第23話 仮面の再会
「クローフィ様はバカンスに向かわれました。お帰りは未定です」
クローフィの秘書官、テニはAdapt英国支部の執務室に飛び込んで来たプリズラクにそう告げる。
「聞いてない。今日は休暇ではないはずだ。それに場所はどこだ?」
ジーンが入手した情報の裏付けだけを述べるテニ。
姉弟と同様仮面を被った彼女は少し顔を横に向ける。
「カーミニ事件の残処理を行わずバカンスに行くはずがない」
「そもそも事件の時に連絡つかなかったのはありえない。あいつは姉さんの指揮を受けず勝手に動いたという事なのか?」
「ヴィーちゃんと出張時に使うトランクが無かったから、どこかの宿にはいるはずだ」
一呼吸置いて、テニはようやく口を開いた。
「カーミニは極東支部への遠征から帰還途中だったはずです。言えるのはこれだけです」
「今から転送装置を動かす」
プリズラクはその足で執務室を出ると転送部屋に向かう。
歩きながらインカムのマイクにスイッチを入れる。
アーケインホロウへはAdaptの転送装置で行けるとカティサ達に説明したものの、プリズラク用スマホも無く自分の権限で動かせるか分からなかった。
「お前が動かせないと異世界の話は前提が崩れるぞ」
ジーンの声がインカムに入る。
転送部屋は生体認証で難なく開いた。これはプリズラクの権限でOKだったようだ。
「僕の言う通りに操作するんだ。まずは自分のIDを通して」
ジーンの指示通りIDを通す。管理者の承認が得られてない事を告げてきた。
「姉さんがいないと使えないみたいだ」
「所長の予想通りかー。じゃあ、パネルを開いて。今から言うコマンドを入れて」
コマンドを入れるとウィンドウが開き文字が流れ出した。ジーンがリモートで侵入を試みている。
しばらくして、ジーンの観念した声が聞こえてきた。
「ダメだー。プロテクトが強固だ」
カーティス探偵事務所は営業を再開した。
バージル所長は物件オーナーのマダム・ベスに追い出されないか心配していたが、ベスは怪人保険でなんとかなると述べてきた上、事件当時探偵事務所前で佇む赤い服の少女の目撃情報を提供してくれた。
「本当は半分俺のせいでもあるのだけど」
苦笑いした所長は退院したばかりであるにも関わらずたまっていた依頼の片付けに追われていた。
「すみません」
「何度も謝るな。終わった事だ」
蒸し返しそうになったところをバージルに止められる。
「……マダムの言う赤い服の少女とは、恐らくお前らが会ったヴァーミリオンと名乗る少女だろう」
「俺もそう考えています」
レフも頷く。
「糸で階段出口を塞いだそうだ。それで検討がついたよ。俺は彼女の妨害工作を受けていた」
「糸使い……ですか?名前も能力も協会には該当者がいないですね」
ジーンは「能力 糸」でヒーローリストの検索を掛け結果を告げる。
「あれ?今日って休みだよね?」
カティサが事務所にいるレフに声を掛けてきた。
「今は所長の家で厄介になっているんだ」
休学しロンドンの部屋を引き払ったレフはバージルの家に転がり込んでいた。
Adapt英国支部には自室がない。これまで姉が借りてくれた部屋に住んでいた。
姉の失踪で異世界行きの任務も延期せざるを得ず路頭に迷う所をバージルが声を掛けてくれた。
事務所上階がバージルの家である。
「場所分かってるから動かすな、って言うんだよ」
居候の代わり家事係にされたレフはため息をつく。
「人の事言えないけど、所長の家こんだけごちゃごちゃで何で分かるんだろね」
昼休憩で様子を見に来たカティサが部屋の中を見渡す。
あちこちに存在する本の山、資料の束。
部屋の片隅にロボット掃除機がいるがいきなり障害物に拒まれ意味が無い。
洗濯乾燥機から出したまま無造作に置かれている服の整理はレフの次のノルマである。
テーブルには吸い殻の山。部屋そのものにタバコの臭いが染みついている。
「火事になりそうで怖いな。もー」
カティサがシンクに向かうと、小型冷蔵庫の上の石が目に入った。
「落ち着ける場所ここしか無かったんだ」
「まーくん……」
彼が動いている姿をレフの動画で見せてもらっていたカティサは、その姿に心を痛めた。欠片は布の袋に詰め直されまーくんの隣に置かれている。
「ん?これなんだろ?」
カティサはまーくんの下に挟んであったメモ書きを拾った。
「カレーライスをたくさん作れ。日本式のカレーだ。残さず食え。食ったら寝ろ。だって」
「なんでまた日本のカレー?」
レフが首をかしげていると、カティサは何かに気が付いたような顔をした。
「所長が残したメッセージ。そう、ヒントは日本にある……」
「今のお前、ちょっと探偵らしいな」
「ふっふっふ。これは大我君がやってくるメッセージだ」
カティサはドヤ顔をし名探偵を続ける。
「残さず食えとは情報を聞け、そして食ったら寝ろとは所長は他所で食事してくる」
カティサは大我に連絡を取った。
通話を終えるとキラキラした目でレフに振り向き、右手を立ててサムズアップした。
その夜。
「お前ら勝負はここで終わりだ。カレーはもうなくなった」
「終わった……」
レフが持ってきた空鍋を見たカティサは気絶するかのように倒れてしまった。
「カティサー、食べ過ぎだよ」
ジーンがカティサの介抱を始める。眠りだしたが容体は悪くなさそうだ。
大我は所長のメッセージ通りバージルの家にやってきた。
所長に退院祝いを打診したが「その晩は用があるから助手達と祝え。気持ちは貰う」という返事だったらしい。
強引に片付けたリビングで4人はカレーの他、持ち合わせのお菓子と飲料でパーティをしている。
「はは。オレの勝ちだな。カレー美味かった。ごちそうさん」
そう言うと大我もソファで横になる。
「寝る」
「待て。お前は寝るな」
「?なんだっけ」
レフは焦る。
「クローフィの情報を流す言っただろ」
「ああそうそう、言った」
大我はけだるそうに返事をする。
「ホントに内緒の話題だからな。Adapt英国支部を」
「攻める」
「……」
「今、何て言った?起きろ!」
大我が眠りそうになるのをレフは必死で起こす。
「警察とバーンブレイカーで攻める……」
「な、なんだと……!」
それで隠れたということなのか。
大我からもっと聞こうとしたが彼は目を閉じ寝入ってしまった。
「僕はまだ大我を信用してないよ」
確かに所長との契約、協会に逐一報告しないが守られているのか傍目は分からない。
「言葉の裏に協会の意向を感じるから。でも」
ジーンは安らかな寝息を吐いて眠る大我を見る。
「真っ直ぐすぎて嫌いじゃないね」
カレーバトルと同時刻。
夜のロンドンを一人歩く黒革ジャンの赤毛の男——バージルがいた。
【アクィラの灰皿は22時でも温かい。ルプスの灰皿は1枚】
いつもの情報屋から「ロシア人から渡された」メモを受け取ったバージルは難なくそれを解読する。
「灰皿は1枚、ルプスは狼……」
「俺一人で来いってか」
バージルは夜の街でしか得られない情報収集を勤務時間外にしていた。
オーバーワークである事をレイラから指摘されているが、刑事時代の師匠の教えの方を取る。
22時間際になるまで時間を潰し、待ち合わせの場所へ向かう。
「Adapt時代に通った店だ」
紫煙が立ち上がるパブ。そこは公共施設屋内禁煙法のある現在のロンドンで喫煙が黙認されている店だった。
誰もが喫煙を嗜む中それを行わずカウンターでブランデーだけを嗜むアッシュブロンドの女が一人。
「初めまして。お会いできて光栄よ。店の選定はどうだったかしら。バージル」
振り向いた女は仮面を被っていた。
Adapt四柱にして英国支部長、クローフィだった。




