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MASKED ー獅子と一角獣の異界譚ー【悪の組織で仮面を被る俺は、記憶喪失の勇者を監視する】  作者: muipla
ロンドン編

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第25話 交差する選択

「調査結果だ」

 事務所応接スペースのソファに腰かけたバージルは向かいの席のレフに報告書を差し出した。


「対象者エレーナ・アレニエワはロンドン市内で潜伏中」

「市内って……どこですか?」

「まあ聞け。接触には成功した。この話は伝聞じゃない」

 報告書の次にエレーナの写真も差し出す。

 

 バージルは話を続ける。

「失踪理由は近々執り行われる警察(ヤード)のAdapt英国支部強制捜査及び支部を占領した策士からの逃亡」

「策士?」

「対象者によれば幹部ガリェーチ。ビッグ・ベン事件に自分は携わっておらず部下のカーミニは寝返った」


 レフは報告書を手に取る。

「強制捜査は大我から聞いた通りです。バーンブレイカーと全面対決になる」


 報告書に目を通すレフを横目にバージルはソファにもたれた。

 そのまま、仕切りの向こうのジーンに届くよう声を掛ける。

「首尾はどうだ?」


 しばらく間が開いたあと、ジーンの声が聞こえてきた。

「極東支部から英国支部に不正アクセスの痕跡があります。これは内部闘争が起きていると見なしていいです」

 英国支部の内側からプリズラクが”道”を作ってくれたおかげでジーンのハッキングが進んでいる。

 ジーンの声が再び響く。

 

「監視カメラの映像解析なんですが、黒髪ロングの男が気になります。階級が高そうです」

「こちらに送ってくれ」

 バージルはタブレットを取り出す。

 ジーンから映像付きメッセージが送られてきた。


「この男がガリェーチではないかと思ってます」

 応接ルームに入ってきたジーンはバージルの横に立った。

 

「了解。中国人つー話だからビンゴだろうな。とりあえず座れ」

 ジーンを自分の隣に座らせると今度はタブレットをレフに向ける。

「知ってるか?」

 

 そこには側近を引き連れ、まるで自分が英国支部長であるかのように堂々と廊下を歩く男の姿があった。


「そうです。極東支部長ガリェーチ。Adapt四柱の一人です」

「クローフィ不在の合間のこの態度。目的は支部乗っ取りかそれとも……」


 バージルは考え込む。

「転送部屋はまだ封鎖されてない、だったな?」

「はい」

 レフの答えに目を細めて、数秒後に開いた。

 

「異世界行くんなら、ガサ入れ前に動かなきゃならねえ。転送装置は押収品になる」

「そ、そんな状況で姉さんを置いて行けないです!」


 レフは思わず大声を上げた。

 カティサが仕切りの裏から顔を出した。

 

「……カティサ、作業しねえんならここ来て座れ」

「はい。仕事どころではないです」

 バージルは呆れながらカティサに着席を促した。

 カティサはレフの隣に座った。

 彼女は小声で「大丈夫だよ」と囁いてからバージルに向き合った。


「所長、私達がAHに向かう際レフのお姉さんも誘うんですよね?そうすれば逃げられます」

「正解だ。ただ」

「ただ?」

「失踪時にAHではなく、市内潜伏を選んだのは何故だと思う?」

「うーん」


 カティサは首をかしげ考え出す。しばらくして答えを出した。

「あっちの世界の天気が悪いとか?」

「まあ、着眼点はいいな。AH世界の情勢。しかしこれといった問題は無いようだ」

「英国支部の動向を把握する為に市内を選んだ、ですか?」

 

 代わりにレフが答える。

 バージルの返事を待たずに彼は俯いた。

「部下を、見捨てられない……姉さんはそういう人なんです」

「逆に、簡単に見限る相手には手厳しいように見えたがな」

 

 レフが思わず顔を上げると、 バージルは席を立った。

「タバコですか?」

「ちょっくら、な。カティサ、ジーン、お前らはレフの話し相手しててくれ」

「所長!まだ聞いてない事が……」

 レフは慌てて立ち上がる。


「姉さんはどうして俺に黙っていたのですか?」

 懐からオイルライターを取り出していたバージルはレフに振り返った。


「お前さんを守るためだ」

 ライターを点検しながらバージルは答えた。

 

「AH行くまでに魔剣手に入れてどうしたいのか相談して決めろ」

「それはカローリに渡す……」

「命令じゃない。お前自身が何したいかだ」

「……分かりません」


 カチンと音がしてライターの蓋が閉まった。


「AHにはここにいる全員で行くからな」


「ええー!」

 ぽかんとした表情をするカティサをよそにバージルはライターをポケットにしまった。


「事務所はどうする気ですか?」

「当面休業する。引っ越しはしない。マダム・ベスには話を付けておく」

 カティサの問いにバージルは答える。


「ジーン。お前にとっては急な話だろうが、異論はあるか?」

 ジーンは慌てふためくカティサを正面に見据え、隣のレフにも目線を飛ばした後、バージルの方を向いた。


「ありません」

「よし。事務所を休業する以上メンバー総出で動きたいからな」

「所長とジーンは残ると思ってました」

 レフは率直に述べる。


「俺とカティサの旅ですし……」

「今更何言ってんだお前は」

 

 レフはあっ、とばつの悪い顔をする。

 バージルは苦笑するとトレンチコートを羽織った。


「世話はしてやる。全く傍迷惑な姉弟だ」


 バージルは裏庭に出て行った。

 


 事務所の中で三人、沈黙の時間が流れる。

 最初に沈黙を破ったのはジーンだった。

「僕、紅茶を入れてくるよ」


 ジーンがバックルームに向かい、応接スペースはレフとカティサの二人だけになった。

「私は……私はね」

 カティサが会話を切り出した。


「自分の記憶を取り戻したい。ただ前にも言ったけど納得はしてないよ?悪の組織に加担する以外の何物でもないから」

「カティサ……すまない」

「それに、私はレフが苦しんでるのを見たくない」


 カティサは微笑んだ。

 レフはどきりとした。


「俺は……まずまーくんを元に戻したい」

 レフはぽつぽつ話始めた。


「境井 緑の捜索をしたい。これは……母を助けられなかった代わりだ」

「お母さんか。私にもいるのかな」


 そう言って、カティサがこめかみを抑えだす。

「大丈夫か?」

「うん大丈夫。一瞬だけだった」


 ジーンが紅茶とお菓子の小皿をトレイに三人分載せて戻って来た。

 紅茶とお菓子を配りだす。

「この前買ったショートブレッドだよ」


(たとえ苦しんでもやり方に納得してなくても記憶と向き合う覚悟のカティサを前に、俺は何をしているのだろう)

 紅茶にミルクを入れぐるぐるかき混ぜているカティサを見ながら、レフはショートブレッドをつまむ。


「美味しい」

 サクサクのショートブレッドに舌鼓を打つ。

 バージル所長の事務所で、助手三人で行っているティータイム。

 

「……父を取り戻したい。家族四人で団らんしていた、あの頃の優しかった父に」

 レフは決意を込めた。

 ジーンは紅茶を見つめたまま黙っている。


「魔王……私と一緒に来たかもしれない魔王……」

 ショートブレッドを食べかけていたカティサの手が止まる。

 目を閉じて考え込んでいる。


「助けたくても今までの俺には力が無かった。でも」

 

 レフは姿勢を正した。


「魔剣があればできる。魔剣の引き渡しを父さんの体から出ていく交渉条件にするんだ」

「もし交渉が決裂したら?」


 目を開けたカティサは目の輝きが違っていた。

 勇者クロムが出てきた。

 

「相手は魔王なんだ。戦う覚悟はある?いざとなれば父親の体ごと切れる?」


 レフは黙り込んでしまった。

 父は人質。

 だからこそ従わざるを得なかったし、それに——


「レフ」

 これまで黙っていたジーンが口を開いた。

 

「魔王と勇者。レフはどっちにつく?」


 思わずカティサを見た。

 カティサはレフの答えを待っているかのような表情をしていた。

 しかし今のレフには答えが出せなかった。

    

「僕はカティサにつくよ。魔王が悪で勇者が善だからじゃない」

 

 ジーンは言い切った。

 

「カティサにつきたいからだ」


 

(俺にとって魔王は父フョードル・アレニエフを奪った仇)

 

 心を落ち着かせようとティーカップを手に取る。

   

(でも幼かった俺は、魔王と一体になった父を父として生きるしかなかったんだ)


 手が震えて飲めなかった。

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