第2話 カティサの祈り
ゼエゼエ。
プリズラクのスマホに映し出されるヘルハウンド。息を切らしていた。
バーンブレイカーの炎に触れて火傷も負わない身でも、連続でパンチを食らえばダメージが蓄積される。
(もう攻められないはずだ)
(でも、防御の構え……耐える気か)
黒犬へと進化した男。
『最期の力を振り絞って、か』
自我を失ったはずの男が足掻いている。
(組織を裏切った罪なんだ。でも、罪はどっちなんだ?)
プリズラクは三本の指で十字を切る。
――主イイスス・ハリストス、神の子よ、我、罪人を憐れみ給え。
『これでトドメだ!バ――――ンキィ――――ック!!』
炎の不死鳥をまとったバーンブレイカーのキックは、ヘルハウンドがガードするより早く胸にめり込んだ。
DETONATION
プリズラクのスマホに「起爆」の文字が覆いかぶさる。
(姉さんが用意した爆弾は威力が強すぎる)
火花が散る。
(注射に中和剤を入れた)
閃光が走る。
(進化に犠牲は伴わなければならないものなのか?)
ドオオオオオオオン!!!
サァァァァァァ……
「ええ、げほげほっ、爆発の規模にしては被害が少ないようです」
爆発に備え外していたイヤホンを付け直す。被害状況を流す警察の無線が流れる。
現場は一面が灰色になっていた。
まだ灰が舞っているせいで勝敗がどうなったかよく見えないが、血を流している人を見ない。
パトカーの位置はそのまま、ビルの窓ガラスも割れてない。
『どうにか爆弾の威力を抑える事に成功したようだ……』
プリズラクは安堵する。
しかし咳込む声がやけに聞こえる。警官は防塵マスクー!と叫び出した。
視界が晴れてくる。
画面に映る人々は灰まみれだった。
口元を抑え、現場から遠方へと離脱を図る人々の姿。彼らはよろよろと歩き、中には口を抑えたまま倒れる人もいた。
(これでも助けたんだ。本来はもっと酷かったんだ)
片膝をつきうなだれているバーンブレイカーの姿が見えてきた。
一方で、ヘルハウンドの姿は影も形もない。
『ヒーローの勝利か』
バーンブレイカーは手を合わせていた。
あれは日本の風習だろうか、そう思っていたプリズラクの耳に少女の声が入ってきた。
「ひょっとしてこれ、祈りのポーズかな?」
「なんで、これ知ってるんだろう」
バーンブレイカーの近くに灰で頭を真っ白にしたポニーテールの少女がいた。
画面を拡大してみるとバーンブレイカーと同じポーズを取っているのが分かった。
少女の体が淡く光り始めた。
「浄化の風よ、大地を清めよ」
ポニーテールとマフラーがふわりと跳ね上がった。
『これは一体……!』
プリズラクは驚く。
先程までバーンブレイカーとヘルハウンドが戦いそして灰色になった戦場で突如つむじ風が発生した。
悲鳴を上げて逃げる人々。
しかしつむじ風は人々を避け、灰だけを巻き上げる。
灰がつむじ風に吸い込まれていきそして上昇し空に逃す。
まるで掃除機のような動きだ。
突風吹き荒れる中バーンブレイカーが動いていた。
その先にいるのはポニーテールを揺らし、体から白いオーラを放つ少女。
『つむじ風が彼女の方向に向かっている』
膝をつき、何らかの言葉を唱えながら祈り続ける少女。
つむじ風から彼女を避難させる動きをするバーンブレイカー。
しかし不思議な事につむじ風は少女の目前で形を崩し、しばらくして彼女の背後で再び渦を形成した。
まるで少女をすり抜けたかのように。
『もしやこの娘が操っているのか……?』
灰色の戦場が浄化されていく。
灰かぶりの服が綺麗になる。
呼吸器まで浄化されたのかみんなの咳が軽くなっていく。
少女は目を開ける。
「人々を、みんなを助けたい」
(そうかあれは、あれは……)
スマホを置いたプリズラクは再び三本指を立てた。
『祈りのポーズだ』
つむじ風が去る。
プリズラクのインカムから子供の声が聞こえる。
「バーンブレイカーありがとう!」
子供の声を皮切りにバーンブレイカーへの感謝の言葉が次々述べられていた。
異国のヒーローの力の凄さと頼もしさにロンドン市民は安堵している。
「いや、俺、こんな力ないんだけど……」
あの子がとジェスチャーしているのをプリズラクは見逃さなかった。
(そうだ。バーンブレイカーは炎の戦士。あの娘はどこへいった?)
バーンブレイカーの指先を追って探す。
(命に別状はない事件。報道にはそう書かれるだろう)
(しかしそれは被害がゼロだったという意味ではない。彼女が本当の救済をもたらした)
灰の下から現れた金髪ポニーテールを見つけるなり目が合った。
(見えてる……?)
そんなはずはない。カメラは仕掛けてあるだけだ。
位置も分からないはず。なのに。
彼女の瞳は、確かに“こちら”を捉えていた。
「命令違反……ね」
「……はい」
プリズラクはクローフィと画面越しに対話する。
「でも、それ以上の成果を持ってきた」
画面に映し出される金髪ポニーテールの少女。
祈りの姿。
「“向こう側”の人間と見ていいでしょうね」
クローフィの口元が笑う。
「見つけたわ。“勇者クロム”」
「光栄です」
プリズラクは微動だにせず感謝の言葉を述べる。
クローフィは目元の仮面を外す。
冷徹な女幹部が優しい姉の声音に、言葉も英語からロシア語に変わる。
『命令違反は不問にしておきましょう。明日は大学でしょう?』
仮面を外さないままのプリズラクは答えない。
『今日はお休みなさい。リョーヴァ』
ヘルハウンド事件の帰り道。
事件現場に彼女が今もいないか行ってみる事にしたプリズラクは、路地裏で奇跡的に邂逅した。
「はぁー誰も私がやったなんて思わなかったぽいな。まーいっか」
尾行しながらどう声を掛けるか思案していた所、彼女はふいに足を止め振り向いた。
「……誰?」
カティサの瞳と思わず合う。
「あ!あああ仮面マン!」
彼女の瞳に魅了されるまま、プリズラクの口から自然と言葉が出た。
「お前……さっきの風、あれは何だ」
「え、いきなりそれ!?」
逃げられないよう壁に追い込んで手をついた。
それでも彼女は逃げるそぶりはない。
「説明しろ」
「無理無理!私も分かってないし!」
「無意識か」
「理解早くない!?」
(怖がる様子もない)
「もう一度できるか」
「できないって!」
「……そうか」
「引くのも早い!?」
(姉さんは彼女が勇者クロムと言っていた。本当なのか?)
「お前」
「な、なに?」
「目を見せろ」
「え?やだ!そっちの目は赤いし怖いし」
カティサにそっぽを向かれる。
プリズラクは今まで同年代の少女と接点がない。どうすればいいのか分からないでいた。
『赤いし怖い目。否定できない。この下は……本当の目は青い目だ』
「え?」
悟られぬようロシア語で呟く。
案の定、彼女はよく分からなかったようだ。
「……お前は危険だ」
「近づくな」
対話を打ち切り背を向ける。
後ろからカティサの声が聞こえた。
「ちょっと待って!仮面マン!」
「……プリズラクだ」
そのまま振り返らず立ち去る。
再び後方から先程より大きなカティサの声が聞こえてきた。
「なにあの人!」
「私がこの手で仮面を剥いでやるぅ!」
プリズラクは顔の仮面に手を添えた。




