第1話 亡霊と探偵助手
「ヒーローはまだか!?」
パトカーのひしゃげる音が夜のロンドンに響く。
黒い獣――ヘルハウンドが、まるで玩具のように車を叩き潰していた。
「……玩具のように車を叩き潰していた。今、警官隊は怪人を包囲してヒーローの到着待ち」
【黒犬の怪人ヘルハウンド ロンドンに現る】
野次馬に混ざりふんふんと頷きながらメモ書きをする金髪ポニーテールの娘。
Curtis Detective Agency《カーティス探偵事務所》とあるワッペンの付いたブレザーにマフラーを付けている。
彼女の名前はカティサ・クロム。探偵助手。
「公園にいた若者三人を襲撃し内二人は心肺停止状態で搬送、通報したもう一人も重症。警察は公園を封じようとしたが包囲網を破られる。ようやくこのストリートでヘルハウンドを袋小路に追い込んだ」
右を見る。
(ビル街の一角。警察はパトカーで半円状に包囲……でももう半分は潰されてる)
左を見る。
(あの2台なんて、アルミホイルみたいにぐしゃぐしゃだ)
正面を見る。
(人間じゃ無理。だからヒーロー待ち)
「戦いを見たいけど、探偵助手としてここはあまたの怪人事件の影にいるという“仮面マン”を探すのだ」
カーティス探偵事務所の名を上げるぞとばかりカティサは意気込む。
あわよくば、失われたの記憶の手掛かりの1つである事を願いながら。
「あなたの探し人、教えましょうか?」
いつの間にか、真後ろに立っていた。
年は14歳くらい。赤黒いゴスロリ調の服を着た黒髪ロングの、いやよく見ると黒髪に赤いメッシュの少女。
こんな変わった格好の子、さっきまでいたっけ。
「あそこに“獅子”がいます」
少女は人差し指を斜めに上げる。指は4階建てビルの屋上を示していた。
釣られて見上げる。そこにいたのは。
「あれは……」
鼓動が高まる。
「仮面マン!」
白いマントをはためかせ階下の事件を眺める男。
顔は目が赤く光ってることくらいしか見えないがあのマントは仮面マンの特徴だ。
闇夜を駆け抜ける姿がまるで亡霊のように見える事からロシア語で亡霊を意味する「призрак」をコードネームとする、悪の組織Adaptのエージェント。
ロンドン市内で発生する怪人事件の現場では高確率でこの仮面マンことプリズラクの目撃情報がある。
(SNSで何度も見たけど、実物を見るのは初めてだ……!でも獅子って何?)
ゴスロリ少女に聞こうとしたがゴスロリ少女の姿はすでになかった。
再び屋上に視線を移すとプリズラクの姿もなかった。
「やっば!逃した」
あの子なんだったんだろうと思いつつ、プリズラクを追って駆け出そうとする。
しかしその足は大衆のざわめきで止まった。
「ヒーローだ!」「ヒーローが来たぞ!」
包囲網を作るパトカーをヘルハウンドが破壊しつくし、今まさに破られようとしていたその時、彼は現れた。
『日本からやって来たヒーロー、炎の戦士バーンブレイカー!!見・参!!』
ジャジャジャーン!
どこからともなく効果音が鳴る。
「しかも主題歌っぽいのまで流れ出したんですけど」
勇ましい曲が流れる中、 先程プリズラクがいたビルとは反対側のビルの屋上で仁王立ちしていたバーンブレイカーはとう!と声を上げると飛び降りる。
回転しながら着地する。彼自身が輝いているので遠目からでも分かりやすい。
立ち上がった彼は足を軽く広げ右手を前に左手をこめかみにあてる。
ビルの上にいた時も同様のポーズを取っていた。あれがバーンブレイカーの決めポーズなのだろう。
黒のタイツ状の服の上に赤と黄金の装甲。全身は炎のオーラに包まれ素顔はマスクで見えない。マスクのバイザーが炎を照らし出す。
『ヘルハウンドよ、お前の所業は許されない。ロンドンの平和も俺が守る!』
オーラが翼の形となり背中一面大きく広がる。
歓声と共に野次馬達が一斉にスマホを掲げた。
「かっこいい。日本語分かんないけどかっこいい。ちょっとだけ見てもいいよね」
カティサはこれから始まるバトルに胸を高ぶらせた。
プリズラクは走る。屋上から屋上へ。
(このマント、目立つ。でも、囮としては優秀だ)
階下からパトカーのサイレン音が聞こえる。
(警察の目は全部こっちに向く。怪人から逸れる)
追っ手を振り切ったプリズラクは小さなビルの屋上の一角に立ち止まり、手すりに肘をつき体を斜めにする。
ロンドンの大三角形――ザ・シャード周辺を旋回していたヘリのサーチライトを避ける。
顔を上げる。
プリズラクの左前腕の篭手がうねりだし半透明になる。
餅のようにぷくっとふくれると、それは可愛らしい青い目と耳たぶの付いたスライムの姿になった。
スライムは黒の指抜きグローブの手を体を伸ばしぺちぺち叩く。
『……分かってるよ、Mercury。攪乱も仕事のうちなんだ』
相棒の液体金属スライムを手すりの上に乗せ、頭をちょんと撫でるとプリズラクは仮面を外す。
青い目の端正な顔立ちの青年が現れる。
アッシュブロンドの髪が汗ばんだ顔に絡んでいた。口から白い吐息が漏れる。
隠密活動をやるには不釣り合いな白いマント。マントの下からは戦闘用の装備が覗く。そして今手にしている悪鬼を模した銀の仮面。
仮面のベルトを付けないまま顔に当てる。
目が赤く光る。顔から離すと消えた。
『この仮面はとてもヒーローには見えないな』
苦笑いしていた所にインカムから女性の声が入る。
まーくんは元の篭手の姿に戻った。
「守備はどう?プリズラク」
「……万全です。クローフィ」
Ленаと一瞬ロシア語で語り掛けそうになる。
仮面を被り直し、姉エレーナのコードネーム「кровь」と訂正する。
――今の俺は獅子じゃない。亡霊だ。
「ヘルハウンドの体に仰せの爆弾を装着しました。バーンブレイカーの炎で起爆し、大勢の人を巻き込んだ大爆発となります」
「日本のヒーローがどう出るか楽しみね。ロンドン市民を守り切れるのかしら」
プリズラクの持つスマホにバーンブレイカーとその戦いを見守る大衆が映し出される。
(ごめん姉さん。1つだけ命令違反している)




