捜査が始まりました。バーンブレイカーが先陣を切っています」
執務室のモニターにガリェーチの部下らしき男が映った。
「ご苦労。私も準備をしよう」
「……ええ」
報告に混ざるクローフィの声にガリェーチは振り返った。
俯いていたクローフィは顔を上げると静かに呟いた。
「勝負に乗りましょう、ガリェーチ」
『あいつと戦うのか……』
姉の決断にプリズラクは仮面を抑えた。




